№06・スライムゼリー・1
スライム。
RPGのモンスターと言われて誰もが最初に思い浮かべるであろうモンスターだ。レベル1でも倒せる程度の弱さで、特に魔法など使わないザコキャラ。
「今回は楽に行けそうですね」
いつか来た西のダンジョンに再び訪れて、南野は気楽そうに言った。
対して、メルランスは苦い顔だ。
「あんた、スライム舐めてない?」
「え? だってあの、青くてきょろっとした目のかわいらしい最弱モンスターですよね?」
有名なRPGのビジュアルを思い浮かべて、南野はきょとんとした。大きくため息をこぼすメルランス。
「そりゃあ、低層階に出るなんてことないモンスターだけどね。割と厄介な相手だよ? 半液状で物理攻撃はほとんど効かない。分裂していくらでも再生するし、残らず魔法で焼き尽くさなきゃならない」
「けど、そんなに害はないんじゃ……」
「まさか。近づく熱源に反応して奇襲してくる。どこからともなく降ってきて、べっちゃり張り付いて、溶解液を出して獲物を溶かして吸収する。あれは結構貪欲なモンスターだよ」
思っている以上に難敵らしい。某RPGの最初の敵のアイツは脳内から除外しなければならない。それにしても、溶解液とはまた凶悪な。
「ともかく、低階層とはいえダンジョンはダンジョン、気を引き締めていかなきゃ」
言ってから、メルランスは印を切り呪文を唱えて明かりを生み出した。明かりを先行させて石造りの古びた遺跡に踏み入る。そのあとをおっかなびっくりついて歩きながら、南野の問いかける声が反響した。
「あの……スライムって、食べられるんですか?」
今回のターゲットは『スライムゼリー』とあった。『スライムを原料としたゼリーで、滋養強壮の効果がある』とだけ書いてあった。いまいちモンスターを食べるという行為にピンとこないのだが、生き物である以上食べられないことはないのだろう。毒があるかないかはわからないが。
床や壁をこつこつと短剣で叩きながら、メルランスは慎重に進んだ。
「うん、新しい鎧もいい感じ。今日は魔力の巡りもいいし、上々」
「それはなによりです」
「前みたいに急に飛び出したりしないでよ?」
「うっ……気を付けます」
前回のダンジョン探索で怪我をさせてしまった負い目から、つい小声になってしまう。メルランスは意に介さず、短剣を片手にさっさと歩いて行った。
薄暗いダンジョンを順調に進んでいくと、苔むした廊下の角からなにか黒い毛玉の集団のようなものがわらわらと出てきた。
「ひっ……! なんですかあれ!?」
「ああ、ススダルマだね。こういうじめじめした不衛生なところに繁殖するの。基本的には無害だけど、他のモンスターを呼び寄せるから着いてこられると厄介。だから……」
メルランスは小さく印を切って、呪文を唱えた。
「『第二十八楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護の元、小人のたいまつに明かりをともす旋律を解き放て』」
すう、と指を空に滑らせると、明かりとは別の火種が宙に浮かんだ。革袋から何かの実を取り出すと、その火種で火をつけてススダルマの群れに投げ込む。
ぱん!と音がして、実が爆発した。ススダルマは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまう。
「…………」
「なに、固まっちゃって?」
「……いや、びっくりして……」
「あんたねえ、ビビりすぎ。しかも地味に。さっきのはただの爆ぜの実だよ。火をつけると、中にたまってるガスに引火してああやって爆竹みたいにはじけるの」
「それはいいんですけど、急に大きな音がしたから……」
「ったく……そんなんじゃダンジョン探索なんてやってられないよ」
「面目ない……」
しゅんとしながらメルランスの後に続く南野。ため息をつきながらも、メルランスは先へと進む。
時々思うのだが、彼女はなぜ南野のことを放り出したりしないのだろうか? 南野は彼女の大好きなお金も持っていないし、今のところ探索でなにか利益を上げたりもしてない。『やーめた』と放り出されてもおかしくないのに、彼女は毎日南野のところへやってきて探索へと出かける。
しかし、『なぜ』と問いかけるのも野暮な気がして、南野は黙ってメルランスの後ろを歩いた。