№14・人食い宝箱・中
それを追いかけながら酒場に戻ると、五人は『レアアイテム図鑑』を開いた。おどろおどろしい牙の生えた宝箱が描かれている。
手を置いて瞼を下ろすと、次の瞬間にはすえたにおいが鼻についた。目を開けるとそこは石造りの遺跡のようなダンジョンの前だった。やはり結界が張られているせいでここまでしか転移できないらしい。
「だいたい第三階層くらいかな……ささ、行こう!」
短剣を抜いたメルランスが率先してダンジョンに足を踏み入れた。南野たちも恐る恐るついていく。
内部はやはりしけった空気が充満していて、石造り特有のひんやりとした風がかすかに流れていた。
浮かれているメルランスがドジを踏んでトラップやモンスターに引っかかるのではないかと心配だったが、そこは熟練の冒険者、締めるところは締めて、第一階層の簡単なトラップを解除していく。
時折出てくるモンスターも簡単な魔法で蹴散らして、第二階層、第三階層と進んでいく。
「そろそろだと思うんだけど……」
迷宮、遺跡、そんな雰囲気のダンジョンは異国の古い建造物のようで、古い彫刻には蔦や木の根が絡みついていた。
第三階層ともなればそれなりにトラップもモンスターも手ごわくなってきたが、金銭を前にしたメルランスにとっては造作もないことだった。
「『第百二十五章の音色よ! 創生神ファルマントの加護の元、空を切る透明な刃の旋律を解き放て!』」
ぎゃあぎゃあとわめくハーピィを、メルランス渾身のかまいたちの魔法が切り裂く。ずたずたの血まみれ雑巾のようになったハーピィの死骸をまたいで突き進むメルランスは、まさに銭ゲバの修羅だ。
「このあたりか!?」
小部屋の扉を開き、一応ながらトラップを警戒しつつ中へ入る。
そこには、古びた木製の宝箱が置いてあった。鍵穴があり、さび付いた金属で装飾された、いかにも宝箱でございという風情の宝箱だった。
「あったーーーー!!」
ぴょん、と嬉しそうに跳ねるメルランスに、キーシャが冷静なツッコミを入れる。
「もしかしたらただの空の宝箱かもしれませんよ?」
「だったら近づいてみればいいじゃん。『人食い宝箱』だったら自動で噛みついてくるはずでしょ?」
「で、だれが近づくんですか?」
至極素朴な疑問を南野が投げかけると、メルランスは迷うことなくキリトの背中を叩いた。
「さ、あんたの出番だよ!」
「なんで俺なんだ!?」
もっともな疑問に、メルランスはぐいぐいと背中を押しながら、
「あたしは戦闘不能になるわけにいかないし、キーシャは治癒魔法のために温存しときたいし、南野は論外。そうなるとあんたでしょ?」
「う、上目遣いで『お願い♪』みたいな口調で言われても俺はいやだぞ!」
「またまたー、そんなこと言っちゃって! 特攻隊長でしょ?」
「……特攻隊長?」
「そうそう。このパーティの切り込み隊長はあんたじゃない。一番槍は名誉だよ?」
「名誉……」
一瞬、キリトは考え込んだ。しかし次の瞬間、マントを翻して決めポーズを取る。
「ふはは! そう、俺こそが疾風迅雷のキリテンシュタインと呼ばれた男! いつでも先陣を切るのは俺だ!」
「そう来なくっちゃ!」
見事にうまくおだてられてその気になっている。キリトのことが少しかわいそうになった。
「『人食い宝箱』がなんぼのもんじゃい! 俺が華麗に……」
言葉が尻すぼみに小さくなる。さっきまでの勢いはどこへやら、キリトはちらりと四人を見返して、
「……噛まれたらすぐ助けてね?」
「任せて!」
メルランスがサムズアップを送る。
キリトはおそるおそる宝箱に近づき、あと一歩のところまでやってきた。
変化は刹那だった。ばかり、と開いた宝箱のふちにはサメのような歯がずらりと並んでいる。どういう仕組みなのか、キリトに飛びかかるとそのまま頭から牙でかじる。
「いたいいたいいたいいたいいたいぃぃぃぃぃぃぃぃ!! タスケテぇぇぇぇ!!」
悲鳴を上げるキリトはなんとか宝箱を引きはがそうとするが、牙はがっちり食い込んで、あまつさえキリトのからだまで飲み込もうとする。
動いたのはメアだった。すかさず飛び込んで後ろから宝箱の口を両手でつかむと、めりめりと音が聞こえそうなほどのちからで宝箱の口を強制的に開く。
ようやく『人食い宝箱』から逃れたキリトは這う這うの体で距離を取る。顔面が血まみれだ。しかし大した怪我はしてないようである。
「うう、怖かったよぅ……!」
涙目でキーシャに治癒魔法をかけてもらっている隙に、メルランスはまだ『人食い宝箱』の口を開いているメアに向かってスキップしそうな歩調で近づいて行った。
「やったー、あったりー♪ メア、そのままがっちり抑えといて!」
「わかった」
口を開いた宝箱の中は暗黒だった。それはそうだろう、ひとひとり飲み込むには宝箱は小さすぎる。なにか異次元的なものにつながっているのだろう。