№12・バカには見えない服・下
「バカだって、悪い人間ばかりじゃないんです。例えば、このキリトさん」
「俺!?」
唐突に話の矛先を向けられて、体育座りでいじけていたキリトが声を上げた。
「確かに彼はバカです。まぎれもないバカです。正真正銘まじりっけなしの大バカです」
「……やっぱり、俺お前のこと嫌いかもしれない……」
恨みがましい視線を無視して、南野は言葉を継ぐ。
「けど、彼は俺たちを何度も救ってくれました。勇敢な戦士です。心根のやさしい、俺たちの仲間です。なにも、人間の価値は知性ばかりで計れるわけじゃない。バカだって、一生懸命に生きているんです」
「…………」
男はキリトを見つめた。その視線をかわすようにキリトが目をそらす。
「あなたがバカを嫌うのはわかります。けど、あなたは少し思い詰めているような気がする。おじい様もそんなことのためにあなたにその服を託したわけではないんじゃないですか?」
「……祖父、か」
南野の言葉に、男は自嘲するように笑って口にした。
「最期はさみしいものだったよ。見送ったのは私一人だ。服が見えるのが私だけだったからね。祖父は、今わの際に何を考えていたんだろうか……」
遠く遠く、屋根を突き抜けて天を仰ぐ男。その肩に手を置いて、南野は微笑みかけた。
「少なくとも、お孫さんがこんな風にひとりさみしく暮らすことは望んではいなかったのではないでしょうか? 安心してください、バカにだっていい人間はいくらでもいますよ」
「そうか、そうだな……」
どこか吹っ切れたような笑みを浮かべ、男は立ち上がった。
「なんだかすっきりしたよ。この服を脱ぐ決意ができた。私は気にしすぎていたんだな……知性のみでひとの器を計ろうとすることの方が、よほど愚かだった」
男は南野に向かって手を差し伸べた。その手を握り返すと、男ははにかんだ笑みを浮かべて、
「ありがとう。話を聞いてくれて。君のような人間が真の賢明な人間なのだろうな」
「滅相もないです」
「さあ、着替えよう。少し外に出ていてくれないか?」
男の言葉に従って、南野一行は掘立小屋の外に出た。
しばらくして屋内に戻ると、男は先ほど着ていた服を小脇に抱えて似たような別の服に着替えていた。
「キリトさん、見えますか?」
確認のために聞くと、キリトはほっとしたような顔で小さくうなずいた。
「これからは街に戻って、普通に暮らすことにするよ。きっと祖父もそれを望んだだろう……一番バカだったのは、私だったのかもしれない」
「そんなことないぞ!」
いきなり口を開いたのは、意外なことにキリトだった。全員がびっくりしたようにキリトの方を見る。
「どうも俺はバカらしいからうまくは言えないが……祖父の教えを守って、バカをバカにすることなくひとりになることを選んで、偉いじゃないか。普通ならバカを相手にしたらバカにする。それをしなかったのは……ああ、バカがゲシュタルト崩壊してきた」
こんがらがってきたのか、キリトは頭をかいた。
メルランスが、ふふっ、と笑う。
「こういうバカもいるんだよ」
「……覚えておきます」
男もまた、気の抜けた笑みを浮かべた。
「ところで……その服、もう着ないんですよね?」
「? ああ、もう処分しようと思っているんだが……」
「なら、その服を俺たちにください。わけあって、そういう不思議な物品を集めているんです。ご迷惑でなければ……」
おずおずと申し出ると、男は快く服を差し出してきた。
「私にはもう必要のないものだ。恩人である君たちに託そう」
「ありがとうございます!」
服を受け取って深々とお辞儀をする。
「さあ、街に戻る準備をしないと……」
「俺たちも、この辺でお暇します。本当にありがとうございました」
再びお辞儀をしてから、南野たちは掘立小屋を後にした。
「さ、帰ろう。誰がバカかわかったことだしねぇ」
「う、うるさい! それでも俺は強いからいいんだ!」
どうやらキリトはなんとか自分がバカだという事実を受け入れたらしい。
四人で『レアアイテム図鑑』に手を置いて目をつむる。
一瞬で夕暮れ時の酒場に戻って来て、ほう、とため息をつく。
「それにしても、良かったですね、全員見えるとか全員見えないとかじゃなくて」
「それじゃあ見分けがつかないですもんねぇ」
「ま、バカとハサミは使いようっていうこと?」
「あまりバカと言うな! そうだな……神々に魅入られし愚者とでも呼んでもらおうか」
「わかりましたよ、神々に魅入られし愚者さん(笑)」
「お前……その()芸をいい加減やめろ……!」
「冗談ですよ」
笑う南野に、キリトはなぜか少し照れくさそうにしてつぶやいた。
「しかし……お前も俺を蔑視しないでいてくれたのは、少し、うれしかった」
「だってキリトさん、いいひとじゃないですか」
「ええい! やめろ! 俺は決してイイヒトではない! 魔王イーグニットにこの身を委ねし……!」
「はいはい。そういう設定ね」
「設定って言うなぁぁぁぁぁぁぁ!」
茶化すメルランスに、キリトがわめく。
いっしょになって笑いながら、南野はこの愛すべきパーティメンバーたちと出会えたことを誇りに思った。
こうして繋いだ縁を大切にしようと、改めて思う南野だった。