№07・嘆きのミセリコルデ・3
「山賊の規模と練度、装備や経験は?」
「30人程度の集団だ。長年この山で略奪行為をしているだけあって手慣れている。魔法を使えるものはいないし、軍警に討伐要請を出すほどではないが、それぞれの屋敷が用意した用心棒を蹴散らす程度のちからはある」
「ふぅん……」
メルランスが考え込む。30人からなる荒くれものたち相手に、女の子ふたりと足でまといひとりでどこまでできるか。しかし、この依頼を成功させなければ『嘆きのミセリコルデ』は手に入らない。
顔を上げたメルランスが重々しくうなずき返す。
「わかった。あたしたちでなんとかしてみる。『なんとか』の内容は任せてくれるんでしょ?」
「とりあえず、我が屋敷に危害を加えなくなればいい」
「それでよし。あとはこっちに任せて」
了承したメルランスに従って、南野は改めて『嘆きのミセリコルデ』のことと、突然の訪問を詫び、メイドに促されるまま書斎を後にした。
屋敷を出たとたん、南野は情けない顔をしてメルランスに問いかける。
「……本当に大丈夫なんですか?」
「あんたねえ、交渉事はあんなに堂々としてるのに、一歩外に出たらそれ?」
「山賊……街にはいないひとたちですね。私、会うの初めてです」
口々に言ってから、メルランスは少し不機嫌そうな顔をした。
「相手はどーせ群れてないとひとひとり襲えないヘタレだよ。魔法も使えないみたいだし、普通の山賊なら何回か討伐したことあるし。30人……はちょっと多いけど、四六時中30人全員で固まってるわけじゃないでしょ。奇襲をかければ各個撃破できる」
「……お任せします」
「今回はあたしひとりじゃないから。キーシャ、あんたも魔法で支援して」
「えっ!? 私ですか!?」
いきなり水を向けられて、キーシャは目を丸くした。
「私、街の外に出たこともないし、魔法だって実戦で使ったこともないし……」
「つべこべ言ってないでやるの。社会に出る予行演習だと思ってやんなさい」
「……はい……」
メルランスのごり押しで、キーシャは一応納得したようだった。『創生神ファルマントよ、どうか私にご加護を……』などと両手を合わせて祈っている。
「奇襲をかけるなら夜になってから。それまでに山賊の拠点を見つけて、地形を分析する。いい? 今回は連携しなきゃいけないからね。作戦会議はしっかりと」
「例によって俺はおとなしくします」
「それでよし」
こういうとき、自分の無力さを痛感する。何かできれば、と思うのだが、自分が何かをすればそれこそ足手まといだ。おとなしくしているのが一番の協力なのだ。
その後、狩りの痕跡や焚火の跡、草の倒れ方などからひとの行き来をたどり、三人は山賊の拠点らしき掘立小屋を見つけ出した。井戸も引かれており、一応の生活はできるようだ。が、文明のにおいがしないあたり最低限の生活なのだろう。
「……ぜい、ぜい……メルランス、さん……ここですか……?」
「……はあ、はあ……やっとみつけた……」
「あんたたちねえ、体力なさすぎ!」
そろって呼吸を乱すふたりに対して、メルランスが呆れたように言い放つ。アップダウンの激しい山道を夕方までノンストップで歩き回ったのだ、現代人がいくら運動不足とはいえ重労働すぎではないか。
街暮らしのキーシャも同じくらしく、加えて女の子ということもあって、かなり消耗している。ふたりを見てマズいと思ったのか、メルランスは適当な茂みを指してふたりに言った。
「あんたたちはここで休んでて。くれぐれも見つからないようにね。あたしはもう少し辺りを探索して地形を確認してくる」
そうしてメルランスは草木に潜むようにしてどこかへ行ってしまった。
残されたふたりはべったりと地面にへたりこみ、荒れた息を整える。
「はぁ……キーシャさんは街を出るのは初めてなんですか?」
なんの気なしの世間話を振ると、キーシャは膝を抱えてうなずいた。
「教会学校は基本的に外出許可がないと出られない全寮制ですからね。今回も卒業研究のためってことで許可をもらってきました」
「じゃあ、箱入りってわけだ……」
「大事に育てられたってわけじゃないですけどね」
苦笑いするキーシャ。なにか事情がありそうだ。無言で話の先を促す。
「父も母も厳格なひとで、ひとりっ子なんですけど、みんな教会学校に通ってるんです。基本的にこの世界の学校って男女別で、男は兵士になるために、女は良妻賢母になるために、って感じで。私は魔法の適性があったから魔法学科に入ったんですけど、それが逆に『女は社会に出る必要はない』って両親から不興を買って。だから、あんまり家族仲は良くないんです」
「そういうものなんですね……」
昔の日本にも似たような価値観があった。こういうのは万国共通なのかもしれない。男は男らしく、女は女らしく。南野は特別男女平等主義ではなく、それぞれの役割分担があってもいいと思っているのだが、行き過ぎた押し付けは好ましくない。
「けど、ご両親はキーシャさんの将来のことをちゃんと考えてくれてるんじゃないですか? 学校にまでやってくれて」
「いえ、両親は単に世間体を気にしているだけだと思います。そういうひとたちですから」
ちからなく答えるキーシャの言葉にはあきらめの色がにじんでいた。普通の家庭に育って普通に育てられた南野にとっては、そういう家庭もあるのだな、という認識しかなかった。




