四十二話 《リンクの冒険書は傷だらけのデジャヴ》⑨
オレの名はリンク。
真実の名は思い出せない。
神様の都合で記憶の一部が飛んでいるのだそうだ。
今は、妖精という種族で見た目には子供のようだ。
かつては人間だったのだが、自分の意思だけではどうにもならない悪天候続きの後ろ暗い人生を生きた。その心には次第に紆余曲折の闇が蔓延っていった。悲しみに明け暮れたあげく逃げ出すことも多々あったが、奴隷としての宿命を断つことは奴隷商人たちが決して許してはくれなかった。
いかなる策を講じて計画的に脱走しようとも、すぐに捕まり罰を受けた。
借金の形に幼少期に売られたオレには、同様の境遇に至った妹が一人いた。その唯一の肉親の情報は生き別れた時以来、オレのもとに届く事はなかった。
もちろん、死ぬことだって何度も頭をよぎったさ。
だが、妹だってオレについての情報は遮断されていたとしても、会いたい想いはあるに違いない。いつの日か再会できる……その希望が胸にあったからこそ、死だけは選択肢に入れまいと誓い、どこかの空の下で耐え抜いて生きていると信じた。
オレの中にその期待だけが強くあって、脱走という選択はあっても、死を選ぶことはなかったのだ。
オレよりも幼い彼女が必死の抵抗をしながら、どこかで懸命に生きている。
なのにオレだけが死んで楽になって良い訳がない。そう思うと死んでも死にきれなかったのだ。少なくとも二十歳になったあの日が訪れるまでは。
◇
「うぐっ、すまない……」
オレは決してあの時の誓いを忘れた訳じゃない。
しかし、悪意ある連中にそそのかされて結局、死を選んでしまった。
オレはただ、奴らに抵抗しうる力が欲しかっただけなのだ。
「リンク、もう泣かないで。さあ、涙を拭いて」
あれからどれぐらい時が経過したのか。
いや、闇の錬金術師に遭ってから今に至るまでたった一日だろう。もっとも、消えた記憶のことがあるから、シュウタの証言通りならさらに半月が過ぎているか。
なんにせよ、妹のいるシュートリアで生きている現実と実感がある。
「シュウ……」
目の前には十五歳の少年シュウタがいる。
オレとは異なる手法の転生者だ。シュウタのおかげでオレ自身もチート能力者だと知ることができた。
その上、心強い味方となり、彼もオレを必要としているようだ。
こうして二人はいま、心と体を寄せて喜び、抱きしめ合っている。
「さて、お金を手っ取り早く稼ぐには……」
シュウタの能力は時空魔法のようで、周囲の時間に作用して、百倍の速度で動けるらしい。
しかし、どの部分に対して百倍速なのか、きっと限界もあるはず。
そして能力には有効範囲がある。つまり、射程距離というやつだ。その詳細は本人にしか測り知ることができない。
その魔法の仕様でいけば、周囲の空間内に計り知れない遅延をもたらしているのだ。
彼は百分の一秒と言っているが、これからレベルが上がることをまだ計算に入れていないようだ。
オレの方も聴力による映像化が脳内で起こり、離れた場所や壁越しに起きている物理的な現象の情景が手に取るように浮かび上がってくるようだ。
「シュウ、ここは危険。早めに街に向かおうよ」
もしかしたら、時間の壁も越えて聴きとれる可能性もある。
離れた場所の光景の読み取りは、先ほど経験済みだ。
その辺りがレベルによって向上するのだとすれば、距離イコール時間の跳躍だからだ。
魔法使いや、ギルドの冒険者たちはレベル上げを重視していた。
それにより、所持スキルが向上することは間違いないことだから。
「お金は稼げる時に稼ぐのが一番だ。周りに居たワニの獣人と山賊が旨そうだ」
「た、戦うの? だってクヌークは厄介なんでしょ?」
「さっき、200いる内の150は削った。乗り手を失っても付いてくるのか?」
オレは思わず、首を横に振る。
「そりゃ、とっくに逃げ出していると思うけど」
「なら、あと50じゃないか」
