№14・人食い宝箱・上
「『人食い宝箱』!」
ブランチのミートチョップを食べていたメルランスが目を輝かせて立ち上がった。
ぎょっとしていると、ナフキンで口元のソースをぬぐってから改めて詰め寄ってきた。
「『人食い宝箱』なんだよね!? 今回の獲物!」
「そ、そうですけど……」
「やったー! ひと儲けできる!」
完全に銭のひととなり果てて歓喜の快哉を叫んでいるメルランスを横目に、南野はキーシャに尋ねてみた。
「なんであんなにテンション高まってるんですか?」
「えーっとですね、『人食い宝箱』はダンジョンに生息している宝箱に擬態して冒険者を食べるモンスターの一種なんですよ。ミミックと呼ばれることもあります」
「それはわかります」
「冒険者はある程度の戦果を持ってて、それもそのまま食べるわけです。すると、『人食い宝箱』の中身は白骨と宝物でいっぱいというわけです」
「なるほど」
「それにしても、モンスターなのに『レアアイテム』とはどういうことだ?」
キリトがオレンジジュースを飲みながら首をかしげると、続けてキーシャが解説した。
「モンスターと言っても、半分くらいは無機質なんです。冒険者を食べるのは自動的なんですよ。トラップの一種と考えてもいいくらいです」
機械仕掛けの半分モンスターということか。トラップと言うからにはこころしてかからなければならない。キーシャはダンジョンに不慣れだし、キリトはおそらくトラップの類は不得手だろう。となると、頼みの綱はメルランスというわけだが……
「おったから♪ おったから♪」
完全に舞い上がっている。やや不安だ。
「そういえば、メアさんはどうしたんですか?」
尋ねるキーシャに、南野が答える。
「まだ寝てるみたいです。昨日は夜遅くまでウエイトレスやってましたから」
「ええと、ちゃんと仕事できてるんですか?」
「…………制服は似合ってましたよ」
長い沈黙のあと、それだけを。
ずっとオーガのお嬢様をやっていたヤクザ気質の彼女のことだ、皿を割る、飲み物をこぼす、挙句の果てには気に入らない客に酒をぶっかけていた。
それでも初日でファンがついたくらいの人気ぶりだったので、店主は彼女を給仕として使い続けるだろう。一方南野は掃除に芋の皮むきだ。
「……ワレども、早いのぅ……」
噂をしていると目を覚ましたばかりのメアが目をこすりながらやってきた。寝起きながら豪奢なドレスはきっちりと着込んでいて、銀色の髪もツインテールに結われている。
「おはようございます、メアさん」
「おう、おはようさん」
あくびをひとつ。まだおねむらしい。
「そうだ、メアさんも同行するなら武器が必要ですよね。出発する前に武器の工房に行ってみるのはどうでしょう?」
南野が提案すると、小躍りしていたメルランスがはたと動きを止めて真顔に戻った。
「そうだね、せっかくのオーガの怪力、発揮できる武器を調達しないと」
「じゃあ、まずは武器工房に行きましょうか」
「ワシはかっこええ武器がええ!」
「はいはい、カッコいい武器探しましょうね」
南野が軽くいなすと、メアは不服そうな顔をした。
かくして、一行はダンジョン探索の前に武器工房に寄ることにした。
昼前の街は人込みでにぎわっていて、広場には市も出ている。
以前にもメルランスについていった工房までやってくると、職人たちが顔を上げて出迎えてくれた。
「おう、メルランスじゃねえか! どうした、また防具に穴開けたか?」
ドワーフの武器職人が軽口をたたく。
「言ってろ。それより、今日はこの子のために武器を探しに来たの。こう見えてもハーフオーガだから、それなりの威力のある武器を」
「ほう、ハーフオーガか……防具は要らんか?」
ひげ面の職人にまじまじと見つめられても、メアは毅然と睨み返した。
「要らん。そんなヤワじゃなか。それに、防具なんてかわいくないじゃろ」
「はっは! 気に入った! 待ってろ、でかくてカッコいいやつ探してやるから」
奥に引っ込んでいった職人を見送り、五人は手持無沙汰になった。
「そういえば、お金はどうするんですか? 威力の高い武器ともなればそれなりに値は張るでしょう」
疑問に思ったことをぶつけてみると、メルランスは、ふふん、と意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「決まってる。貸してあげるだけ。トゴでね」
「こんな女の子に対しても慈悲はないんですね……」
「当たり前でしょ。あたしのお金はあたしのためだけにあるんだもん」
「金がかかるんか……」
メアが考え込むようにうつむく。予想外だっただろう。しかしメルランスはこと金銭に関してはシビアすぎるほどシビアだ。子供相手でも容赦はない。
顔を上げたメアはすたすたと工房の片隅のスクラップ置き場らしきところへ歩いて行った。
そして、ある程度検分すると鉄の棒を引っ張り出した。
それは、巨大な鋼鉄のハンマーだった。メアひとり分の体重よりもはるかに重いであろう、黒光りする鉄槌。
「これでよか」
「これ……っつったって、これ、重すぎて工房じゃ使い物にならなかった代物だぞ?」
奥から戻ってきた職人が戸惑い気味に言うと、メアは軽々とハンマーを振り上げた。ぶおん、と風切り音を立てて、まるで細剣でも扱うかのように振り回す。
演武のように巨大なハンマーを操り終わるころには、その場にいた全員がぽかんとしていた。
「これならゴミじゃからタダでもらえるじゃろ?」
「それは……まあ、そうだが……いや、すごいな。オーガってのは」
感心したように職人がつぶやく。南野たちも驚いていた。
「決まりじゃの。もらってくぞ」
つんとした顔でハンマーを肩に担ぎ、メアは颯爽と工房を後にした。メルランスたちもお礼を言ってから後を追う。
「さーあ、酒場に帰って早速ダンジョンにもぐるよ!」
メルランスがひとりだけ速足だ。これだけはしゃいでいる彼女を見るのは初めてかもしれない。よほど稼げる獲物らしかった。