№16・詐欺師のマスク・2
しばらく待っていると、奥の扉から男がひとり現れた。
ごく普通の、中肉中背の男だった。白い豪奢な司祭服を着て、頭にはベールをかぶっている。
しかし、その目元はアラベスク文様のような装飾が施されたマスクで隠されていた。
間違いない、『レアアイテム図鑑』に載っていた『詐欺師のマスク』だ。
「どうかしましたか?」
舞台役者のようなよく通る声で男が問いかける。
「始祖様! 使徒の方々が現れました!」
「始祖様がお呼びになったんでしょう!?」
「ああ、ありがたい、ありがたい!」
『始祖様』は一瞬眉をひそめたが、一転して笑みを浮かべて信者たちに告げた。
「ええ、彼らは使徒です。しかし、まだ俗世の迷いがある。これから私が彼らを導くのですよ」
「ああ、始祖様!」
「素晴らしい!」
拍手喝さいが巻き起こる。全員が一糸乱れぬ動きで、ぼんやりとした笑みを浮かべているのは異様な光景だった。
「あのぅ、これは一体……?」
「奥で話しましょうか」
問いかける南野たちを、男はさっき出てきた扉へと促した。
ここは敵地だ、慎重にいかなくては。しかし、行かないという選択肢はない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
男について長い廊下を歩いていき、突き当りの扉をくぐった。
そこは男の応接間らしく、ソファや調度品が並んでいる。男はソファを勧めて自分も腰を下ろした。
「ようこそ、我が『シンドルト教会』へ」
『シンドルト教』……この新興宗教はそういう名前らしい。
ソファに座った南野は仮面の男にジャブをかけることにした。
「この国の国教とは違うと聞きましたが?」
すると、男はどこか演技じみた深いため息をついて、
「この国の国教は腐敗しています。政府との癒着、司教たちの横暴、すべてを金で解決し、信心などはとうに枯れ果てている。私は、そんな国教に喝を入れるべく、このシンドルト教を立ち上げたのですよ」
いつの世も、宗教はいつか堕落するものだ。清廉な人物ほど蹴落とされ、狡猾なエセ宗教家だけがのし上がる。組織とはそういうものだと、南野も知っていた。
「このシンドルト教は教祖である私を始祖とする新しい道しるべです。新しい世界の最初の覚醒者……それが私です。私は様々な奇跡を起こしてきました。そうすることで信者を救済し、迷えるひとびとに手を差し伸べてきたのです」
両手を広げ、男は悠然と述べた。南野はさらに突っ込むことにする。
「奇跡とは、どんな奇跡ですか? この世界には魔法があるでしょう。たいていのことは魔法で片付くのでは?」
「魔法?」
仮面の男は鼻で笑う。その傲慢な仕草が男の本性なのだろうか。
「あんなものはまやかしに過ぎない。ただ人体に宿る魔力を手順にのっとって行使しているだけです。信心など必要ない、神を冒涜する行いです」
「あなたは魔法なしで奇跡を起こせると?」
「その通り。あなた方がここへいらしたのも私のちからです」
「俺たちは目的があって魔法でここへ転移してきただけです。あなたのちからではありませんよ」
「いいえ。たとえあなた方が魔法を使ってここへやってきたとしても、すべては私が操った運命の歯車のひとつ……あなた方は私の意志によってここへやってくる運命の上に立たされたのです」
運命。もしも男がそんな風に運命を操って南野たちをここへ導いたとしたら、それこそ神の所業だ。
だんだんと、男の言うことが本当に思えてきた。『詐欺師のマスク』のせいだと思おうとしても抗えない。南野はなにが本当かがわからなくなってきた。
「そこまで言うんなら、見せてもらおうじゃない、『奇跡』とやらを」
メルランスの言葉にはっとする。そうだ、ここでだまされてはいけない。これは最初から相手がイカサマをするとわかっているゲームだ、みすみす乗るわけにはいかない。
「いいでしょう。ちょうどこれから礼拝の時間です。私の奇跡を見てもらいましょう」
言って、男は立ち上がった。扉を開けたので南野たちも続いて礼拝堂までついていく。
『始祖様』の登場に礼拝堂は沸き立っていた。
「始祖様!」
「どうか、お導きを!」
今にも暴動が起きそうな勢いだ。それを男が手で制すると、場はすぐさましんと静まり返った。
「さて、みなさん。礼拝の時間ですよ。祈りを捧げてください」
祭壇に立った男に向かって、信者たちの全員が奇妙な祈りの印を切りこうべを垂れる。南野たちは突っ立ってそれを見ているしかなかった。
しばらくの静寂のあと、指揮者のように『始祖様』が手を振る。信者たちが頭を上げた。全員が張り付いたような笑みを浮かべているのは大層不気味だ。
「今日もみなさまに加護がありますように……さあ、施しの時間ですよ」
施し、男の言う『奇跡』の時間だろうか。信者たちは顔を見合わせてざわめいている。