№07・嘆きのミセリコルデ・4
話を変えよう。南野はふと思いついたことを口にしてみた。
「そういえば、キーシャさんは魔法学を勉強してるんですよね?」
「はい、教会学校で魔法について学んでいます」
「じゃあ、俺にも魔法、教えてくれませんか?」
少しでも魔法が使えれば足手まといを脱却できるとの考えだった。果たして異世界人の自分に魔法が使えるのかどうかはわからないが、ダメ元だ。
キーシャは難しそうにうなると、
「そうですね……魔法を使うには、まずは適性が必要になるんです。からだじゅうの魔力を形にするちからですね。信仰心はあんまり関係ないですけど、教会で加護を受けなければいけません。あとは精神修養に、魔力を具現化する構成力の訓練です。これは一週間でできるひともいれば数年かかるひともいます。だから、今すぐに使うことはできません」
「そうですか……」
考えが甘かったらしい。一朝一夕で魔法が使えるなんて虫のいい話はないのだ。魔法を使うにも努力や修練は必要らしい。
「あっ、でも! もしかしたら異世界のひとにしかない特別なちからとかあるのかも!」
慰めるようにかけられた言葉には、ひとつ思い当たることがあった。
『サバラの泉』で感じた、アイテムのちからを最大限以上に引き出すちから。
あれが勘違いでなければ、自分にだってできることはあるのかもしれない。
しかしあくまでも勘違いの可能性が高いので、キーシャには黙っておいた。
そのあとふたりはなんてことない世間話などをしながら休み、メルランスを待った。
彼女が帰ってきたのは日が沈んでからだった。
「あの主人が言った通りの戦力っぽいね。くっさそうな野郎どもが30人くらい。みんな武装してるけど、魔力の気配はない。この辺の地形なら奇襲は簡単だよ。あの掘立小屋もボロ屋だし、山賊どもが寝静まって、見張りのやつが数人出てきたらそっから片付けよう」
疲れを感じさせない調子でてきぱきと言うメルランスに、休んでいたふたりはうなずき返した。
それから携帯食で夕食を済ませ、言葉少なに体力を温存していると、やがて夜がやってきた。三日月が昇り、辺りは暗闇のしじまに沈む。
「……出てきた」
掘立小屋から出てきて焚火を起こし、酒を飲みながら見張りをする三人の男を前に、メルランスは野性の肉食動物のように舌なめずりをした。
「行くよ、準備はいい?」
「はい、ばっちりです!」
「俺は準備は特にないので」
掛け声に応じると、メルランスを先頭に茂みから出ていき、木々を伝って掘立小屋を迂回する。影に乗じて忍び寄れば、酒に酔っているらしい男たちは気付きもしない。
「じゃあ……作戦開始!」
一声吠えるとメルランスは飛び出していった。ひとりの男の背後から首筋を狙って飛び蹴りを放つ。男は酒の入ったカップを落として卒倒した。
「なんだ!?」
慌てふためく他の二人が仲間を呼びに行く前に、メルランスがもうひとりを当身で黙らせる。そうしている間に最後のひとりが剣を抜いた。
「キーシャ! 魔法!」
「えっ? えっ?」
「早く!」
メルランスにせかされたキーシャが大急ぎで印を切り、呪文を詠唱する。
「『第百七十七楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、怒れるサラマンドラの怒声のごとき旋律を解き放て!』」
両手を前にかざすと、その間に巨大な火球が生まれた。バスケットボールくらいある。大きすぎないか……?
その火球は最後の男の脇をすり抜け、掘立小屋を直撃した。地面が揺れるほどの轟音を上げながら小屋の半分ほどを爆裂四散させ、消し炭にする。
「…………」
「…………」
「…………」
あまりの威力に、メルランスと南野はおろか山賊すら冷や汗をかいて沈黙した。
「……あの、奇襲でしたよね……?」
南野が問いかけると、キーシャは泣きそうな顔でうつむいた。
「私、威力の調節が下手で……しかも狙った場所に当たったことが稀で……」
なるほど、『落ちこぼれ』の理由はこれか。得心が行ったところで状況が好転することはないが。
「おい、どうした!?」
「なんだそいつら!?」
「アジトが丸焦げだぞ!!」
わらわらと眠っていた山賊たちが起き出してくる。寝起きとはいえ状況は火を見るよりも明らかで、すぐに山賊たちは手に手に武器を持ち出してきた。その数30人弱。
「どーすんの!? 奇襲のつもりが正面突破になっちゃったじゃない!」
「ひぃぃぃぃん!! ごめんなさいごめんなさい!!」
目に涙をためながら謝るキーシャだったが、こうなってしまった以上は仕方がない。なんとかしてこの団体さんを片付けなければ。