五話 神撃の⑤
「リンク……」
僕は、死神に紹介をされた者の名を呼んだ。
顔立ちからは男の子と見受けられるが、死神は性別がないとした。
人の子で言えば、十歳ぐらいかな。僕とは頭一つの身長差だ。
一体この子は何なのだろう。しかし、
「……どこかで。このシチュエーション、見覚えがなくもないな」
いつか見た、心霊番組の出演者が言っていた。
すでに経験をしたことがある感覚をデジャヴ(既視感)と。
逆に、すでに見たはずなのに初めての感覚、ジャメブ(未視感)というのもある。
ジャメヴの場合、精神疾患による錯覚なども要因に挙げられるが、一種の記憶喪失の説もあった。
この場合がどちらに該当するのか詳しくは分からないけど。自分に病的な苦痛により、死に至った経緯があるので、そのことがふと頭に浮かんだのだ。
「やあ、リンク……。はじめまして、僕の名はシュウタ」
「……」
僕はリンクに目線を合わせる為、少し屈んだ。
再び、彼の名を呼んだ。
リンクが視線を下に向けた。僕とは異なる目の色だった。
そのまま彼の小さな左手が、軽く僕の衣類の裾を摘んでいた。
少し、はにかんでいる様子が窺えた。内向的なのだろうか。
僕にだって緊張はある。
「声が出ないと言う事だけど、何とか頑張ろう!」
何とか頑張ろうなどと気休めの言葉をかけたが、内心不安なのはこっち。
「──!」
積極的に声を掛けた甲斐があって。
リンクが僕に視線を投げかけてきた。
緑色の瞳は、内部まで飴細工の様に透き通っていた。
「んん……」
彼は喉の奥で詰まらせる様に唸るも、言葉としての発声に至らず。
空いていたもう一方の手を上げ、頭巾の様なとんがり帽子に掛けた。
ニコリと笑って帽子を脱いだ。
会釈をして、愛想のよい笑顔を見せた。
「よろしくな!」
こっちも笑顔で挨拶を返した。
髪色はマリーゴールドの金髪だ。
「艶やかで綺麗な髪だね」
僕の手が無意識に彼の髪を撫でていた。
直後、彼は僕の胴にしがみついてきた。
両手をそのまま背中に回して。
僕の胸元に顔を埋めて、幼子のように甘えて見せた。
本当の迷子の子のようだ。
エメラルドに輝く、緑色の瞳が眩しい。
ピーターパンを思わせる軽快な服装。新緑の若葉のような緑色を基調に膝元まで伸びる上着の腰には、太めの茶褐色の革ベルトを巻き、身を引き締めていた。
肌も透き通るように白い。生まれたての赤子のように。耳が少しピンっと上に伸びている。
ファンタジーを身近に感じる。その雰囲気が堪らない。ああ抱きしめたい。
「……可愛いな」
彼の背中に手をやり、軽く抱擁した。
「あったかい……」
淋しがらずとも良い、という気持ちで彼を抱擁したのだが、彼の体温で逆に僕が癒されてしまった。
『私の話は以上だ──』
うん?
『……言い忘れる所だったが、お前に対してのミステイクはない。リンクを死人扱いであの世に送る所ではあったがな。宜しく頼んだぞ!』
全く問答無用だな、この死神は。いいように迷子を押し付けておいて。
自分の言いたい事を好きなタイミングで投げ付けてくる。マイペースだな。
それが神という存在なのか。
なるほど、原因はこの子だったのか!
