№11・龍神の逆鱗・中
龍神は目を覚まし、退路は断たれ、状況は絶望的だ。
「どうすんのこれ!? どうすんの!?!?」
「あわわわわ! すいませんごめんなさいほんとすいません!!」
「こうなれば致し方あるまい、正面突破で……」
「この腐れ玉ねぎ頭!! 黄金龍相手にどうしようっての!?」
「お、おおお、俺の実力があれば黄金龍など!」
「あーはいはい! じゃあひとりで突っ込んで死んで来い! 墓にぺんぺん草くらいは供えてやるよ!」
「……無理! やっぱ無理ですすいません!」
あれやこれや。現場は混乱を極めていた。
しかし、混乱の中で南野だけは不思議に思っていた。初撃からかなり経っているというのに、黄金龍は首をもたげてこちらを見下ろすばかりでなにも反撃してこない。まるで冷静にこちらを観察しているようだ。
「……あの、なんか、すいません……」
なんの気なしに謝ってみると、黄金龍は厳かに首を縦に振って見せた。
やっぱり!
「みなさん! ちょっとお静かに!」
「なに!? 今度はあんたが突っ込んでくれるっての!?」
「そうじゃなくて! この黄金龍、どうやら話が通じるみたいですよ!」
はた、と全員の動きが止まる。キリトの場合はメルランスに首を絞められて白目を剥いているだけだが。
「話が、通じる?」
「はい、こっちの言いたいことはだいたい伝わってるみたいです。向こうにも攻撃の意志はないみたいですし、ここは話し合いの余地がありそうですよ」
「話し合いっていったって……あんた、龍の言葉がわかるの?」
「それは……あんまり気は進まないんですけど……」
いぶかしげなメルランスに、南野はごそごそとリュックの中身をあさった。取り出したのはいつか買い上げた『聞き耳頭巾』だ。
「ほら、これを使えば龍の言いたいこともわかりますよ! 正直コレクションはできるだけ使いたくなかったんですけど……」
「でかした、南野!」
ばぁん!とメルランスに背中を叩かれてたたらを踏む。
「話し合いならあんたの領分じゃない! 黄金龍とガチバトルするよりずっとマシ!」
「いてて……いや、話が通じるってだけで、取引がうまくいくとは……」
「大丈夫!」
メルランスが大きくうなずいて太鼓判を押す。
「魔王とすら対等に渡り合えたあんたの交渉術ならイケる!」
「あんまり期待しないでくださいね……」
その言葉に背中を押されて、南野はおずおずと『聞き耳頭巾』をかぶった。周りの音がぼやけて、代わりに頭の中に直接声が響くようになる。
『なんのつもりだ?』
低く重々しい龍神の声に、南野が答える。
「この頭巾をかぶると、あなたの声が聞こえるようになるんです」
『ほう……珍しいものを持っているな』
龍神が長い首をひねって南野の頭巾に鼻を寄せる。ずらりと並んだ牙が間近に迫って、今にも食べられそうだとひやひやしたが、龍神は頭巾のにおいをかいだだけで元の姿勢に戻った。
「それで、ものは相談なんですが……あなたの逆鱗をいただけませんか? わけあって、どうしてもそれが必要なんです」
『逆鱗……か。貴様、その意味がわかっているのか?』
あくまで厳かに問いかける龍神に、南野はこっくりとうなずいた。
「逆鱗に触れられると我を忘れて怒り狂うんでしたよね? 正直、理性を失うほどに怒ったあなたを俺たちでどうにかできるとは思わない。そこで、なんとかならないかとご相談したいんですが……」
『ふふっ、ご相談か。この私に対して、珍しいひとの子もいたものだ……しかし喜べ、人間。貴様らはとてつもない好機に訪れたようだ』
「好機?」
南野が尋ねると、なんとなく龍神が笑ったような気がした。
『一年に一度、私たちは脱皮をする。そろそろ頃合いかと思っていたのだが、今ここで脱皮すれば逆鱗はすぐに生え変わる。それゆえ、私にとって逆鱗などはくれてやっても構わない代物だ』
「本当ですか!」
南野の顔が明るくなる。まわりの三人は怪訝そうな顔をして尋ねた。
「なんだって?」
「これからこの龍神は脱皮をしてくれるそうです。逆鱗はその時に生え変わるとか。だから、快くくれるそうです」
「やったじゃん! 早速脱皮してもらおうよ!」
『まあ待て、人間』
メルランスの声に龍神の声が割って入る。
『脱皮をすると言っても、人間たちが衣服を脱ぎ着するようにはできない。ある程度の時間がかかる。脱皮の殻から取っても神通力は失われるゆえ、脱皮をする直前にはぎとらねばならない。そこから脱皮が終わるまで、貴様らには私の怒りに耐えてもらう必要がある』
「え……」
南野の表情に不安がよぎる。龍神の怒りはやはり避けられないようだ。問題は、どれくらいの間耐えなければならないのかだ。
「脱皮が終わるまで何分くらいかかるんですか……?」
『三分と……少し、といったところか。その間、私は自我もなくただただ暴れるだけの暴風と化す。その間、貴様らは耐えることができるか?』
龍神の問いかけに、南野は仲間たちの顔を見た。
だれもが硬い表情をしている。
「……三分と少し、龍神の攻撃に耐えられますか?」
南野が尋ねると、三人はそれぞれ難しい顔をした。
「三分、か……本気の黄金龍相手にはきついかもね」
「しかし、時間が区切られている分にはなんとかなるかもしれん」
「そうですよ! なんとかしましょうよ!」
一番難しい顔をしていたメルランスが、キーシャの言葉に、ぜい、と深いため息をついた。
「ま、ここでやらなきゃいけないんだよね。南野の顔に免じて、三分間、耐えてやろうじゃないの」
「ありがとうございます!」
勢いよくお辞儀をする南野に、龍神が小さく笑った。
『ずいぶんと剛毅な仲間を持ったようだな』
「ええ、自慢のパーティです」
『よかろう、ならば私の逆鱗、持っていくがいい』
龍神が、す、と首を差し出す。あごの下あたりにある少し生え方の違った鱗がそれだろうか。南野が恐る恐る手を伸ばす。激闘のスイッチを今、押そうとしている。仲間の誰かが傷つくかもしれない。
しかし、今更退くことはできない。コレクションのためならばどんな対価でも払う、それが蒐集狂だ。
それに、信じてついてきてくれている仲間たちの心意気に答えなければならない。
「……いきますよ」
「いつでも」
三人が各々構える。龍神も脱皮の準備か、ふるふると震えている。
すう、と息を吸い込んで、吐いて、南野は思いっきり逆鱗を剥ぎ取った。