№12・バカには見えない服・上
「『バカには見えない服』?」
ちゅるり、メルランスがナポリタンの麺をすする。汚れた口元をナフキンで拭いて、彼女は怪訝そうな顔で『レアアイテム図鑑』を覗き込んだ。
それをうらやましそうに一瞥してから、南野も同じように図鑑に目をやる。
『愚か者にはこのものが裸のように見えるだろう。しかし、このものは服を身に着けている。指をさし笑われるべきは服が見えない愚か者なのだ』、とだけ書いてあって、裸の男の挿絵が入っていた。
「俺の世界のおとぎ話でもありましたよ、『裸の王様』っていうんですけど」
「へえ、割とよくある話なんですね! 興味深いです!」
キーシャが声を弾ませる。
とはいえ、南野が知っている『裸の王様』の話は本当は服などないというオチがついているのだ。そうなってくると、このアイテムの真贋も怪しいものとなる。
「問題は、これがどうやって本物か見分けるかですよね……」
「ふっ、安心しろ! 悪魔的な頭脳を持つ俺にかかれば、服など着ている風に見えるに決まっている!」
言い放ったキリトに全員の視線が集まった。
「……このメンツで絶対に見えないとすれば、それはあんたよ……」
「な、なぜだ!? この俺の知性を疑うというのか!?」
「いや、疑うというか……」
言いにくそうに口にする南野の代わりに、メルランスがはっきりと告げた。
「あんたが一番のバカってことだよ」
「なにぃっ!?」
心底驚いたような声を上げるキリト。本気で自分はバカではないと思っているらしい。
「ま、まあ、実物を見てみればわかりますよ」
南野がなだめるのも聞かず、キリトは肩を怒らせて『レアアイテム図鑑』に手を置いた。
「ならば早速見に行くぞ!」
「あ、待ちなさいよ!」
慌ててそれにならう三人。目を閉じ、開くと、目の前には雑多な街並みが広がっていた。建物は朽ちかけ、そこかしこにぼろきれをまとったひとたちが煮炊きをしたり火に当たったりしているのが見える。
「ここ……スラム?」
メルランスが辺りを見回してつぶやいた。周囲の人間がじろじろとこちらを見ている。
「うう、スラムなんて入ったことないです……危険なんですよね?」
怯えるキーシャの肩を叩いて、メルランスはうなずいて見せた。
「大丈夫、歩き方はわかってるから。あんまりお上りさんっぽいふるまいを見せなければ平気」
「けど、なんだってスラムなんかに『バカには見えない服』があるんですかね?」
「なんだっていい! とにかく探してやる! そして俺がバカではないことを証明してやる!」
いきり立つキリトが先に立って歩き出した。三人は呆れたようにそのあとに続く。
しばらくの間、スラムの事情に詳しいメルランスが軸になって聞き込みをした。
『この辺りに服を着ていない人間はいるか?』というものだ。
「ああ、それなら水路の近くに掘立小屋を作って住んでる男がそうだよ」
「俺も知ってる! いっつも裸ん坊なんだよね!」
「それよりもお嬢ちゃん、せっかく教えてやったんだから……」
「はいはい、これ好きに使いな」
子連れの男に銀貨を一枚渡して追いやる。男はせこせことその場から立ち去った。
「たしかに、一部見えてるひともいるようですね」
南野がつぶやく。聞き込みの結果にばらつきがあったからだ。
「だったら余計信ぴょう性があるってもんじゃない。さ、その掘立小屋とやらに行ってみようよ……誰がバカかたしかめに」
意地悪そうに笑いながらキリトをちらりと見やるメルランス。キリトはその一言にかちんときたのか、黙ってひとりで黙々と歩き始めた。
水路の近くにはたしかに掘立小屋が建っていた。風が吹けば飛ばされてしまいそうな安普請だ。水路には汚水が流れておりかなりにおう。
「ここですね……すみません、どなたかおられますか?」
南野は掘立小屋の幕をめくって中の様子をうかがった。外見からは想像がつかないほど整頓されていて、ほこりもあまりない。ベッドとヘッドボード、本棚。簡素だがスラムから連想されるような不潔な空間ではなかった。
ベッドにはひとりの男が腰かけていた。ひげはそられ髪は整えられ、身なりはきちんとしている。服ももちろん着ていた。シャツにズボン、ベストにループタイだ。こんなスラムにいるとは思えない紳士的な人物だった。