№09・大蠍の尾・2
南野がうなずく。メルランスは早速砂まみれになっているキーシャの襟首をひっつかんで拘束した。リードを引かれる犬のような有り様だ。
「そう深くにはもぐらないはずだから、体の一部が露出してるはず。よく目を凝らしてそれを見つけて……」
言いかけて、メルランスが口をつぐんだ。何事かと問いかけようとすると、し、と人差し指をくちびるに当てる。
「……どこかで剣戟の音がする……」
言われて耳を澄ませてみると、たしかにどこからか、きん、きん、と金属質のもの同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。近い。
誰かが戦っているのだ。
「助けなきゃ!」
気が付いたら南野は音のする方へ駆け出していた。続いてメルランス、キーシャも走り出す。
「うまくすれば謝礼がもらえるかも……!」
「そんな不純な動機でいいんですかー!?」
謝礼云々はどうでもいいとして、とにかく誰かが剣を振るっているのだ。近くにいる以上、加勢するのが筋だとなんとなく南野は考えていた。
とはいえ、南野にはなんのちからもない。結局はメルランスたちのちからをかりることになるのだが。
砂丘をひとつ越えたところで、砂塵の向こうで躍動する人影が見えた。その相手は3メートルほどの大蠍だ。
「ビンゴ! 獲物まで見つかるなんてラッキーじゃん!」
「戦ってるのはひとりですね!」
「謝礼として『大蠍の尾』もらっちゃおう! 労せずして目的完遂!」
「メルランスさん、お願いします!」
「任せて!」
走りながら会話をしているうちに、砂塵に紛れて見えなかった人影が見えてきた。
白い詰襟のような服を着て、赤いマントをたなびかせた男だ。整った顔をしており、耳が長い。怪我をしているのか、片目は眼帯でふさがっており、左腕にも包帯を巻いている。
「……あれ、エルフですね……」
後ろの方でぜいぜい息を切らせているキーシャがつぶやいた。エルフ。ファンタジーでよく耳にする種族だ。森に住み、強大な魔法を操り、美しい容姿をしているという。
エルフの青年は両手に一本ずつ構えた細剣で大蠍の攻撃を防いでいる。ざっ、と砂を蹴り、鋭い眼光で大蠍を睨みつけていた。
「……つまらん。弱い……!」
片目を細め、細剣で印を切り、呪文を唱える。
「『第百九十二楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我がつるぎに怒りのいかずちを宿らせる旋律を解き放て!』」
ばち、音がして、細剣に青い雷の光がともる。襲い掛かる大蠍に向かって大きく踏み込み、エルフの青年は細剣をクロスさせ、大きく叫んだ。
「『双雷天震撃』!!」
技名だ。叫んでるひと漫画と小学生以外で初めて見た。
しかし威力のほどはなかなかだったらしく、いかずちをまとった細剣で切り付けられた大蠍は大きくわななくとそのままさかさまにひっくり返ってしまった。しゅうしゅうと煙を上げ、動かなくなる。
「ふっ……所詮はこんなものか……」
ニヒルに笑うエルフの青年は細剣を一振りするとそのまま腰の鞘に納めた。
「おーい! 大丈夫ですか!?」
南野が近くまでたどり着くと、エルフの青年は片目をすがめて、ほう、とため息をついた。
「こんな辺境の砂漠でひとに会うとはな……『大丈夫か』だと? 俺の今の戦いを見ていただろう」
「そりゃあ見てましたけど……ほら、怪我してるみたいですし、加勢しようかと思ったんです」
「ふっ、愚問だな。俺は誰の助けも借りん。俺は俺の強さを確かめに……」
言いかけて、エルフの青年は突如、がく、と膝をついた。驚いた南野が駆け寄る。
「やっぱり、怪我を……!」
顔を覗き込むと、エルフの青年はふさがった左目を抑えて苦悶の表情を浮かべていた。
「……くっ……! 鎮まれ、魔神イーグニットよ……!」
「い、いーぐにっと?? まじん??」
「……いくさ場で高揚する気持ちもわかるが……これ以上俺に血を見せるな……制御できなくなる……!」
ひとりでぶつくさつぶやいて、しばらくしてからようやく元に戻る。額の冷や汗をぬぐいながら、
「俺の左目にはな……魔神が封印されてる。邪悪で醜悪な、極悪の権化がな……故に、俺に近づいてはならない……わかったらさっさと……」
「大変だ! ものもらいかもしれない!」
エルフの青年の言葉を遮って、南野は慌てて左目の眼帯をむしり取った。
「ひとの話聞いてた!? ちょっ……まっ……!」
わたわたと手を泳がせるエルフの青年は、さっきまでのニヒルな表情と打って変わって『しまった』という顔をしていた。