№05・聞き耳頭巾・3
「なんですか、あなた?」
「それ、25枚ぽっちしか出せないならあんたじゃなくあたしが買う」
「なに言ってるんですか、これは俺が先に目を付けたものですよ?」
急に言い争いを始めた客同士に、商人は目を白黒させる。
「いーや、あたしの方が先だよ。25枚しか出せないならすっこんでな」
「わかりましたよ……じゃあ、27枚出します」
「ふうん、それでも27枚なんだ。あたしなら……30枚出す」
突然始まった競り合いに、商人も口を挟めない。
「まあ、どっちに売るかはそこの商人さん次第だけど?」
メルランスが水を向けると、ようやく商人が口を開いた。
「そりゃあ、高値で買っていただける方に売りますよ。決めました、あなたに売ります」
「そう来なくっちゃ!」
「そんなぁ……」
大げさに落胆して見せて、南野はすごすごと天幕を後にした。
しかし、すべては演技だ。
商人の前で客同士が競り合いをする。その場の勢いというのは重要で、その競り合いではじき出された金額が高値だと商人は錯覚してしまう。それ以上値を釣り上げても貴重な客をふたりも失うのだ、多少買いたたかれても売ってしまうだろう。
「……詐欺の手口だ……」
テクニック、と言えば聞こえはいいが、要は台本通りの寸劇だ。商人はそれにまんまと踊らされたわけだ。
「お待たせー」
袋を持ったメルランスが天幕から出てくる。袋からは頭巾の赤がちらりと見え隠れしていた。
「上手くいったね」
「……いつもこんなことしてるんですか?」
「いつもはしないよ、誰かといっしょにいるときだけ」
どうも信用ならない。かなり手慣れた様子だった。他にもあくどい『テクニック』を知っていそうだ。
メルランスは袋を南野に押し付けてにっこりと微笑んだ。
「はい。『聞き耳頭巾』の金貨30枚と服の2枚、合計32枚は十日で五割、くれぐれも忘れないでね」
「……はい」
とんでもない悪魔にお金を借りてしまったのではないか、という気が今更しないでもないが、仕方がない。なんにしても、これで『聞き耳頭巾』は手に入った。
「じゃあ、酒場に戻りましょうか」
「ちょっと待って、寄るところがあるの」
南野を制して、メルランスは勝手に歩き出した。慌ててついていきつつ、問いかける。
「どこへ行くんですか?」
「防具屋。あたしの胸鎧、穴開いちゃったじゃない。新しく作った方がいいかと思って」
なるほど、と得心しながら後をついていくと、彼女は街の中心部に位置する工房に足を踏み入れた。がんがんと鉄を叩く音や革や油のにおいが充満している。物珍し気に工房内を見回していると、メルランスは職人のひとりを捕まえて会釈をした。
「久しぶり」
「おお、メルランスか。最近調子はどうだ?」
顔を上げたのは、ひげ面で背の低いどっしりとした体格のひとだった。漫画などでよく目にするドワーフという人種に似ている気がする。たしか、ドワーフもこういう武具を作るのを得意としていたような。
「あんたのところに来るってことは、あんまりってことじゃない?」
「ふはは、言えてらぁ」
快活に笑いながら、ドワーフはメルランスから胸鎧に穴があいたいきさつを聞いた。
「なんだ、そんなことか。お前らしくもねえ」
「それは言わないでよ。ってことで、新しいのお願い」
「軽く言ってくれるな」
「それだけ腕を見込んでってことだよ」
軽口の応酬をしながらも、ふたりは防具について話し合った。
「そろそろプレートメールにした方がいいんんじゃねえか? 最近じゃ軽い素材も出てきてる。お前ほどの冒険者が革鎧じゃこころもとないだろ」
「いくら軽いって言っても金属は金属でしょ。あたしはあくまでスピードで勝負するタイプだから、防具は少しでも軽くしたいの。お金ならあるから、なにかいい素材ない?」
「ふむ……そうだな、サラマンドラの大物が入ってな、これなら火の耐性もあるし、ドラゴンの鱗ほどじゃないがこのサラマンドラの鱗もなかなか軽くて丈夫だ」
「じゃ、それにして。いつもの胸鎧で」
「寸法は……前と同じで良さそうだな」
「成長してなくて悪かったな!」
「ふはは、まあそうカッカするな」
愉快そうに笑いながら、ドワーフとメルランスはさらに鎧の詳細を詰めた。話し終えるころにはもう夕方になっていて、受け取りは明日だという。
工房を出てすぐ、南野はメルランスに話しかけた。
「……しなかったですね、値引き交渉」
「そりゃあね」
不思議そうにしている南野に、彼女は当然と言った風に答えた。
「冒険者にとって、武器や防具はいのちを預けるもんだよ。そこケチっていのち落としたんじゃ三流。装備は信頼できる工房で、お金を惜しまず。これが一流ってもんよ」
たしかに、メルランスがドワーフに渡した前金は相当な額だった。たまに忘れそうになるが、彼女は一流の冒険者なのだ。言うことにも貫禄がある。
ほほーう、と声を上げる南野は、腰にさした短剣に目を向けた。
「その短剣もいいものなんですか?」
「あー……これ」
すると、メルランスは少しばつの悪そうな顔をする。ぽんぽんと鞘を叩いて苦笑いして、
「たしかにいいものなんだけど、腐れ縁みたいなものかな。駆け出しのころからずっとこれ」
よく見ると修理の跡があちこちに見えていて、刃もかなり研がれている様子だった。なんとなくそれ以上は聞けなくて、南野は沈黙する。
「さ、帰ろ。今日の戦果も確認したいし」
「そうですね」
気を取り直して、二人は歩きで酒場までの道のりをたどった。