僕は運良く? 選ばれた保護者の様なものか。
「あの、祠の場所はどこですか? 具体的な地名とか無いのですか」
リンクをギュっと抱き寄せながら、死神に尋ねて見た。
仮面を付けているかの様に、その表情が変わる事はない。
『わたしは努力を拒む者をあまり評価しない』
その表情が決して曇るわけではないけど、「お前には既にヒントを出した」と、言わんばかりのクールな語り口調で残念そうな台詞が返ってきた。
決して、答えられないとは言わないのだな。
少し苛立ちを覚えた。
「死神さんと女神さんは、お知り合いなのですか?」
何をぶつけても、表情を変えないことを知った。
強い反発を買う訳でもないと分かった。
なら、疑問符はぶつけておいても損はない。
この質問の内容なら首を縦に振れば、リンクと死神が親しいのかが、うかがい知れると判断してのことだ。
押し付けられたリンクが死神と仲良しなら、他の神々にも知り合いがいるかもしれない。
有力な手掛かりがあるに越した事は無い。
リンクは女神の従者。それ以外の情報が早い段階で入手できるなら後が楽だ。
なんにせよ、リンクは口が利けない。
有力情報を持っていても、上手く聞き出せない可能性もある。
このお遣いが無事終われば、後は自由なのだ。
その後の自身に少しでも有益となる情報を入手しておきたいのだ。
『神の世界にも厳守すべきルールがある。それは守秘事項に当たる』
バッサリと断られた感が否めない。
まあ、当然か。
他の神についての詳細は一切、漏らさないようだ。
僕は課せられた任務を全うすれば良いだけの様だ。
「では転生の事ですが、この姿のままで行かせてもらえるのですか?」
表情が変わらないと言っても、怖々と訊ねる事項もある。
この身体のことだ。
生まれ変わると、赤ん坊からとか。
侯爵家に生まれて教育でがんじがらめにされるとか。
転生のあるあるに悩まされたくはない。
せめて、願望だけでも伝えておこうかと。
『言わずとも心得ておる。特別任務がある故、元の姿でも問題ない。身体は再生しておいた。むしろ、今のお前でなければ、リンクが困るからな』
死神の声を聴いたリンクは、耳をピクっと動かした。
心配そうに僕の方に視線を送る。
「そうか。──リンクのことがあるな」
別人に成らなくても良いのは、素直に嬉しい。
リンクのお陰だ。
僕は「ありがとう! キミに会えて良かったよ」と、再び彼の頭を撫でた。
リンクの表情が安堵に変わったのを確認した。
「死神さん、厚かましいお願いですが、お金の事を教えてください」
大事な事だから、いつも稼ぐのに苦労しているからな。
何と言っても冒険しに異世界へ行くのだから、というか帰って来ないけど。
僕はそこに行っても、人間に変わりないと言う事だ。
姿や年齢も突然別人になっても気持ち良いものでもないし、このままを望んだ。
これだと本来は、転移という仕様だが、やはり僕は生前には戻れない死者だ。
異例な転生なのだ。と言うより、現時点でチート転生済み扱いのようだ。
これで後の心配は、財布の中身ぐらいだろう。
「妖精さんも腹減るだろうし。楽しい世界か分からないし、大人になったらカジノしたいし……えっと」
『オジサンか! ま、良いだろう。お金は銅貨、銀貨、金貨がある』
「金貨か……いい響きだ。日本円に換算して教えてください」
『銅貨一枚で100円だ。銀貨は百倍の一万円、金貨も銀貨の百倍で百万円と言ったところだ。
さあ私からの選別だ。
金貨100枚と銀貨100枚を持たせてやろう。金は向こうに送っといてやる。あとは向こうでも稼いでみろ! 生き抜く欲があれば何でもできるさ。ついでにコレも持って行け!』
「ひいいい! てコトは、一億と百万円か。太っ腹だな、死神さんは。ありがとう!」
まだ催促もしていないのに、マジで太っ腹だ。
リンクのお守代と言う所かな。マジで嬉しい。
ついでにくれたのは、冒険の手引き書だった。色々と書かれていて頼りになりそうだ。
飯、風呂付で一泊の宿代、三千円ほどか。銀貨一枚で3泊できる。ふむふむ。
『冒険の手引書に心の準備ができたら、ゴーファイト! と念じろ。
それで「名もなき小さな森」のコテージに着く。小さな森は、お前の私有地だ。お前が名前を付けて良しだ』
そ、そんなにしてもらえるんだ。
やったー! 気分は最高だ!
『さあ、もう行け! 連撃のシュウタ! ルシルーシー・シュートリアへ!』
「あ、死神さん。僕の名前を呼んで下さってありがとう!」
ルシルーシー・シュートリア。
それが、これから僕が旅立つ新天地の名前か。
◇
桃ノ木 鷲太 享年15歳。
気づけば死んでいた。
担当の死神さんが、他の方への手違いの穴埋めを僕に託してくれた事で
チート転生を異世界にて受けられた、ラッキーボーイ。
☆「オレの名は、連撃のシュウタ!」
☆ステータス HP:300000。(古代種の竜王並み)
☆異能力:超高速連打、連撃、移動、行動、100分の1秒の世界を征く男。
☆所持金:1億円以上。(死神さんの推定)
☆目指す異世界名:ルシルーシー・シュートリア。
☆お供:リンク、小さな妖精。性別なし。女神ルシル様の従者。
☆旅の目的:リンクを女神ルシル様に無事に引き渡す。
☆女神ルシル:魔法使いや錬金術師たちに広く慕われている存在。
◇
「ふふふ~ん。腕が鳴るぜ! 向こうへ行ったら、まず武器屋を探そうか!」
短剣がいいかな? ブーメランも魅力的だぁ。
「先ずは、草原で草刈りだぁぁ! うっほほ~い!」