№13・オーガの角・3
幕を開くと、蝋燭のか細い光だけがゆらゆらと揺れている。
お嬢様は椅子のひじ掛けに気だるそうに肘を置き、酒瓶を傾けていた。
「なんじゃあワレども……?」
結構飲まされていたはずなのに、顔色一つ変わっていない。鋭い目つきで南野たちを見据えている。
「お嬢様こそ、どうしたんですか? 今夜の主役はあなたのはずでしょう?」
問いかけると、お嬢様は意外にも、ふん、と鼻で笑った。
「なぁにが主役じゃ。主役なんぞはいつでもクソ親父に決まっとる」
「なぜ?」
「聞いとったじゃろ。二十歳になったから縁談が持ち上がったんじゃ。政略結婚っちゅうやつじゃの。ウチの組の直系はワシしかおらん。組が、村が存続するには胸糞悪い隣村の組長の息子と婚姻の儀をむすばにゃならん」
ぐび、とお嬢様が酒瓶をあおる。
「なるほど、その政略結婚が気に入らないんですね」
「あったりまえじゃあ!!」
いきなり大声を出されてびくっとした。ひじ掛けに酒瓶をどかん!と置いて、お嬢様は赤い瞳をらんらんと輝かせた。
「なにがうれしゅうてどこぞのアホボンの姐さんにならにゃいかん! ワシはまだ恋も知らん! こころから好いた男もおらん! それやっちゅうのにクソ親父は早々に縁談をまとめよった!」
だんだんとヒートアップしてきたお嬢様は、またしても酒を飲みながら、ぷは、と息を吐いた。
「昔っからそうじゃ、ワシの話は聞きよらん! クソ親父にとっては娘より組が大事なんじゃ! そのためなら娘がどうなってもええんじゃ!」
「……失礼ですが、お母様は?」
一旦話を落ち着かせようと、南野は話題を変えることにした。
お嬢様はちびりと酒を飲むと、ふう、とため息をついた。
「ワシが産まれるとき、産褥熱で死んだ。人間じゃった。ワシは人間とオーガのハーフじゃ。生きとったら、なんて言うじゃろな……」
「……『逃げろ』、っていうんじゃないですか?」
ぽつり、南野がつぶやく。ゆっくりと顔を上げたお嬢様は値踏みするようにこっちを見てきた。
「いやなら逃げればいいんです。せっかくお母様がいのち懸けて産んでくださったいのちだ、あなたの一生はあなたのものだ。納得できない生き方なんてする必要はありません……好きに生きればいいんです」
それは、悪魔の甘言だった。しかしそれは今の南野には必要なことだった。
お嬢様は酒瓶を静かにひじ掛けに置いて、目を細めて南野を眺めた。
「……ワシがおらんかったら、組はのうなるんじゃぞ?」
「あなたはあなたの一生を捧げて組を守りたいんですか? 『クソ親父』のために」
「…………」
「人生は一回きりだ。組のために生きるのもいいですが……俺たちといっしょに、外の世界に出てみるというのはどうですか?」
「外の世界……?」
おそらくは大切に育てられてきたのだろう。広く豪奢なテントやドレスを見ればわかる。村の中から外に出たこともないのではないだろうか。
「そうです。外にはいろんなものがありますよ。おいしいもの、きれいな景色、冒険、かわいい服だってあります。この村で一生を終えるつもりなら……」
「……そう言うからには、ワシをここから連れ出す算段はあるんじゃろうな?」
ぎらりとお嬢様の目が光る。任侠映画で見たドスの輝きだ。
南野はうなずいて、メルランスに耳打ちした。彼女はそのまま他のふたりに知らせに行くのに天幕を出ていく。
「外の世界、か……」
遠い夜空を見つめるように宙を仰ぐお嬢様。
「ワシらオーガが生きていけるような世界なんじゃろうか……」
「大丈夫ですよ。俺なんて異世界人なんですから」
「異世界人?」
怪訝そうな顔をされたので、南野はこれまでの顛末を簡潔に話した。
「なるほど……緑の魔女のレアアイテムか」
「それ集めないと帰れないんです……」
しょんぼりする南野に、お嬢様はにやりと笑いかけた。
「ここにも、そのレアアイテムがあるっちゅうことじゃな?」
なんでもお見通しということか。ふふ、と笑って南野は白状した。
「あなたの生え変わった角、それが必要なんです。あなたをここから連れ出す代償としていただけないでしょうか?」
「それくらいならなんでもないわい。いくらでもくれてやる」
「ありがとうございます」
「これで取引は成立じゃな」
ふたりは共犯者の笑みを浮かべてしばし黙した。
その沈黙が破られたのは間もなくしてだった。
「大変じゃー! 焚火が爆発した!!」
「なんじゃあの火の玉は!?」
「カチコミか!?」
「あちこち爆発しとるぞ!」
そとから大声が聞こえる。酔ったオーガたち相手にキーシャが魔法を乱発した結果だろう。今回も相当なノーコンらしい。
「おい、逃げるぞ!」
キリトが幕を開けて顔をのぞかせる。遅れてメルランスとキーシャも続いてきた。
「逃げるっちゅうったって、このオーガの村からどうやって逃げ出すつもりじゃ?」
「簡単ですよ。さあ、ここに手を置いて目をつむって」
『レアアイテム図鑑』を開いて南野が指示を出す。
五人は図鑑に手を置いて瞼を下ろした。
次に目を開けると、そこは夜更けの酒場だった。客もだいぶん掃けたのか、南野たちに注目するものはいない。
「こ、こりゃあ……!」
「緑の魔女の『レアアイテム図鑑』の能力ですよ。レアアイテムとこの酒場を一瞬で行き来できるんです」
「ほー、こりゃすごい……」
感心していたお嬢様が、おもむろにもぞもぞし始めた。
「どうしたんで……」
言いかけたところで、お嬢様の頭から、ぽろ、と小さな角がこぼれ落ちてきた。代わりに、にゅ、と立派な角が生えてくる。
「はえー、オーガの角の生え変わりってそういう仕組みなんですねー」
興味深そうにするキーシャ。メルランスがそれを拾って南野に手渡した。
「ほら、今回の収穫だよ」
「ありがとうございます」
小さな角を受け取ると、リュックに大切にしまう。このリュックもずいぶん重くなってきた。