№10・歪曲する運命の魔導書・上
「その本、開いちゃダメです!!」
キーシャの鋭い声が書架の間にこだまする。
しかし、時すでに遅しだった。
「え?」
南野の手の中で開かれた書物はぼんやりと発光し、やがて……
「『歪曲する運命の魔導書』ですって!?」
新たにキリトを迎えた四人で『レアアイテム図鑑』をめくっていると、キーシャが突然声を上げた。いきなり素っ頓狂な声を上げたおかげで、他の三人は呆気にとられた表情で彼女を見つめている。
「これがどうかしたんですか?」
『レアアイテム図鑑』を指さして問いかける南野に、キーシャは若干青ざめた顔で応じた。
「『歪曲する運命の魔導書』……魔導書っていうのは一般的に魔法の指南書であると同時に、それ自体に魔法がかけられたマジックアイテムでもあります。今回は後者ですね……」
「その魔法がなんかヤバいの?」
尋ねるメルランスに、キーシャは重々しくうなずいた。
「あくまで教会学校の噂なんですけど……その名の通り、読んだ者の運命を狂わせるとか……書物自体が禁書の書架にあるのでなんとも言えませんが……」
「禁書ねえ……そりゃ厄介だわ」
「あの、禁書って?」
この世界の事情に疎い南野が声をかけると、キーシャが解説を始めた。
「この世に出てはいけない危険な書物、あるいは希少すぎて出してはいけない書物のことです。多くは魔導書で、国立図書館の閉鎖された区画に収められています。巨大な図書館のひとの立ち入らない最奥部……トラップはありませんが、収められている書物自体がトラップじみた奇書です」
ある意味ダンジョンよりも厄介というわけか。目でメルランスに問いかけると、彼女は首をゆっくりと横に振った。
「残念ながらあたしには国立図書館の禁書区画を探索した経験はない。あんたもそうでしょ?」
「ああ、あいにく書物とは縁がなかったのでな」
キリトも探索の経験はないらしい。こうなると、多少なりとも知識があるのはキーシャだけになる。今回は彼女頼りになりそうだ。
「よろしくお願いします、キーシャさん」
「と言っても、私も二三度行ったきりでそう経験豊富ってわけじゃないので……禁書の取り扱いに関しては少しは学校で習いましたけど」
自信なさげに言うキーシャに、南野は力強くうなずき返した。
「それで充分です。今は少しでも知識のある人が必要なんです」
「そうと決まれば早速行こうよ。行先は国立図書館の禁書区画なんでしょ?」
「そうですね、みなさん準備はいいですか?」
南野の呼びかけにうなずく他の三人。全員で『レアアイテム図鑑』の上に手を置いて目を閉じる。
次に目を開けたその場所は完全なる無明だった。
「ひぃっ! 暗いよぅ! みんなぁ、どこ!?!?」
ばたばた何かがもがく音がする。この裏返った声はキリトの声だ。どうやら暗所恐怖症らしい。
暗闇で聞こえたため息はメルランスのものだろう。呪文の声が聞こえる。
「『第二十八楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護の元、小人のたいまつに明かりをともす』……」
「待ってください、書架は火気厳禁です。私が光を用意しますから……『第二百十二楽章の音色よ、創生神ファルマントの加護のもと、光の精霊の吐息が紡ぐ旋律を解き放て』」
キーシャの声がすると、ぼうっと辺りが青白い光に満たされた。炎とは違う温度のなさそうな光源が四人の真ん中に浮かんでいる。
「へえ、便利な魔法じゃない」
「えへへ、これくらいはマトモに使えるんですよ」
メルランスに褒められて、キーシャが照れくさそうに頭をかく。
「ふっ! なかなかやるな!」
「なにカッコつけてんの。さっきまであんなに大騒ぎしてたくせに」
「う、うるさい!……暗いのと狭いのは苦手なんだ」
「暗いのと狭いのって……あんた今までどうやって探索してきたの?」
「太陽を召喚する魔法を使ってきた。暑かったが、明るかったぞ!」
マントを翻し、胸を張って答えるキリト。太陽を召喚する魔法なんて魔力消費量が半端なさそうだが、エルフの魔力だからこそできるわざなのだろう。四畳半で十二畳用のLED照明をつけるようなものだ。