№03・バハムートの鱗・下
ほどなくして、メルランスはぱっと手を離して肩をすくめて笑った。
「ほんと変わってる。変人。蒐集狂。呆れた」
「……すみません、偉そうなこと言いました」
「いいよ、別に気にしてない。けど……『縁』と『信用』、か。考えたことなかったな。今までだますのもだまされるのも日常茶飯事だったから、そういうのって新鮮。ウェットな関係ってあんまり好きじゃないけど、あんたがそこまで言うなら……まあ、考えなくもないよ、いろいろと」
「メルランスさんはまだ若いんですから、もっとひととの付き合い方を考えるべきですよ」
「だね。あんまり擦れた生き方してると、本当に背中を預けられる仲間ってのは得られないから。冒険者として、それはマズいからちょっと考え直す」
存外素直だった。もっと反発されるかと思ったが、メルランスは南野の言葉を受け入れて考え方を変えようとしている。これが若さゆえの柔軟性というやつか。
「あーあ、けど惜しいことしたな。『バハムートの鱗』、もう一枚くらい余分に取って来ればよかった」
「そんな余裕なかったですよ……」
「あんたねえ、魔王相手に渡り合ったくせに、なんでバハムートだとそんな腰が引けるの」
「だって! めちゃくちゃ大きかったし、なんかレーザー吐くんでしょ!? 死ぬじゃないですか!」
「魔王の方がよっぽど怖いよ」
「けど話通じますし!」
「あんたそればっかりだね……いい? これから話通じない相手なんていくらでも出てくるよ? 人間にだって話のできないやつはいる。そのたびにビビってたんじゃ話になんないよ」
「うう……!」
「あたし相手にあそこまで啖呵切ったんだ、しゃきっとしてくれなきゃ困るよ」
そう言って、南野の背中をばーん!と叩くメルランス。ついせき込んでいると、彼女は今度こそその場を立ち上がった。
「ホント言うとね、ちょっとあんたを試してみたんだよ。悪かった……まあ、半分くらいは本気だったけど」
「試した……?」
「鈍いなあ。けどあんたの話はあたしに届いた。これも『信用』ってやつでしょ? 『信用』が『信頼』に変わるかどうかはあんた次第ってことで」
「メルランスさん……」
「じゃ、あたしはこれで。雑用がんばってねー」
南野が声をかける間もなく、メルランスは手を振ってその場を後にした。
「……らしくもないこと言っちゃったなあ」
照れたようにひとりで笑いながら、南野は初めて言語化した『蒐集狂』としての原動力を反芻した。
『縁』か。
もしかしたら、この世界に飛ばされてきたのもなにかの『縁』なのかもしれない。
だとしたら、自分はやるべきことをやらなければならない。
「あの……今夜もよろしくお願いします」
なにも言わずにグラスを磨いていた店主に、ぺこりと頭を下げる。
しばらくは貧乏暮らしが続きそうだな……と、南野は苦笑いをひとつ浮かべた。