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№05・聞き耳頭巾・4

 夜も更けて、酒場がすっかり冒険者たちでにぎわう中、今日の買い物の品をずらりとテーブルに広げる。


「まあまあの値段でいいものが手に入ったかな。あんたの服もあたしの鎧も明日までかかるから、明日はお休みってことでいい?」


「ええ、構いませんよ。俺もこっちに来てからずっと動きっぱなしで休日が欲しかったところですから」


「体力ないなあ……」


「面目ない……」


 しゅんとする南野を前に、メルランスが『聞き耳頭巾』を手に取ってみる。


「これ、ホントにひとのこころの声まで聞こえるのかな?」


「本物だったら、ですけどね」


「よーし、試してみよう!」


 三杯開けたエールの勢いなのか、彼女は勇ましく言って頭巾をかぶろうとした。慌てて止める。


「ダメですよ!!」


「えー、なんで?」


「コレクションは基本新品未開封こそが至高なんですから! 中古だと価値が下がります!」


「この蒐集狂……どっちにしろ、砂漠のダンジョンに落ちてたやつでしょ? どうせ誰かもう使ってるよ」


「それでも可能な限り現状維持をですね……!」


「本物かどうか確かめなきゃらちが明かないでしょうが!」


「けど……あっ、ああああああ!!」


 南野の言葉を振り切って、すっぽりと頭巾をかぶってしまうメルランス。かわいい赤ずきんは彼女によく似合っていた。ひょこり、飾りの耳が揺れる。


「どれどれ……?」


 わくわくと耳を澄ませる彼女に、早速南野の声が届いた。


『洗濯板』


「はあああああああ!?!?」


「えっ、なんですか!? なにか聞こえたんですか?」


『ド貧乳、詐欺レーズンパン、平ら胸、大平原、銭ゲバ、悪徳高利貸し、守銭奴、毒舌、性悪、根性ねじ曲がってる、ガサツで色気なし』


「なんだとおおおおおおおおお!?!?」


「ちょっ! やめてくださ……ぐふっ!」


 南野の胸倉をつかみ上げてがくがく揺さぶるメルランス。顔を真っ赤にして怒っているメルランスに対して、南野の顔色は青紫色だ。


「悪かったな!! けどそこまで言うことなくない!?!?」


「……なにも……いってまひぇん……」


 首を締め上げられて南野は虫の息だ。周りの冒険者たちは痴話げんかかなにかと思って遠巻きに笑って見ているだけだ。


 ……いや、聞こえる。


 群衆の声に交じって、頭の中で声が聞こえた。


『また金の揉め事か? よくやるよ、金の亡者が』


『あんなんじゃ男ひとりたらし込めやしないのにねえ』


『さっさとくたばっちまえばいいんだ、あんな生意気な小娘』


『どうせ次の冒険で終わりだろ』


 次々と。洪水のように流れ込んでくる言葉に、メルランスは青くなった。


 悪意。害意。嘲笑。呪詛。自分に対してそんなものがこんなに向けられていたなんて。


 周りとはうまくやっていけていると思っていた。しかし、それを否定するように悪罵の声は鳴り響く。


『死ね』


『死ね』


『死ね』


「もうやめてよ!!」


 涙目になって『聞き耳頭巾』をむしり取ろうとした時だった。


『けど、案外いいところもあるんだよな』


 南野の声が頭に響いてはっとする。声はまだ続いた。


『意地悪だけど悪い子じゃない。頼りになる。立派な冒険者だ。尊敬する。感謝もしてる』


 さっきまでの罵声がその言葉に洗われていくようだった。南野の胸倉をつかんでいた手が緩む。


「……あんた、あたしのことそんな風に……?」


「……だから……なんにも、いってませんって……」


 死に体の南野がたまらずテーブルに突っ伏すと、メルランスは目に浮かんでいた涙をぐじぐじとぬぐった。


 と、同時に、なんだかとてつもなく気恥ずかしくなる。


「と、とにかく! これは本物だよ! ヨカッタネ!」


「……げふっ、一体なにを聞いたんですか……そしてなぜ片言なんですか……」


 これは聞いてはいけない言葉を聞いてしまうものなのかもしれない。だとしたら、恐ろしいマジックアイテムだ。


 ……聞かれたくない言葉も、聞かれてしまうし。


「……俺もちょっとかぶってみて……」


「あんたはかぶらなくていいの!」


 今この状態で丸裸になったこころの声を聞かれるのは恥ずかしすぎる。強く言い放って、メルランスは『聞き耳頭巾』を袋に戻した。


 南野もようやく回復して、水を飲んでふうと息をつく。


「本当に、なにが聞こえたんですか?」


「べ、べっつにぃ? 大したことないよ」


「……あやしい」


「大したことじゃないったら! あーもう、エールもう一杯お替り!!」


 それでこの話はおしまい、とばかりに言い切って、新しくやってきたエールのジョッキに口をつけるメルランス。


 その口元が少しだけ緩んでいたのに、南野は結局気付くことはなかった。


 ……翌日。


 休みということでいつもより遅く起きて酒場の雑用をこなしていた南野の元に、メルランスがやってきた。


「なんですか? 今日は休みだって……」


「これ!」


 ぐい、と押し付けられたのは、なんだか巨大なリュックだった。かなり頑丈そうなつくりをしている。


「あの、これは……?」


「これからがんがんレアアイテム集めるんだから、持ち運びや保管ができないと困るでしょ!」


「ですけど、これもトゴなんですよね……? いくらでした……?」


 南野がおそるおそる聞くと、メルランスはうつむいてごにょごにょと何かつぶやいた。


「なんですか? 聞こえないんですけど?」


「だーかーらー! これはあたしが買って、あんたに貸してあげるの! 貸してあげるだけだからね!……だから、お金は要らない」


 ぼそり、付け加える。


 つまり、これは南野へのプレゼントということだろうか?


「あの、ありがとうございます」


 リュックを抱えて頭を下げると、メルランスはふいっとそっぽを向いた。


「勘違いしないでよ! 貸してあげるだけなんだから! 大事に使わなきゃ承知しないよ!」


 そして、そのまま酒場を出て行ってしまう。


 あとに残された南野はリュックを抱えたまましばらくぼうっと突っ立っていた。それから、くすり、苦笑する。


「……これが『ツンデレ』ってやつですか……」


 『聞き耳頭巾』がなくても、これを聞かれたらきっとまた怒られてしまう。


 それは胸の内にしまって、南野は再び雑用に精を出し始めた。

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