九話 連撃の❹
早速だが、この世界での意思の疎通、つまり言葉の壁については何の障害もないことを確認できてよかった。
そうと判れば、テキパキと様々な確認行動に移るのが得策だ。
そう考えて、リンクとのやり取りの中、食糧庫で見つけたリンゴを口に運んでいた。食感はシャリシャリとしていて食物繊維が豊富そうな果物だ。うん、味もまさしくリンゴだった。
「リンク、この食べ物はリンゴだ。これはこの世界のどこにでも有りふれているのかな?」
イエス、ノーで答えられるような質問はどんどんぶつけていく。
彼は微笑みながら、首を縦に振った。
そしてそのまま人差し指を窓の方に向け、この辺りに沢山ある樹木を指差して、同様の果物が豊富に取れることを教えてくれた。
2人で窓辺に立ち、外の森を目を凝らして見まわした。
なるほど木の実や果実が豊富に実っているのが目視で確認できた。
喜ばしい限りだ。これで体力回復のアイテムはここで山ほど確保できる。
「リンク早速だが、あの果実をできるだけ沢山かき集めたい。いっしょに行こう」
彼にそう声を掛けると、やる気満々で彼の方が先に外へ駆け出して、こっちこっちと言わんばかりに手招きをして見せた。
「お、いいね!」
なんだか楽しくなって来たな。
今は日の向きからして午前中の様だった。
しばらく集めるとコテージの庭先に置きに来て、また集めにと。
リンゴの他は、オレンジとメロンと言ったところだが。
ぜんぶ木に生っていたけど別に細かいことは気にしない。
コテージの庭先に山積みにしたフルーツを眺めて考え込むように頭をかいていると、彼が果物を手に取るように促してきた。
「いや、リンク。いま食べるために集めたわけじゃないんだよ。確かに僕の体力はハンパなく大きいから一杯集めてもらったけど……」
「んぐぐ……」
突然、リンクがうめき声を上げて、また僕の腕のすそを引っ張ってきた。
リンクは出もしない声を必死に出して、僕に何かを訴えかけていた。
「どうしたの? 歩き回ってお腹が空いたのかい?」
彼の様子に仕方なくそう言って、リンゴをひとつ手に取ろうと少し屈んだ。
すると彼は、すかさず僕の顔の前に文字の書かれた紙切れを差し出して見せた。
「……えっと、テイクアウト!?」
思わず紙に書かれた文字を読み上げてしまった。
「えっ」
この言葉の意味って、お持ち帰りだったよね。
家に持って帰るのか?
僕がそう思った次の瞬間だった。
手に取ったはずのリンゴが手の中から消えた!
と同時にどこかで何かを得た感触が身体に伝わってきたのを覚えた。
その様子を見ていたリンクが、何だか僕の目をじっと見つめて来て、かわいいドヤ顔を見せていた。
リンクは続けて、僕のある物を指差してきた。
それを開いて見ろ!と言わんばかりに。
「ま、まさか!」
さすがに僕も直感が働いて、ピンときたんだ。
彼が指差したのは、僕の唯一の所持品の冒険書だった。
開いて見ると、自然と現在の所持品の項目を示す【素材一覧】の頁が開いた。
それが不思議な事に案内を見ていた時はこんな頁は無かったのに!?
いまは確認ができるようになっているんだ!
「ス、スゴイ! リンゴの画とともに1と数値が刻まれてるぞ!」
ってことは。
続けざまにリンゴを複数手に取り、テイクアウトと言って冒険書をのぞいた。
凄いぞ、やっぱりそうだ! 増えた増えた、リンゴの数が15になった!
この冒険書はマジックアイテムで、アイテムボックスも兼ね備えたレアアイテムだったんだ。
リンクはその事を伝えてくれたのか。
あの自慢げな表情の意味が分かったぞ!
