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№09・大蠍の尾・5

「ドクター! 急患!」


 メルランスが叫ぶと、デスクでこっくりこっくりと居眠りをしていた白衣の老人が、はっと目を覚ました。


「なんじゃ? なんじゃあ??」


「大蠍の毒にやられたの! 血清ある!?」


 てきぱきとキリトをベッドに寝かせ、老人の胸倉をつかむメルランス。老人は若干白目を剥きながら、


「おおう? メルランスの嬢ちゃんか。大蠍の毒とな? おお、おお、あるとも。あるともさ。どれどれ……」


 もっさりとした動作で薬棚を漁り、ようやく戻ってきた老医師の手には小瓶と注射器が収まっていた。


「……おお、そうじゃった。毒の血清にはギルド保険が効くんじゃった。冒険者証は持っとるかいな?」


 メルランスがキリトの懐を探ると、折りたたまれた羊皮紙のようなものが出てきた。それを受け取って、老眼らしい医師は目を細めて内容を一読する。


「ふむ、間違いない。いや、間違いがあっては困るな。青年、お前さんの名前は……」


「……まっ、ちょっ、やめれくらはい……俺はキリト……」


 なぜか名前を確認されるのを必死で止めようとするキリト。しかし、動きがおぼつかないのでそれもままならない。老医師は無慈悲にキリトの名前を口にする。


「……ジョン・フンバルト・ヘガデル・ミモデル、で間違いないかの?」


 一瞬、医務室がしんとなった。全員がまったくの真顔になっている。


 しかし次の瞬間、ふっとメルランスが吹き出したのを皮切りに、医務室は爆笑に包まれた。


「ぶぁははっははは!! ジョンって普通!! ふっつぅぅぅっぅぅぅ!! しかも『踏ん張ると』『屁が出る』『実も出る』ってなんかのギャグ!? それとも奇跡!?!?」


「あははははははは!! 全然キリトじゃない! ジョンさんじゃないですか! 踏ん張ると屁が出るし実も出るし!!」


「ふっ、ぷくくくく……ふっ、ふたりとも、あんまり、笑っちゃ……ふふっ、悪いですよ……ジョン・フンバルト・ヘガデル・ミモデルさん(笑)に悪いじゃないですか……!」


「……おい若白髪、お前が一番ひどいからな……! フォローすると見せかけて()の中丸見えだぞ……!」


 老医師に血清を打たれながら、キリト、改めジョンは恨めしげな視線を三人に送った。


「これでよし、と。すぐに毒は抜ける。しばらくここで安静にしておれ。わしはもうひと眠り……」


 仕事を終えた老人はそのままデスクに戻り、また午睡を始めた。


 あとに残された四人は、まだ笑いの余韻を引きずりながらも次第に落ち着いた呼吸になっていくジョンを囲んで見守っている。


「大丈夫ですか? ジョン(キリト)さん?」


「頼むから()の中と外を逆にしてくれ……!」


 真っ赤になって泣きそうな顔をしながら、ジョン、改めキリトは両手で顔を覆った。この調子なら回復はすぐだろう。


「ふふふふ……けど、よかったじゃん。毒の活性が落ちてて」


「よくない。俺は仕留め損なったんだ……これは戦士としてはあるまじきこと……」


「へえ、その辺の誇りはあるんだ。ジョンのくせに」


「ジョンって言うなぁぁぁぁ!!」


 がばっ!と起き上がって抗議するキリトは、そのままふらふらとベッドに伏した。


「しばらくはじっとしてなきゃいけませんよ、キリト(悲)さん」


「お前はその()芸をどうにかしろ……!」


 布団をかけ直す南野に、キリトはちからない瞳でひとにらみを送る。


「それにしても、かばってくれてありがとうございました。本来なら俺がこうなってたはずなのに……」


「……傷つかなくてもいい人間が傷つくことはない。それなら俺が傷ついた方がマシだ。それが戦士としての矜持……それだけのこと」


 真正面からお礼を言われて照れくさくなったのか、キリトは布団をかぶったまま、ふいっとそっぽを向いてしまった。


「強いものが弱いものを守るのは当たり前のことだからな」


 どうやらこの青年、ただの中二病患者ではないらしい。いや、たしかに中二病患者だが、たしかな腕とそれに裏打ちされた誇りを持っている戦士だ。


 南野は居住まいを正してキリトに向き直った。


「キリトさん」


「……なんだよ……もういいだろ、名前のことには触れないでくれよ……」


「いや、そうじゃなくて……もしよかったら、俺にちからを貸してくれませんか?」


「へ?」


 キリトが眼帯で隠れていない方の目をぱちくりさせる。それから、ベッドから起き上がってなぜか正座する。


「あの……本当にいいのか?」


「ええ。キリトさんがいてくれたら心強いです」


「本当に本当なんだな?」


「本当ですよ。この先の旅には、強い戦士が必要なんです」


「強い戦士……!」


 キリトの表情が目に見えて明るくなる。そうかと思えば、くっ、と目元の涙をぬぐって握りこぶしを作った。


「どこのパーティに入っても鬱陶しがられて……流れ流れてソロ活動……そんな俺にも、ようやく安息の地が……!」


「あ、やっぱりウザがられててぼっちだったんだ」


「ち、違うっ! 俺はぼっちはぼっちでも選択的ぼっちだ! 誇り高い孤高の狂戦士なんだ!」


「あーはいはい、そういう設定ね」


「設定じゃない! これだからロマンのわからん女は……!」


 茶化してくるメルランスに噛みついて、なにやらよくわからない理屈をこねるキリト。


「まあまあ。これからいっしょに旅をするんですから」


「あたしはあんまり気が乗らないな。だってこいつめんどくさいし」


「私は構いませんよ。エルフの魔力にも興味がありますし」


「ふん! 俺とて、女どもとなれ合う気は毛頭ない! あくまで俺は南野を助けるだけだからな!」


 ぷい!とメルランスから顔をそらしてキリトはそう言い切った。


「はは、心強いです。よろしくお願いします、キリトさん」


 差し出された南野の右手を一瞥してから、キリトはおずおずとその手を握り返した。


「……こちらこそ」


 がっちり握手を交わし、こうして仲間がまたひとり増えた。


 これもまた縁だ。


 新しい縁に感謝しながら、南野はにっこりと微笑んだ。


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