№15・マハジッカの媚薬・上
「『マハジッカの媚薬』?」
今日はメアがなかなか起きてこないので時間が遅い。昼過ぎ、パンケーキをつまみながらどうでもよさげにメルランスが問いかける。
ちなみに、昨日の気まずいあれこれはもう忘れているようである。こういう引きずらないところが彼女らしいといえば彼女らしい。
南野も気にしないことにしたので、普段通りにふるまっている。
「ええ。『高名な薬師マハジッカが精製した媚薬。どんな男でもこの媚薬を意中の女に飲ませて、最初に目に入れば死ぬほど愛してもらえる』……らしいです」
「ふぅん、その媚薬を盛られた女にとっちゃたまったもんじゃないけどね」
女目線の辛辣な意見を述べて、メルランスはパンケーキの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
「魔法薬の類ですかね!? わぁ、媚薬なんて調合したことないからすごい興味ある……!」
キーシャの興味はそっちらしい。これも彼女らしいと言えよう。
「ふん、俺ほどの男ともなれば、媚薬なんぞに頼らずとも女の方から寄ってくるだろう!」
キリトは……案の定だった。
「ともかく、今回の獲物はこの媚薬です。誰が持っているのやら……」
「どうせまたどっかのお金持ちじゃない?」
「だったら、また南野さんの交渉術が頼りですね!」
「ダンジョンとかだったら俺はなにもできないから、せめてこういう時くらいは役に立ちたいですね」
白髪頭を掻きながら言う南野。ちょっと照れくさい。
「それにしても、あの幼女ちょっと寝すぎじゃないか?」
キリトが視線を向けるのはメアが眠っている物置部屋だ。当然ながら南野とは別の部屋だった。
「昨日も夜遅くまでウエイトレスしてたんで、疲れてるんだと思います」
「あの鋼鉄幼女に疲れなんて概念なんてあるのか? よし、俺が行って起こしてくる」
「あ、ちょっと……!」
南野が止める間もなくキリトは物置部屋の扉を開いた。
「おーい、幼女! 起きろー!」
扉に遮られて見えないが、キリトはメアの布団を引っぺがしたようである。
その直後、轟音が聞こえた。めりめりと木材がもげる音や、何かをぶん投げる音、ぎしぎしと骨が聞こえる音まで聞こえてくる。
「ぎゃああああああああああ!!」
キリトの悲鳴が聞こえてからしばらく、静寂が訪れた。
五分ほどしただろうか、いつも通りの豪奢なドレスにツインテールと身だしなみを整えたメアが、目をこすりながら部屋から出てきた。片手にはキリトの襟首をつかんで引きずっている。
「……おう、ワレども、おはよう」
「……おはようございます」
「……それ、死んでない?」
メルランスが指さしたキリトは、完全に目を回しているらしい。うーん、とうなっている。
「大丈夫じゃ、タマは取っとらん。この程度のことでヘタるとは、別のタマはついとらんようじゃがな。こういうときは……そぉい!!」
パァン!とすごいちからでメアがキリトの頬をビンタした。首が一回転するんじゃないかと思われるほどの勢いで頬を打たれたキリトは、ぱんぱんに頬を腫らしながらはっと目を覚ます。
「俺は……幼女を起こしに行って……」
「乙女の部屋に勝手に入ってくるのはマナー違反じゃのう……指、詰めるか?」
「すいませんごめんなさいもうしません」
土下座した。完全にヤクザに絡まれる一般人である。
「え、ええと! 今回は『マハジッカの媚薬』を取りに行きますから!」
「ほう。そいじゃあ、ワシの出番はなさそうじゃのう。お手並み拝見じゃあ」
「ええ、荒事はなさそうです。それじゃあ、メアさんも起きたことですし、みなさん行きましょうか」
南野の音頭で、全員が『レアアイテム図鑑』に手を置いて瞼を閉じた。