その後、さらにメモを渡してくれて、リンクはこうも伝えてくれた。
意味を知って冒険書を使ったので、入手するかストックするかをイメージするだけで現象として現れるから面倒くさくないこと。
取り出すときもイメージで操作するのだと言う事を。
基本的には、ストックしたいのなら『アウト』。
そのまま手にしたいのなら『イン』と念じるだけだと。
ただし、物が手の届く範囲内に無ければ叶わないのだと。
しかもこのワードでなければならない訳ではなく、僕のイメージにあった言葉に置き換えても有効なんだそうだ。便利~!
僕の場合は異世界語を生前の言葉に変換できる特別な術を死神さんが授けてくれたみたいだ。
リンクもどうやらその様だ。そうでなきゃ、僕の言う言葉が理解できないからと。
やっぱり彼は、使える。
利口な味方だ。
そうだ、この世界には冒険者ギルドがあるんだっけな。
冒険者の生活の基礎的な知識を彼が持っていてもなんら不思議ではない。
これは何ともありがたい。
食べ物を沢山かき集めたまでは良かったけど、どうやって持ち運ぶのか思案していたんだ。この家の食料保管箱にぎゅうぎゅう詰めにしておいて、体力を補いたくなったらワープで戻ってこようかと。
あぁ、ゲームみたいな世界のわりにゲームじゃないのがめんどくさいなと思っていた所へリンクが、ナイスアドバイスをしてくれた。
冒険書にモノを収納するコツは分かった。
持ってきた制服の上着も入れてみたら入ったんだ。
これは装備品の項目となった。
異世界にやって来た初日だというのに、もう森の外に冒険に出ても良いんじゃないかとワクワクしてきたんだ。
回復手段さえ確保できれば、あとは何の心配もない。
夜になればそれこそ家へ帰ってくれば良いのだから。
それより外へ行かなければ武器も装備も手に入らない。
もちろん女神さまを探す情報もだ。
何よりも、多少の無理は出来るのだから、次のワープポイントに早く辿り着きたい。
きっとリンクが助けてくれるさ。
おお、なんと楽観主義なんだろう。
これまでの僕の人生観じゃとても考えられなかったな。
そうこうして、リンクが助言をしてくれるおかげで早分かりする事ができた。
家に戻って休憩をしながら、もう少し知識の整理をさせて欲しいと彼に願い出た。知識の整理と言っても冒険書についてのだけど。
彼は快く頷き、家に入るとリビングのソファーに飛び乗るように腰掛けた。
リンクは何でも訊いてくれと言わんばかりに僕をかわいいドヤ顔で誘ってきた。
ようし、それならば。
「収納で一番気になっていた食料が山ほど持てた。数にして数百個だ。まだまだ入るみたいだね。収納で思い出したんだけど、死神さんにもらったお金……えっと、金貨と銀貨が手元に無いけど、それもここに入ってるんだよね?」
大体の質問の予想をしていたのか、リンクはまたまた指をクイクイと冒険書に向け、開いて見る様に促してきた。
「ハイハイ……えっと」
冒険書を手に取って開くとお金を意識していた為か、自動的に所持金の欄が開いた。
……と言うよりも
「──これ、いま初めて現れたんだよね? 収納欄にしたって無かったもん」
僕が彼を見て、そう漏らすと彼はまた文字の書かれたメモを手渡してきた。
もう、いつの間に用意したんだよ、この子ったら。
メモに目を通して見ると、なるほどと納得できる理由が書かれていた。
要するに、いざお金を僕が使う場面に遭遇すれば、そこにあるよと所持金の欄が自動で開くように出来ているのだそうだ。
その事を意識して開いても、同様の現象が身に起こり認識できるシステムが冒険書というマジックアイテムに実装されていると。
「システムの実装……えっと、AIに話しかけたらパパっと別窓開いてくれるスマホみたいなモノなのかな」
古代文明の遺産的なスマホという認識でひとまず落ち着くことにしよう。
これで、これからの確認作業が楽になるな。
