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№07・嘆きのミセリコルデ・5

「とにかく、散開して森の中に潜んで! 道が狭いからまだ一体多数は避けられる!」


 メルランスの言葉に、三人は散って夜の森の中に駆け込んだ。


 とにかく何も見えないので、つまずきかけながらも走る。時折木にぶつかりながらできるだけ元の地点から離れないようにぐるぐる逃げ回った。


「男の方はあっちだ!」


「ちくしょう、ぶっ殺してやる!」


 背後から聞こえる怒声に背筋をビビらせながら、とにかく逃げ回った。


「きゃー!!」


 ほど近くからキーシャのものらしい悲鳴が聞こえる。次に聞こえたのは、ずん!と大地を揺るがすような衝撃だった。ぎゃー!!などと今度は山賊たちの悲鳴が聞こえる。


「来ないでー!!」


 ばん!ばん!と大爆発の音と上がる火の手の明かり。どうやらキーシャは恐慌状態に陥って魔法を乱発しているらしい。あの威力で連射されたら山の一角が焦土と化しそうだ。マズいと踏んで急いで元の場所に戻る。


 掘立小屋はもうなかった。根こそぎ消し飛んでいた。あたりには負傷した山賊たちが呻きながら倒れ、残った数人の山賊たちもキーシャをなにか恐ろしいモンスターでも相手にしているかのように遠巻きに警戒している。


「キーシャ!」


 メルランスも状況を危ぶんだのか、すぐに戻ってきた。


「うわああああ!! 『第百五楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、巨人の鉄槌を大地に振り下ろすがごとき旋律を解き放て!』」


 印を切る手と呪文詠唱だけは正確なのは魔法学生らしいと言えるだろうか。どぉん!と音がして、不可視の重力波が地面をへこませた。


「やめなさい! これ以上は人死にが出る!」


「やめて来ないでええええ!!」


 完全にパニックに陥っているキーシャに、メルランスの言葉は届かない。


 どうすればいいか。南野が頭を悩ませていると、メルランスが駆け出す。


 疾風のような勢いでキーシャの懐に滑り込み……そのまま体当たりするように、ぎゅう、と彼女のからだを抱きしめた。


「大丈夫だから! 落ち着いて! 私たちがいるでしょ!」


「……あ、う……」


 突然の抱擁に呆気にとられたのか、キーシャはぽかんとして動きを止めた。ぱたり、魔法を乱発していた腕が落ちる。


「大丈夫。怖いことなんてなにもない。だから、落ち着いて」


「……あ、ああ……私、わたし……」


 次第に我に返っていくキーシャは、辺りの惨状を目にして青ざめた。


「なんてことを……」


「あんたのノーコンがさいわいして、死ぬほどの重傷者は出てないよ。掘立小屋はとその周りの木は消えてなくなったけど」


 とんとん、キーシャを抱きしめながらあやすように背中を叩くメルランス。緊張の糸が切れたのか、キーシャはぼろぼろと泣き始めた。


「うっ、うっ……ごめん、なさい……私、全然ダメですね……ごめんなさい……」


「いいから。結果的にはあんたの魔法に助けられたわけだし」


 言ってから、メルランスはようやくキーシャから離れた。そして、地面に這いつくばって呻く山賊たちを前に、胸を張って腰に手をやり言い放つ。


「痛いでしょ? あたしたちならその傷治してあげられる。このまま痛い思いする?」


「治してくれ! お前ら魔法が使えるんだろう!?」


「そりゃもちろん。けどね、ものごとには交換条件っていうのがあるの。ふもとの別荘地を今後一切襲わないこと。この条件を飲むなら今すぐに治癒魔法で治してあげる。そうでなきゃもうひと暴れ」


 山賊たちがざわめいた。決して分のいい条件ではない。しかし、魔法が使えない彼らにとって、何か月もかけて傷を癒すのと、また強力な魔法が乱発されることを考えるとうなずかざるをえないだろう。


 案の定、頭らしき人物が前に出て言った。


「……わかった。ふもとの別荘地はもう襲わない。だから早く傷を治してくれ」


「約束、破ったらまた同じ目に遭わせるからね」


「ひっ……! わかった、絶対に守る。だから……」


「オッケー、交渉成立。キーシャ、重傷者から見てやって。さすがのあんたも治癒魔法は外しようがないでしょ」


「わ、わかりました」


 緊張の面持ちで片腕が火傷でひどいことになっている男の元へ行くキーシャ。メルランスは額から血を流している男の方へと歩いて行った。


 何もできない南野がしばらく見ている間に、山賊たちの傷はすべて癒えたようだった。キーシャも治癒魔法はマトモに使えるのか、今のところ問題はなさそうだ。


「これでよし。くれぐれも約束は守ってよね?」


「わかってらぁ。もう二度とこんな目はごめんだ……」


 つぶやく山賊の頭の顔には哀愁じみたものが浮かんでいた。


「よっし! 任務完了! 山賊どもが奪った財宝があればそれもいただこうと思ったけど、丸焦げだしね」


「それってカツアゲ……」


「もう明け方だし、屋敷の主人のところへ行こうか」


「……そうしましょう」


 南野がうなずくと、一行は山賊たちを置いてふもとへの道をたどった。

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