№07・嘆きのミセリコルデ・6
朝日が昇るころ屋敷にたどり着き、メイドに取次ぎを要求する。出てきた主人は寝起きなのか、寝間着にガウン姿だった。
「約束通り、山賊たちに話を付けてきました」
「……本当かね?」
「ええ。これでふもとの別荘地は安全です」
にっこりと断言すると、主人はふーむ、とうなってからうなずいた。
「わかった。では『嘆きのミセリコルデ』は約束通り君たちに譲ろう」
交渉成立。書斎に引き返した主人は、鞘に収まった銀の短刀を持って戻ってきた。
「こんなもの、なにに使うのかは知らないが……私が持っていても仕方がない。どうか大事にしてくれたまえ」
「ありがとうございます」
短刀を受け取った南野の手には、ずしりとした重みがあった。これは確かにひとを傷つける刃だ。が、このミセリコルデは違う。
屋敷を出たところでメルランスが『嘆きのミセリコルデ』を奪い取って鞘から抜いた。
「な、なんのつもりですか!?」
「ふっふー、毎回恒例の実験だよ」
「だから言ったでしょう! レアものは新品未開封が至高だって!」
「あの主人の手にあった以上、新品未開封ではないでしょ」
よく研ぎ澄まされた刃は朝日を浴びてぎらりと光っている。これがひとを傷つけないというのはあまり信用できない。
「まあまあ、死ななそうなところ刺してあげるから、万が一のことがあっても大丈夫だって」
「へ?」
「やぁっ!!」
そのままメルランスは南野の腹にミセリコルデの切っ先を突き立てた。
「いづっ!?……あれ? 刺さってない……?」
衝撃はあったものの、『嘆きのミセリコルデ』は一ミリたりとも南野のからだを傷つけてはいなかった。相変わらず刃は研ぎ澄まされた光を放っており、触れたものは傷つけそうなものなのに。
「不思議ですね……」
「そりゃあ、『緑の魔女』のレアアイテムだもん」
当然のように言うメルランスにミセリコルデを返されて、矯めつ眇めつ眺める南野。
「……刃はあっても、ひとを傷つけない……」
ずっと黙っていたキーシャがつぶやく。
「ひとを傷つけるちからがあっても、傷つけない。それってすごく大切なことですよね?」
「時と場合によるけどね」
メルランスが応じると、キーシャはぐっと拳を握って上を向いた。
「決めました! 私、魔法の練習します! もう二度と、あんなことはあってはいけないから……」
「うん、いいこころがけ。あんたの魔法には期待してるんだから」
「はい!」
たしかに、キーシャはあれだけの大技を連発しておきながら魔力が底をついたような気配はまったくない。魔法のバリエーションもそうだが、今後大きな戦力になりそうだ。
「そうと決まれば、とっとと帰って朝寝でもしよ。夜通し動いて疲れちゃった」
「あー! 私、今日授業あるんだった!」
「じゃあ、早く帰りましょうか」
三者三様の感想を抱きながら、三人は帰途に就いた。