「まぁ、僕の方も何となく予想はしていたよ。なんせあの金額だからね。そこで君が教えてくれた言語変換のスキルなんだけど、金貨、銀貨、銅貨って換算するのがどうにも面倒なので僕的にはひとまとめにした通貨で、今一億と百万円相当持っているから、101000000Gにして欲しい。お金が貯まると備品を一層して、ギアチェンジするイメージ。この表示の実装でお願いしま~す!」
僕の願った事が理解できたらしく愛くるしい表情をして、僕の方を見ていた。
リンクはニコニコしながら、開いた両手を僕に見せるとパタンと音を立てて柏手を打つような仕草をしてみせた。
「ん……えっと、こうか?」
開いていた冒険書を一度閉じてごらんと言っているのだと分かった。
ちなみに冒険書はスマホ並みに薄くて頑丈で、パスポートの様に二つ折りになっていて開くと中身が見れる古代の端末の様なモノだ。
僕の願いの通りになるように実装された仕様を変更するには、どうやら意向を伝えてから一度閉じて開く必要があったようだ。
「うん。所持金の表示がスッキリして見やすくなったよ。リンク、ありがとう!」
彼も自分の事のように喜んでくれた。
ホントに可愛い子だな。抱いて眠りたいぐらいだよ。
僕は嬉しさのあまり、リンクの頭を撫でて抱きかかえると「高い高ーい!」と言って2~3、回転をして感謝の気持ちを伝えて彼をソファーに降ろした。
その行為を迷惑がらずにきゃっきゃと喜んで受け入れてくれていた。
本当にまだ子供のようだ。
なのにご主人さまとはぐれて一人ぼっちなのか、かわいそうに。
知識を沢山もっていても心細いだろうな。
僕がしっかりして守ってあげなきゃな。
そう思いながら、午後からも近隣に出かけて2人で食材を採りに出かけた。
山菜やキノコ類も豊富に実っていて、ブドウ狩りや栗拾いの遠足をしに来たみたいで楽しい一日を過ごした。
夕刻になると、琥珀色に染まった空があまりにも幻想的で、このまま時を止めて暗闇の中ばかりに居る死神さんも招待してあげたいね、なんて冗談を言って帰宅した。
それからは、特にすることがある訳でもなく、リンクが手に入れた食材を様々に掛け合わせた調理を作り、レシピを冒険書にインプットしてくれたんだ。
リンゴ1個だとHPは1しか回復しないとか、そうだ、それも重要な冒険知識だったのにリンクには教えてもらってばかりだが、仕方ない。ここは彼の世界だもの。
食材は高級料理とした方がより多くの効果が得られる。
ゲームみたいな世界に来られた事が夢のようで、体力もケタ外れでお金もそこそこある。
この身に具わる連射機能は、ゲームに置き換えた場合、バトルの行動ターンが人の百倍回ってくると言う概念が成立する超スキルのようなのだ。
よって、常人の百倍の行動や移動が可能となっている。
転生って不安が一杯あったけど仲間がいれば心強いし、良い事尽くめだ。
さあ、夜更かしは身体に良くない。
早めに休んで明日の朝からは、街がある所まで出かけてみようかと話し合ったんだ。
リンクはリビングのソファーベッドで十分だと言ってそこを寝床に決めたようだ。
僕は、自分のベッドがある寝室で眠ることにした。
「おやすみ、リンク。明日が待ち遠しいね」
彼にお休みの言葉を掛けて、僕も寝室のベッドへ入った。
暑くもなく寒くもない。眠るのに程よい気候だった。
今がかなり幸せなひと時だ。そう感じていた。
遂にこんな僕にも祝福の鐘の音が届く時が来たんだな。
あんな可愛くて賢くて従順で友達のような兄弟のような存在。
ずっと一緒の時が続けば良いのに……。
いつしか僕は、目尻から涙をこぼしながら眠りについていたのだった。
◇
すべてはこの夜へと……続くための伏線だったかの様に転生初日に見る夢は、願っていた祝福の鐘の音を一切かき消してゆく悪夢による蜂起。
「ギアあぁぁあああああ……!!!」