№16・詐欺師のマスク・4
「しゃきっとしなさい!」
メルランスに頭をはたかれて我に返る。そうだ、これは種も仕掛けもある手品だ。『詐欺師のマスク』のせいでこころが折れそうになっていたが、ここでだまされるわけにはいかない。
なんとかして男の『奇跡』の正体を暴露しなければ。
「あんたが腑抜けてるならあたしが一発やってあげる」
そう言うと、メルランスは手元で小さく印を切り始めた。嫌な予感がする。
「『第百二十九楽章の音色よ……創生神ファルマントの加護の元……萌ゆる炎の輝きの旋律を解き放て……!』」
男に向けられた手のひらから小さな火球が放たれる。
はっとしてこちらを向いた仮面の男は、とっさに両手を火球に向かってかざした。
どん!と爆発が起こったあと、晴れた爆炎の向こうには無傷の男が立っている。その眼前には光の壁が立っていた。
「なにを……!」
「おあいにくさま、疑り深い性分でね!」
メルランスがにやりと笑う。
うろたえる『始祖様』の司祭服の袂から、何かが、かつん、と零れ落ちた。ころころと転がるそれは七色のビー玉のようなものだ。その内部ではなにかの紋様がたゆたうように渦巻いている。
すかさずそれを拾い上げたキーシャは、ためつすがめつそのビー玉を観察した。
「……これ……古代文字の魔法式……?」
「魔法式?」
南野が尋ねると、キーシャは勢いよくうなずく。
「文献で読んだことがあります。古代には、こういうタリスマンに魔法の手順を封じ込めて魔法の手順を省略する技法があったと。今はもう失われた技術ですが……これなら、魔法の手順なしに魔力を注ぐだけで魔法を発動できます!」
なるほど、これもレアアイテムというわけか。魔法の手順を省略するマジックアイテム……それを使って、『始祖様』は『奇跡』を起こしていたのだ。
当然ながら自分たち以外にもレアアイテムを持っているものもいる。それをすっかり失念していて、危うくだまされるところだった。
突然の出来事に聖堂中がざわめいていた。戸惑いと懐疑の視線。誰もが顔を見合わせ、事の成り行きを見ていた。
「みなさん!」
キーシャがビー玉を掲げて声高に語り掛ける。
「これはマジックアイテムを使った、れっきとした魔法です! 『奇跡』なんかじゃありません! そして、この『始祖様』が着けているのは『詐欺師のマスク』というマジックアイテムで、相手をだます効果があります!……みなさんは、だまされていたんですよ!」
キーシャの告発に、信者たちがたちまち混乱の坩堝に落とされた。
「どういうことだ!?」
「あれは『奇跡』ではなくただの魔法……!?」
「だまされていただって!?」
「始祖様! どうなんですか!? 嘘だと言ってください!!」
誰も彼もが悲鳴のような叫びを上げている。しかし一度芽吹いた疑惑の種はそう簡単には消えてくれない。膨れ上がった疑念が信者たちの間に充満し、たちまち爆発の気配が色濃くなっていった。
種をバラされた男は顔色を失っていた。青白い顔で、それでも信者たちをなだめようと言葉を紡ぐ。
「みなさん、異教徒の言葉に耳を貸してはいけません。私は『奇跡』を……」
「なら、マジックアイテムなしで『奇跡』を起こしてください!」
「始祖様ならできるはずです!」
「そうだ! 空から金粉を降らせてください!」
キーシャの言うことが正しいなら、マジックアイテムなしに魔法など発動できるはずがない。しかも、空から金粉を降らせるなど、普通の魔法でも不可能だ。
進退窮まった男は、ぐ、とたじろぐとからだをわななかせ、『詐欺師のマスク』をその場にかなぐり捨てると、次の瞬間きびすを返して奥へと続く扉へと駆け込んでいった。
「待て!」
「だましたな!?」
「金返せ!!」
すべてを悟った信者たちが暴動を起こす。『始祖様』を追いかけてなだれ込むように扉へと急ぐ。
きっと男は信者から搾取した金を持ち出すのに大忙しだろう。その間に信者たちにつかまれば、最悪殺されても文句は言えない。どうなるのか、決めるのは男ではない。男は救世主ではなかったのだ、運命など操れないのだから。