№06・スライムゼリー・4
「いいじゃないですかメルランスさん、手伝ってもらいましょうよ」
「……探索の経験は?」
対してメルランスは渋い顔だ。キーシャは言葉に詰まったように黙ってから、ぽつりとこぼした。
「……ないです」
「足手まといがふたりに増えるってこと? 冗談じゃない」
「メルランスさん……!」
「いくら魔法が使えても、ダンジョンで役に立たないんじゃ話にならない。ただでさえこいつで手一杯なのに、ふたりになってどうすんの?」
「うう……! けど! 私がんばりますから!」
「がんばりでなんとかなるほど、ダンジョンは甘くないよ」
一人前の冒険者が言うと重みが違う。キーシャはしゅんとして肩を落とした。
「わかったらさっさと学校に帰りな」
「…………」
しかしキーシャは動かない。わなわなと拳を震わせ、メルランスにぐっと詰め寄る。
「私には魔法やモンスターの知識があります! きっとお役に立てるはずです! 足手まといだと思ったらすぐに放り出してもらっても構いません!」
「まあ、それは強みだけど……」
「ほら、メルランスさん、そこまで言うんだからちょっとくらい……」
「あんたは黙ってて」
ぴしゃりと言われて南野は口を閉じた。
「魔法生物についての知識があるって言ったね?」
「はい!」
問いかけたメルランスが少し意地悪そうな顔をする。それからスライムの入った瓶を掲げ、キーシャに笑いかけた。
「こいつをゼリーにしたいの。食べられるやつ。できるんなら、考えてあげてもいいよ」
「これを、ゼリーに……? スライムですよね、これ?」
「そうだけど?」
どうせできやしない、と高をくくっているのか、メルランスはどこまでも意地悪だ。しかしキーシャは腕まくりをし、スライムの瓶を手に取った。
「やってみます……!」
「は? え、ちょっと、あんた、できるの……?」
「やるだけやってみます!」
どうやら情熱は本物らしい。しかし情熱とできるできないは別物だ。魔法学を学んだ魔法使いの卵、お手並み拝見と行こうか。
シンクを明け渡したメルランスの前で、キーシャは首をひねった。
「うーん、普通のスライムですけど……ゼリー……食べられるやつ……」
さすがの魔法学生もモンスターを調理するのは初めてのことなのだろう、悩んでいる。
「そうだ! まずは瓶ごと温めてみましょう!」
「殺してヘドロにしたら許さないからね」
「大丈夫です!」
そう言って、キーシャは両手で包み込むように瓶を持った。
「『第三十六楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護のもと、我が手にともしびの熱を与える旋律を解き放て』」
印を切って呪文を唱えると、瓶を持ってしばらくじっとする。やがて瓶の中のスライムが激しく動き始めた。のたうつようにうごめき、赤になったり蒼になったりしながらだんだんと緩んだ餅のようになっていく。
しばらくしてだらりとゲル状になったスライムは、瓶の中でおとなしくなった。
「やった……!」
キーシャが小さく快哉を上げる。たしかに、生かさず殺さずで調理はしやすくなるだろう。
しかし、そのときだった。急激な熱に耐えきれなくなったのか、瓶が唐突に割れる。
「あっ、ああーっ!!」
でろりとこぼれたスライムは、床に落ちるとそのままもぞもぞと元通り動き始める。
「待てー!」
すりこ木を装備したキーシャが追いかけまわすと、本能的に危機を察知したらしいスライムはさささーっと逃げ出した。しかし熱の余韻がまだ残っているのか遅い。
「このっ! このっ!」
すりこ木を振り回すキーシャがスライムを仕留めようとするが、なかなかうまくいかない。それどころか、工房の設備にがんがん当たってとこどろころ壊している。
「うわっ、なんだ!?」
「なんでこんなところにスライムが!?」
他の冒険者たちの間を縫ってすりこ木無双をするキーシャが、ようやくスライムをぶっ叩き、スライムは動きを緩めた。
「えいっ! えいっ!」
何度も連打で殴りつけるうち、完全に動かなくなる。死んではいないのか、ヘドロにはなっていない。
ふぅ、とため息をつきながら額の汗をぬぐうキーシャの頬には、スライムのゲル状物体が飛び散っていた。
「ふふふ……動物はね、苦痛を与えてやることで、うまみ成分が増すんですよ……」
据わった目で語るキーシャは殺しを終えた殺人鬼に見えた。