№07・嘆きのミセリコルデ・1
「おはようございまーす!」
元気よく酒場の扉が開いたと思ったら、朝から騒がしい声が響いた。
「おはようございます、キーシャさん。まだ六時ですよ」
「早寝早起きは得意なんです!」
南野もついさっき起きて雑用を始めたばかりだった。モップを片手に突っ立っていると、キーシャはにこにことカウンター席に座る。
店主はまだ寝ているのでなにか出すこともできない。仕方なくモップで床をこすっていると、声がかけられた。
「南野さんって、異世界から来たんですよね。異世界ってどんなところですか?」
「どんなところ、って……」
そういえば今まで聞かれたことがなかった。『緑の魔女』は知っているようだったし、メルランスは興味がなさそうだったので。
改めて聞かれると返答に困る。うーん、とうなってから、
「魔法の代わりに科学が発達した世界、ですかね……空を突くような建物や、一瞬で世界中の人とつながれる板や、馬車よりも頑丈で速く走れる乗り物があります」
「すごい!」
キーシャは目をきらきらさせて南野の話に聞き入った。学生らしく探求心旺盛らしく、話す方は悪い気はしない。
それからしばらく、南野は雑用の合間に異世界の話をした。そのたびにキーシャは驚き、感嘆した。もっともっととせがみ、なんだか寝物語をせがまれている親の気分になる。
「俺からも聞きたいんですが」
「はい、なんでしょう?」
芋の皮むきをしながら話していると、店主が起きだしてきて仕込みの手伝いを任される。昼前だ、そろそろメルランスも来る頃だろう。
「教会学校の学生、って言ってましたよね? 教会って、この世界にはなにか宗教があるんですか? ほら、呪文を唱えるときにも『創生神ファルマント』なんて言ってるじゃないですか」
「ああ、教会についてですか」
うんうん、うなずき、キーシャは説明を始める。
「この世界は、創生神ファルマントによって作られたとされているんです。ファルマントは原初であり、全知全能である。世界を覆うほどの大きさの象の上に魚を泳がせ、その魚のひとつひとつに世界を作り、魚の上に蛇を置いて大地としました。そして海という生命のスープからあらゆる動物を作り、最後に人間を作った」
なるほど、宗教の逸話は全世界で割と似通っているところがあると聞くが、この世界もご多分に漏れず元の世界の神話をミックスしたような宗教観らしい。黙って続きを聞く。
「唯一絶対神のファルマントは今も世界を作り続けています。すべてはファルマントのお導き……私が南野さんに出会ったのも、そうなのかもしれませんね」
「神のお導き、か……」
「教会では神に仕える神官たちが祈りをささげています。それとは別に、教育機関としての役割もありますね。読み書きや計算を教えるところから始めて、適性のある子には魔法学校への進学も認められます。魔法もファルマントの作った偉大なるちからですからね」
「あなたも適性を認められて魔法学校に?」
「はい!……って言っても、落ちこぼれなんですけどね……」
現実を思い出したのか、キーシャは肩を落としてため息をついた。なんとか慰めようと、南野は仕込みの手を休めてキーシャに向き直る。
「卒業研究で見返してやりましょうよ。レアアイテムの研究だなんてなかなかできることじゃない。きっとみんなキーシャさんのことを見直しますよ」
「……ですよね!」
すぐさま立ち直った。この切替えの早さ、見習いたいものだ。
「それで、今日のターゲットはどんなアイテムなんですか?」
「それはあたしも聞きたい」
そんなとき、あくびをかみ殺した声が横合いから聞こえた。
「メルランスさん、おはようございます」
「おはよー。キーシャ、早いね」
「やる気満々です!」
まだ眠そうなメルランスに対して、キーシャははきはきと答える。