№07・嘆きのミセリコルデ・2
「それで、今日の獲物ですよね」
仕込みを終えた南野がカウンターに出てきて、『レアアイテム図鑑』を開く。すうっと浮かび上がった文字と挿絵は、なにかの刃物のようだった。
「『嘆きのミセリコルデ』……『かつて戦場で友の介錯をした騎士の持ち物で、その悲しみのあまり、この短剣では誰も傷つけられなくなった』」
「やっといわくありげな品が出てきたね」
「呪いの一種でしょうか? 興味あります!」
ふたりともやる気のようだ。
ミセリコルデ……慈悲の短剣。戦場で死にかけた兵士を楽にするために作られた短剣だ。もちろん武器としても使えるが、このミセリコルデはひとを傷つけられないという。
「どこにあるかが問題ですね」
「ダンジョンにはないだろうね。そんなアイテム、とっくに手に入れられて誰かの手に渡ってる」
「じゃあ今回は危ないことはなしですね」
「さあね?」
メルランスが意地悪そうに笑う。
そうして三人で図鑑の上に手を置いて目を閉じた。
次に目を開けたときには、深い緑の中にいた。とはいえ、原生林というわけではなく、きれいに整備された森の中である。ところどころに豪奢な屋敷があるところを見ると、別荘地なのだろうか。
「あらあら、オカネモチがいっぱいいそうなところだこと」
なぜかメルランスが不機嫌そうにそっぽを向く。キーシャは辺りをきょろきょろと見回していた。
「この屋敷にあるんですかね?」
そう、三人はある屋敷のど真ん前に転移してきたのだ。ここに所有者がいるのだろう。
連れ立って玄関に立つと、ドアノックをする。すぐにメイドらしき女性が出迎えてくれて、要件を聞かれた。
「ここに『嘆きのミセリコルデ』があると聞いたんですが……少し、所有者の方とお話できませんか?」
営業スキルを発動させた南野が腰も低く尋ねると、メイドは困ったような顔をして、奥へと引っ込んでいった。ほどなくして戻ってくると、『ご主人様が話を聞こうとおっしゃられております』と中へ通される。
「やったじゃん、今回は楽勝っぽいね」
メルランスが嬉しそうに言うが、楽に手に入ると思ったものほどなかなか難しいのだ。広い屋敷を案内されて突き当りの大きな扉に通される。
そこは家主の書斎らしく、大きな樫のデスクが置いてあり、本棚が立ち並んでいた。応接セットに、燃え盛る暖炉の火。映画のセットみたいな部屋だ。
「君たちかね、『嘆きのミセリコルデ』について話したいというのは」
立派なひげを蓄えた知的そうな紳士がデスクから立ち上がって迎え入れてくれる。座りなさい、とソファを勧められ、三人は言われるまま腰を下ろした。
主人も向かいのソファに座ると、
「なにが聞きたい?」
「ここにあるんですか?」
南野が率直に問いかけると、主人は無言で立ち上がり、暖炉のそばの飾り棚の上から短剣を持ってきた。
一見するとただの古い短剣だ。ぎりぎり今でも使えそうだが、整備が必要だろう。飾り気のない銀製のミセリコルデ。鞘から抜くと、銀色の光が鋭く目を射た。
「これがそうだ。私も手に入れたときに半信半疑だったのだがね、以前屋敷に侵入してきた賊をこれで倒そうとしたところ、まったく攻撃ができなかったのだよ。さいわい、何事もなく済んだがね」
「それはよかったです」
「ああ、いのち拾いした。しかし、この短剣が役に立っていればもっと早くに片が付いていたはずだ。正直なところ、武器として使えない短剣というのは……」
「まさに、無用の長物、ですね」
すかさず南野が合いの手を入れる。主人は重々しくうなずくと、銀の短剣を鞘に戻した。
「美術的価値もない、ただの呪いの短剣だ。趣味で飾っているだけのものなので、持て余している」
「……では、その短剣、譲っていただけませんか?」
南野の言葉に、主人はぴくりと眉を動かした。少しは予想していたのだろう、それだけだった。
「わけあって、私たちはそういった『いわくつき』のアイテムを蒐集しているんです。その『嘆きのミセリコルデ』がどうしても必要なんです。もし持て余しているというのなら、どうか譲っていただきたい」
南野が頭を下げる。主人は難しい顔をして、むう、とうなった。
「知っているかね? なにかを得るためにはそれ相応の対価が必要だということを」
来た。これは南野も予想していたことだ。なんとか言いくるめなければ。うなずき返すと、主人はあごの下で手を組んで瞑目した。
「いくら無用の長物とはいえ、私が金銭を払って手に入れたものだ。同様の金銭か、相応の働きをしてもらわなくては」
「……正直、裕福そうなあなたほどの金銭を支払う能力は私たちにはありません」
「ならば働いてもらわねばならないな。そうだな……先ほども言ったように、ここいらは別荘地であるにも関わらず治安が悪い。山賊がいるのだよ。時折この辺りに出没しては金品を強奪していく。その山賊たちをなんとかしてくれるというのならば、この『嘆きのミセリコルデ』を君たちに託そう」
山賊。浮かんできたのはイノシシの毛皮を着て肉を食らい、凶悪な半月刀で武装した野蛮な男たちだ。正直、南野の手に負える相手ではない。
ちらり、メルランスを見た。会話をバトンタッチしたメルランスが主人に尋ねる。