№05・聞き耳頭巾・1
「なにここ……泉の市場じゃない」
いつも通り『レアアイテム図鑑』のちからで転移した先で、辺りを見回したメルランスが声を立てた。
「泉の市場?」
「さっきまでいた酒場からそう遠くないところにある市場だよ」
なるほど、今回は近場というわけか。
泉の市場、というだけあって、巨大な噴水が広場の真ん中に陣取っている。その周りには昼間の活気があふれる露店が広がっていた。果物や服、怪しげなマジックアイテムらしきものも売っていた。ところどころで大道芸を披露しているものもいる。
「ずいぶんにぎわってますね」
「そりゃあ、この街はここらでは一番大きいからね。商人たちもここで商売するのが手っ取り早いってわけ」
肩をすくめたメルランスが解説する。なるほど、交通の要所でもあり、交易の要所でもあるわけか。冒険者ギルドが盛んなわけだ。
「ま、あたしも穴の開いた鎧を着てるわけにもいかないから、買い物ついでにうってつけの獲物だね」
今回のターゲットは『聞き耳頭巾』……と書いてあった。なんでも、どんな動物の声も聞き取り、ひとのこころの声まで聞こえることもあるそうだ。
市場にある、ということは、誰かが売りに出しているのだろう。
さて、ここで問題がひとつ。
「……あのぅ……」
「なに?」
「俺、お金まったく持ってないんですけど……」
言いにくそうに告げると、メルランスはふふんと小馬鹿にしたように笑った。
「知ってる。それで、まだなにか言いたそうだけど?」
これを言ってしまうと、なんだか悪魔にたましいを売り渡してしまうときのような気分になりそうだった。しかし、背に腹は代えられない。意を決して、南野はメルランスに思いっきり頭を下げた。
「お金、貸してください!!」
「そう来ると思った」
にやり、契約を成立させた悪魔のように笑うメルランス。罪悪感と屈辱感と、取り返しのつかないことをしたという後悔の念が押し寄せてくる。
しかし、きっとこの女のことだ、『あたしのお金はあたしのもの』とか言ってびた一文たりとも貸してくれないに違いない。
「いいよー」
「いいんですか!?」
意外とフランクに快諾された。驚いて顔を上げると、彼女は聖母のような笑みを浮かべて金貨のたっぷり詰まっているであろう革袋を差し出した。
「ありがとうございます! すごく助かります!」
目に涙を浮かべて、鬼の霍乱とはこのことかと実感していると、メルランスはひょいっと革袋を頭上高く掲げた。
「なに勘違いしてんの?」
「へ?」
虚を突かれた南野が目を瞬かせていると、彼女は愛をささやくような声音で言葉を継いだ。
「十日で五割ね」
語尾にハートマークが浮かぶようだった。
「トゴ!?!? なんですかその法外な利息は! そんなのウシジマくんでしか聞いたことないですよ!?」
思わず抗議すると、メルランスは口笛を吹きながら袋をしまおうとした。
「あたしはどっちでもいいよ? けどあんたはどうかな? 『聞き耳頭巾』はここで売ってて、あんたは図鑑にあるものを集めなきゃ帰れない。そしてお金がない。言っとくけど、お金を借りるには信用ってものが必要だからね。この世界に来たばっかりの怪しい異世界人にお金を貸してくれるひとが他にいるかなぁ?」
明らかに足元を見られている。しかし、彼女の言う通りお金を用立てる伝手はまったくない。それに、こうしている間にも『聞き耳頭巾』が売り切れてしまうかもしれないのだ。
思いっきり眉間にしわを寄せ、くちびるを噛みしめ、頬と拳をぷるぷるさせながら、南野は血を絞り出すように言った。
「…………かしてください」
「毎度ありー♪」
今にも泣きだしそうな南野に対して、メルランスはひどく上機嫌そうだった。南野の腕を引いて早速市場を歩き出す。