八話 連撃の❸
あの時、死神さんは僕に伝えただけだった。
もちろん、リンクにも聞こえたことだろうと思うけど。
冒険書には異世界の手引きが記されていて、その中にゴーファイトは『ワープ
の呪文』であり、記された行き先に手をかざし、念じよ! と書いてあった。
受け取った冒険書を開いた時、僕の目には古代文字に見える文字列の上に被さ
るように日本語に翻訳された言葉が浮かんで見えていたんだ。
そこに死神さんの指定した「名も無き小さな森のコテージ」という頁を見つけ
て、その頁に手をかざしてゴーファイト! そう念じた。
僕が念じるタイミングは僕にしか分からない筈なのに、リンクは傍で自分の手
を確かに一緒に冒険書に向けていた。
仮にワープに関する知識を持っていたにせよ、冒険書に手をかざしたのなら、
この書を読んだ経験がある事になるからだ。
その他の頁にも色々記されていて、僕はパラパラとめくって読んでいたんだ。
ワープのタイミングは僕がコテージの頁を開いて心の中で決めたので、その行
動に一緒に移れると言う事から、文字を読み取っていたのだと確信していたから。
僕の一連の挙動を見逃さない注意力も持っているようだ。
もっとも文字ぐらい読めても何も不思議ではないのだが、僕が確認したいのはそこだけじゃないんだ。
肝心なのは、僕が言葉を読み上げた時、僕の世界の言語に翻訳された事なんだ。
つまり、こういう事だよ。
「僕は君の世界の文字を書けない。だけど僕の世界の文字を書いたらこの異世界の人たちは、この異世界の言語に自動翻訳されて理解する事ができるのか? と言う事なんだ」
そもそも今話している言葉だって日本語なわけだし、リンクの脳内では妖精の言葉で認識されているのだろうと思っているので、確認をしておきたいと言う訳だ。
僕の質問に対するリンクの答えは、僕が考えていた通りの現象が互いの身に生じているとの事だった。
僕が問う確認事項の意味を素早く理解して、テーブルの上の筆記用具に手を伸ばし、文書でキチンと説明をしてくれた。
なかなか勘が良くて、お利口で能動的な子だな。
女神さまの従者と言う事だったけど、優秀な人で良かった。
じつは神様のお側用人だけど、おっちょこちょいで死にかけたんじゃないかと内心、不安もあったから。
「ありがとう、リンク! スッキリしたよ」
これは凄い事だ!
だってそうだろう?
僕の賜ったチートスキルは超高速だから、文章を書くスピードも常人の百倍だからね。
後は彼が、僕の提示する書面を読んで理解できた部分に簡単な返事を返してくれれば、かなり会話の速度に関して手間が省けると思ったのだ。
今の状態のままいるよりは、僕の能力でリンクが持っているこの世界の情報を僕自身が少しでも早く共有することが、二人の今後を楽にできると考えたのだ。
声での会話を進めれば、僕が一方的に質問をする状況に対して彼が筆をとる頻度がふえるため、ストレスにもつながる。
少しでも不平等を無くそうとするこちらの気遣いにて互いの心の共感を効果的に得られるのではないかと考えみた次第だ。
僕の事を語る時も、彼の事を案ずる場合にも双方の脳内で展開する情報の開示は大事になってくる。
自然な会話形式の方が心の充実は多く得られるだろうが。
だからといって、僕が好奇心のままに彼に質問攻めをすれば、書いて答えるしかない彼の精神的負担が増して行く。
僕が知りたいことの全ての答えを彼が持っている訳でもないのだから。
今は家があるので、周辺の探索は僕が単独高速でこなして来るのが効率が良くなっていくだろう。
最初はともに行動して、学ばせてもらう事になるだろう。
やがて、ここを離れて旅立つ準備をして行くのなら、彼をなるべく家に留めて書面で質問を出して置き、答えられる範囲で回答をお願いするのが賢明になってくる筈だ。
彼の目的は、女神さまに会う事だ。
何も考えず、策も持たずに広い世界を彷徨っているうちに偶然、目的を達成できる可能性も無くはないだろう。
その場合、僕はどうするんだ?
最初からリンクを連れていないのなら、仕方ないけど、僕にとって右も左も分からない異世界でその住人と折角、行動を共にできるのであれば、お世話もして見守ってあげる代わりに情報を提供してもらわない手はないじゃないか。
要はそこなのだ。
お別れが来てしまえば、僕は一人になるのだから。
何と言っても、リンクは妖精で僕以外の者には見えないと言う、ワクワクサポートキャラだぜ。
出会いの酒場だとか、ギルドだとかが運良く見つかって縁を結べたとしても、人に姿を見せない者を雇うことなど出来ないんだぜ。
もしかしたらそんな国もあるかもしれない。可能性はゼロじゃないと思うさ。
その場合の仮定の想像をすると……
雇いで妖精や竜族がいたら、きっととんでもない値段ですよ!
そして仮に雇ってしまえば、この僕に莫大なおじぇじぇの蓄えがある事が知れ渡り、寄ってたかって追いはぎに遭うかも知れない。
いや実際は雇はしないけど、まずは自分の力を試していきたいからね。
チート転生をした上に妖精と過ごせると言う、棚ぼた状況にありながら、何のイベントもアクシデントも味わうことなくサヨナラを誰がするもんですか!
むしろ、こっちからあらゆる騒動に首突っ込んで世界の人々に一泡吹かせてやりたい気分だよ。
「ハートがチクタクバンバン鳴り止まない~」
と言うのが、現時点での僕の密かなお楽しみパワーによるモチベーションアップの鍵なのだった。
だけど、リンクもアクシデントや戦闘は回避したいだろうし、無茶はさせられない。
無茶をして良いのは単独になってからだ。
運動不足や睡眠不足に気遣って、健康に留意しながら生きて行かなければならないのは、生前でも変わらないことだ。
ゲームみたいな世界だけど、ゲームじゃないから一回も死ぬことができない。
この点は努努忘れぬようにと死神さんに忠告されましたから。
神レベルの存在はけっこうな数が存在しているのかと思われる。
だってそうでしょう。
滅多に居ないのなら、滅多に出くわさないし、滅多に死んだりするわけも無い。
まるで、脅すように忠告されたもん。
まして、リンクは人の目に触れないにも関わらず、一人で帰れない。
「そもそもその点が何でなの?」
死神さんのお力で女神さまの元へ転送すれば済むことだろう。
つまり、出来ないのではないかと……。
恐らく、死神さんはこの「名も無き小さな森」にしか送れない事情を抱えていたのだろう。
僕としてはあの死神さんは、ここの住人では無いのだと考える。
しかしながら出入りぐらいは出来るのだな。
そこから導き出すには少々強引説だが、現時点ではここにしかワープポイントがないわけだ。
ワープポイントは、冒険書に記載しなければならないのだ。
どうすれば、書き込めるのかは不明だが、きっと方法があるのだと僕は考えている。
その為には、この世界のワープポイントに冒険書の所有者が何らかの形でアクセスしなければならないが、死神さんにその暇はないのだろうな。
あの時、死神さんは確かにこう言っていた。
「お前は死んだから、ゲームみたいな異世界に転生をするしかないのだ!」と。
その言葉が絶大なトキメキを秘めながら僕の耳に歯がゆく引っかかっている。
目に見えない、素敵なデス・ピアスを付けてもらったわけです。
こりゃあ、ワープポイント探しのウキウキオーバーロードも待っている!
第一のワープポイントに自宅があるので、安心して遠出もできてしまう事に気付いてしまったのだ。