七話 連撃の❷
そんな事をボソボソと呟きながら、ソファーで寛いでいると、腕
の裾をクイクイと引っ張られる感触があった。
「あ、そうだった! 君が居たんだ、ごめん」
すっかり忘れていた。
いや完全に忘れてはいないさ。
自分の事ばかり、あれやこれやと考え込んでしまっていた様だ。
「ごめんごめん。リンク」
目線の高さが違う彼のことをすっかり見失っていた。
溢れる陽光。異世界という夢の様な景色に豪邸。
ソファーに横たわっても尚気付けないなど、失礼の極みだ。
彼を子供だと思って油断していた。
すぐさま胴体を起こして、パンっと頬を叩いた。面映ゆい。
「もう少し待ってね」
リンクは沈黙のまま傍に立つ。
仏頂面で僕を見つめている。
口が利けないのは不便だ。しょうがないことだが。
「すぐには旅立てないよ」
「……」
「ここで暮らしを立てる計画を練っておかなきゃ」
理解をしめしてくれないのか、口元をへの字に結んだ。
「そう焦らせないでくれよ」
こちらに来て、初めて彼に声を掛けた気がする。
全くもって申し訳ない。
そうなると、服屋よりも腹ごしらえが先決だ。
暫くコテージを拠点にして辺りを散策していかねばならない。
「小さな森を散策して、食べ物を手に入れようと思うんだけど、君どう思う?」
彼はにっこりして首を縦に振ってくれた。
賛成のようだ。うん、素直で可愛いな。
僕は一人っ子だった。
いじめられっ子だった。
兄弟も居なければ親しい友達も結局……居なかったな。
リンクが傍で僕ような未熟者を頼りにしている。
彼の面倒を僕がしっかり見なければ。
少しづつだが、彼の存在が僕に大人の階段を上らせる。
そんな気持ちになる。
それだけで気持ちが和らいでくるんだ。そんな気持ちも込めて、
「ありがとう、リンク。時間はかかるだろうけど、女神さまを探す旅にして行くから、2人で力を合わせて頑張ろうぜ!」
リンクは床の上で小躍りしながら喜んで頷いてくれた。
よほど女神さまが恋しいんだな。可愛いな。
「それはそうと僕は、ゲームが好きだったんだ。その手の話題は死神さんとのやり取りで知っていると思うけど、それについての理解は出来ているのかな?」
「ピ!」
お! リンクが親指を立てて、グッジョブみたいな仕草をしてくれた。
僕も同じ仕草をやり返して「えへへ」とコミュニケーションを図って置く。
「ところで、君は僕の言う事が理解できる様だけど」
「……?」
リンクが首を傾げる。
僕は彼の手を取って、微笑みかけながら問う。
「本当に言葉を話すことは出来ないの?」
それを言うと、リンクは口を開いて見せるのだが、
「……ん……ぐん……あ……」
「やっぱり、無理か」
彼は少し苦痛の表情を浮かべて、静かに頷いた。
そうか、そうだよな。
会話やその流れを読み取っている。
話せない訳ないよな。
もしかしたら最初から人間との会話自体が不能なのではと考えたのだ。
彼は耳が少し尖っているぐらいだ。
ほぼ人間と変わらない容姿をしている。
だから顔にも、凛々しい目も鼻もあれば、口もちゃんとあるわけだし。
ニコリと微笑んだ時に見えた。
綺麗な並びの良い白い歯の隙間からは、舌も垣間見えた。
十歳ぐらいとは思うけど。
服の裾を引っ張るものだから。
途轍も無くシャイなのかとも思ったが。
まさか本当に口が利けなかったとはね。
何だか気の毒な気もするし、不便な気もした。
でも今の僕にはどうしてあげる事も出来ない。
彼は一体どんな口調で話し、どんな声で歌を歌うんだろうな。
それを考えただけで、僕の胸も何だか切なくなる。
すると、死後の世界に手違いで来た際に失ったのか。
あるいは元々瀕死だったらしいので、この世界で何か事故があったのかも知れない。
その辺のことは、あまり詮索しない方が気まずくならなくて良さそうだ。
根掘り葉掘り訊ねるのは控えておこう。
訊ねたところで、うまく返事が出来ない状態なのだから察してやらねばな。
まあ、その内、彼の事情も見えて来るだろうし。
「わ、わかったよ。無理をさせてすまない」
「う……」
「その内きっと良くなるさ!」
リンクは天使のように微笑んで、また僕の腕にしがみついてきた。
いつも弱くて頼りない僕だ。
後輩にこんな風に頼られた経験もない。
僕は、リンクの背中にそっと手を添えて、「大丈夫だよ」と力強く抱き寄せた。
たしか死神が言っていた。
リンクは妖精族で性別が無いと。
でも、ファンタジーゲーマーとしての僕の血が。
リンクは勇敢な少年なのだと言っているのだ。
もうすでに彼と決めてしまっている事だし、
うん。彼は男だ。
そう思うことにした。
そう思うことにすると、彼には弓が似合いそうだ。
その内、狩りを薦めて見よう。
ここからは、僕が初めて死神さんと逢ってからの事を思い出して行こうと思う。
死神さんに再び出会った時には、何故だか思い出せない事もあったものでね。
それが不思議と転生後にじわじわと思い出されて来るものだから。
何で生前の記憶は消されないんだろう? 疑問符もあるが、その記憶が無いの
なら、異世界転生とは呼べないからだろうな。
それとよく考えて見たら、リンクが喋れない事など死神さんはとっくにお見通
しのはずだ。
僕に生前の記憶が様々とあった方が、二人にとって都合が良いって訳だ。
リンクが自身の事を話せないなら、僕の事を話せば気まずさや淋しさも和むは
ずだからな。
死神さんの抜け目の無さは良いとして、僕の生前の記憶の中は悲惨の二字で埋め尽くされている。
まあでも、リンクにとっても僕の居た世界は異世界になるわけだし、その人生も15年で終わってしまったので、死んで見れば大した痛みも苦しみもない様に思う。
何より僕の事を知ってもらって、僕はこんな駄目人間だったと素直に打ち明ければ、この異世界に詳しい彼の方が力になってあげようと言う気が起こって、そこから本当の協力が生まれて行くかもしれない。
僕がいじめによって短命だった事は、死神さんとの会話から既にバレているだろうから、もう今更カッコ悪いとか、過去を伏せる必要もないと思えて来たんだ。
◇
それはそうと、リンクにひとつだけ確認しておきたい大事な事を思い出したの
で、話を切り出して見ようと思うんだ。
きっと僕で無くても誰でも思い当たることさ。
そうさ、
「リンク、君は文字も読めるのだろう? ならば書く事もできるのでは?」
僕がそう考えたのは、冒険書に準備が出来たらゴーファイトと念じる様にと
死神さんが言ったときの事なんだ。