№14・人食い宝箱・下
「えーっと、どれどれ……うわ、白骨だらけ。相当食ってるね、こいつ」
上半身を暗黒に突っ込んで中をあさるメルランス。怖くはないのだろうか、いや、お宝への欲望が上回っているのだろう。
「おお、すごいすごい! かなりため込んでる! 持って帰れるかなぁ?」
「持って帰れる分だけにしてくださいよ」
「わかってるって! ええと、これとこれと……」
金目のものを見繕っているメルランスに、南野は若干苦い思いを覚えた。それを言語化するのに手間取っているうちに、メルランスは暗黒から帰ってきた。両手いっぱいに金銀財宝を抱えている。
「ふふふふふふ……これだけあれば金貨二百枚は固い……!」
ご満悦である。黄金の首飾りや見たこともない魔道具に頬ずりしているメルランスに、苦い顔をした南野がぽつりとつぶやいた。
「……なんか、こういうのって墓荒らしみたいで……」
「……なに? なんか文句ある?」
睨まれた。それでもなお、南野は言葉を継ぐ。
「あんまりよくないと思うんです。ここで死んでいったひとが残したものでしょう。それをそんな風に扱うなんて……なんだか、その死がお金に換算されてるみたいで、俺はいやです」
率直な意見を述べたつもりだった。メルランスは財宝を抱えたままじっと南野を見つめている。その目には責める色も省みる色もない。
「……墓荒らしがなんだっていうの。あたしにはお金が必要なの。お金のためなら、死だって金銭に換算してやる。死人に口なし、生きてるあたしたちが有効活用してなにが悪いの? あたしはこのお金で……」
そこでメルランスは口をつぐんだ。彼女はここまでお金に固執して、一体なにをしようとしているというのだろうか?
「取り込み中、悪いんじゃがのう。もう離してええか?」
メアの言葉が場の空気を変える。そうだ、今回の獲物はこの『人食い宝箱』だった。
南野はリュックから頑丈な鎖を取り出してメアの方に放り投げる。
「口を押えてこれでぐるぐる巻きにしてください。口が開かないように。お願いできますか?」
「簡単じゃい」
メアの腕の中で暴れる『人食い宝箱』を赤子を扱うように抑え込むと、彼女はそのまま渡された鎖で宝箱を厳重に固定した。
「これでええか?」
「はい、ありがとうございます」
すっかりおとなしくなった『人食い宝箱』を受け取ると、リュックに詰め込む。結構ぎちぎちだ。そろそろ蒐集したものの保管の方法を考えなければならないだろう。
「さあ、帰るとしましょうか」
南野が声をかけると、治癒魔法の施術が終わったキリトが立ち上がった。
「早く帰って戦士の休養を取らねば……!」
「傷塞いだだけで血は減ってますからねぇ」
帰り道を急ぐキリトに続いてキーシャが外に出ていく。自分の道具袋に財宝をしまったメルランスも、どこか考え込む様子で後に続く。メアと南野も帰途についた。
「帰りは荷物が重くて動けないから、あたしはトラップ解除がメイン。モンスターはあんたたちに任せた」
どことなく上の空の言葉に、全員がうなずく。とはいえ、南野にはなにもできないのだが。
第二階層まで戻って来て、一休みしようとしている時だった。
巨大なカエルが水場から跳ねて襲い掛かってくる。体長三メートルはありそうだ。
巨大ガマは南野を飲み込もうと舌を伸ばした。
「ふんぬ!」
その舌を横合いからひっつかむと、メアは圧倒的な腕力でカエルを引っ張った。宙に放り投げられたカエルが、どすん!と床に叩きつけられると、すかさず巨大ハンマーを叩きつける。
ぐちゃあ!と音がして、ハンマーの重みとメアの膂力で巨大ガマがつぶれた。体液や血が床に広がる。
「…………」
有無を言わせぬ単純攻撃力に、場の全員が言葉を失った。
「……そのハンマー、上げるんですよね?」
南野がこわごわ尋ねる。つぶれたカエルはあまり見たくない。
「当たり前じゃろ。なんなら食うために持って帰るか?」
「いやいやいやいや!! ちょっと目を背けてるのでその間に上げてください!」
明後日の方向に目をやると、メアが血まみれのハンマーを持ち上げた。やはり扱いは羽毛のようだ。
一行は一休みはやめてそのまま進むことにした。
第一階層まで戻ればあとはもう簡単だ。モンスターを退治し、トラップを解除して外に出る。
「ああー、やっぱシャバの空気が一番じゃの!」
メアが背伸びをしながら笑顔で言う。外の空気はすでに夕暮れのそれになっており、ダンジョン内とは違うからっとした風が辺りに吹き抜けていた。
「じゃあ、帰りましょうか」
南野が取り出した『レアアイテム図鑑』に、全員が手をのせて目を閉じる。
目を開けると、ちょうど繁盛時の酒場の風景がそこにあった。
「みなさん、お疲れさまでした。飲み物でも飲んで……」
「あたし、今日は帰るわ」
手にした財宝に浮かれるでもなく、そっけない態度でメルランスが言った。
さっき南野が口にしたことを引きずっているのだろうか? だとしたら少し申し訳ない気持ちになる。
しかし、引き留めるわけにもいかない。
「……はい、明日もよろしくお願いします」
その言葉に軽く手を振って、メルランスは酒場を出て行った。
「私もそろそろ寮の門限が……」
「ならば俺もねぐらに帰るとするか」
三々五々、パーティは酒場を出て行く。
あとに残された南野とメアは、特になにをするでもなく出て行くメンバーを見送った。
「……南野」
「なんですか、メアさん?」
唐突に話しかけられて振り返ると、メアは赤い目でまっすぐに南野を見つめて告げた。
「ワレは間違ったことは言っとらんけぇの。気にするな」
「……ありがとうございます」
幼いメアにもわかったのだろう、南野とメルランスのやり取りの名残が。
礼もそこそこに店主に呼ばれ、南野たちは寝床を確保するための雑用へと駆り出されていった。
メルランスは一体なぜお金に執着するのか?
そんなにお金をためてなにをしようというのだろう?
「……いてっ」
考えながら芋の皮をむいていると指を切ったので、南野はこれ以上そのことを追求するのをやめた。
今はただ、流れに任せて日々をこなしていくしかない。
いつか分かる日が来るだろう、と楽観視するしかない南野だった。