№16・詐欺師のマスク・1
「『詐欺師のマスク』、ねえ……」
ブランチのナポリタンをつつきながら、メルランスは気乗りしなさそうにつぶやいた。
「そんなの持ってるやつなんて、ロクなもんじゃないよ。詐欺師でしょ?」
「それでも、次の獲物はこれなんですよ」
『詐欺師のマスク』……『レアアイテム図鑑』には、『詐欺のお供。あなたの言葉は相手に届き、納得させることができる』とだけ書かれていた。
「まあ、催眠系のマジックアイテムじゃなさそうだけど」
「ふっ! 詐欺など、俺にかかれば即お縄だ! 俺の悪魔的な頭脳にかかれば、だまされることなど……」
「あんたが一番ころっとだまされそうなんだけど」
「なに!? そういう貴様こそ、おいしい話には目がないだろう! それに釣られてだまされるんじゃないのか!?」
「まあまあ、ふたりとも。ともかく、今回は頭脳戦になりそうですね」
「だったら南野さんの出番ですね!」
キーシャに多大な期待をかけられて、南野は困惑した。
確かに今までの冒険で交渉事には多少の自信はついた。しかし、詐欺師相手に渡り合える自信まではない。しかも相手はマジックアイテム持ちだ。
最悪、だまされるかもしれない。そうなったら南野の信用はがた落ちだ。
「……俺も気が進まないです」
ため息をついて言うと、メルランスに、ばーん!と背中を叩かれた。
「なぁに言ってんの! あんた今までコレクションあきらめたことある? 詐欺師がなんだっての、あんたの口車は魔王さえ手玉に取るんだから!」
……そうだ。今まで元の世界でも詐欺めいた取引をしてコレクションを手に入れたことはある。もちろんだまされたこともあるが、南野は執念だけで目的の品物を手に入れた。
今回だって同じだ。得体の知れない相手だとしても、あきらめるわけにはいかない。順番に、整然と。ひとつひとつ集めること。蒐集狂として、それが課せられた使命だ。
「……わかりました。今回は俺に任せてください」
「そう来なくっちゃね!」
ナポリタンを平らげてナフキンで口をふき、メルランスが立ちあがった。
それを合図に全員が『レアアイテム図鑑』を囲んだ。
「あれ? そういえばメアさんはまだ寝てるんですか?」
キーシャが尋ねると、南野は苦笑いで答えた。
「昨日も夜遅かったですからね、今日は寝かせておいてあげましょう。荒事にはなりそうにないですし」
「まったく、幼女は寝坊助だな!」
「そうだね、メアは休ませてあげよ。さ、行こうか」
四人は『レアアイテム図鑑』に手を置いて目をつむった。
最初に耳に入ったのはざわめきだった。戸惑いのどよめき、と言ってもいいかもしれない。それもかなり多数の。
目を開けると、そこは光差す教会の大聖堂のようなところだった。礼拝のためのベンチ席にはぎゅうぎゅう詰めになった白い貫頭衣の信者たちが並んでおり、みな一様に突然現れた南野たちをぎょっとして見つめている。
「ここ……教会、でしょうか?」
南野がキーシャに尋ねると、彼女は頭を横に振って答えた。
「教会、と言っても、私が通っているこの国の国教の教会とは違います。新興宗教かなにかだと思います」
「新興宗教……」
てっきり犯罪に巻き込まれると思ったのだが、意外なところに『詐欺師のマスク』はあった。
唐突に現れた南野たちを困惑したように見つめている信者たちに、へらりと笑いかける。
「あの……どうも」
「あんたらなんだ?」
男のひとりがようやく声をかけてきたので、南野はへこへこと頭を下げて答えた。
「ちょっとこちらに用がありまして、転移してきました」
「転移……? まさか、始祖様の思し召しか?」
「は? 始祖様の思し召し??」
いきなり始祖様とやらの話をされて、今度は南野が困惑する番だった。
「そうよ、きっと始祖様がお呼びになったんだわ!」
女が叫ぶ。まわりが異様な熱気を帯びてきた。
「だとしたら、この方たちは使徒……!?」
「始祖様にご報告しなければ!」
「誰か、始祖様を!」
ざわめきが大きくなる。にわかに場は騒然となった。
「どういうこと……?」
「なんだか、『始祖様』が出てくるらしいですね!」