「それはそうだけど、さっきお金どれくらい奪えたの?」
「いや、お金なんか奪ってないよ。山賊のサーベルなら回収したけど」
「はあ? あいつらなら、たんまり持っているはずだよ」
呆れた口調でオレが言うと、
「魔物だからとタコ殴りにして、金品取ったら僕らただの盗賊じゃん」
「えっ。まあ、それは……」
真顔で言い返すから何かと思えば。
魔物なんか殴り倒して、金品奪っても良い存在なんだけどな。
「僕の一人旅なら、好きにできるよ。僕はこの世界のルールはまだ知らないんだ」
「はあ……」
シュウタはオレの肩に手を掛けてきて、黒い瞳を潤わせた。
シュートリアのルールか。
律儀で真面目な性格なのかな。いい人柄だとは思ったけど。
「でも、乱入したって言わなかったっけ?」
いきなり乱暴を働いておいて、今更何も取っていないとか言うのかね。
「行商人が襲われていたんだから、名分が立つでしょ?」
「な、なんの?」
名分……か。
腕試しの名分という事ですかね。
「その時、僕が金品を取っていたら、行商人の分まであるから着服すれば誤解が生まれるでしょ? 僕は強いけど人類まで敵に回したくないの。リンクも法律には敏感でいたいでしょ」
「正しい選択をされましたね、旦那しゃま~~」
「その顔から察するに、取らなかった事は不正解みたいだね。でもリンク、行商人が襲撃されていたんだから被害の届け出はじきにあがるだろう。ギルドにはクエスト書が貼りだされているはずだよ」
「あ……」
思わず口が開いて、声を漏らしていた。
「正式な報酬を受けて信頼もつく。今時分ならまだ苦情すら出ていないだろうが、僕らが街に着くころには、ね。だから──残党をキッチリ片さねば」
「さ、山賊200人分の討伐報酬か……ゴクリ」
「山賊はザコでしょ、ワニの獣人が厄介なんでしょ。そっちの200匹分もだよ」
なんとも抜け目のないお人なのでしょうかと感心した。
「山賊、ひとり頭……1000ギアとして。いやクヌークがいくらか想像もつかない」
「そっちは5倍以上、手強かったぞ」
ということは、少なく見積もっても120万は出ると言うことか。
「ひとり頭? 数匹の討伐ならその計算でいい。でも、400からの魔物の群れを一気に片付けられるかという点をギルドがそんなに軽視するだろうか──」
「つ、つまり。それは……」
通常通りの算出で、どこの冒険者が納得すると言うのか。
それによって、報酬はべらぼうに跳ね上がると言うことが予想されると。
「その状況下で、この世に無傷で戦える人間がいるとは思えないんだけどな」
「確かに……街の討伐隊で挙兵した所で、きっと負傷者は多数でるよ。うん」
ギルド冒険者にしても討伐の規模を考えれば、早い者勝ちというクエスト依頼では受注者が報酬よりもその討伐内容に気圧されて、おそらく混乱しか生まれないだろう。
そこまで先の考えが及ばなかったよ。
まさか、400匹もの大型討伐を苦情が出るより早く、請け負ってしまおうとは。
「もし依頼に飛びつく輩がいるとすれば、チート級の冒険者しかいないよね」
「その他の者に向けた任務だとしても、多人数PTの人件費を考えれば……」
これは、やばい額が設定されるに違いない。
任務ランクも高いはずだし。
冒険者レベルがかなり上がりそうだ。
シュウタについて行けば、オレのレベルも爆上がり間違いなしだ。
体力、腕力からっきしのオレが、これから戦闘に向かうと言うのに、何を浮かれているのやら。
だけど、そこはシュウタが全部片づけてくれるんだよな。
「うっはー」
「そこが理解できると皮算用したくなるでしょ? 期待していいよ」
「うっはー」
「善は急げだ。奴らは今どこら辺にいますか?」
「──3キロほど西にまっすぐ行けば」
奴らの影なら先程からキャッチしていた。
オレもちゃんと役に立っていることだし、何も恐れる必要もないか。
シュウタの背におぶさる様にしがみついた。
オレたち二人は高速で西に向かい移動した。




