四十話 《リンクの冒険書は傷だらけのデジャヴ》⑦
闇錬金のギルドで男たちに一通りの説明を聞かされた。
オレは契約書にサインをした。
一旦、女神の魂が宿るという、地上の開かずの神殿に案内される。
闇錬金術師と交わした契約の内容に相違が無いのか。
転生契約者の意思表示を神殿の祭壇で行う。
門前まで単独で行き、契約書をかざすと入殿できる。
中で契約者が「相違有り」と答えると神殿の扉はロックされ、冒涜罪で天罰が下される。
天罰内容は一切不明だ。その後の生存確認もされないと聞く。
女神の意思で確認が済めば、神殿の出口が再び開かれる。
そういう運びとなる。
入殿後は神威により取り消し不能。女神の神殿内に於いては「イエス」しか発言できない状況に置かれる。神殿は懺悔を行い、己に贖罪を乞う場所。
そこに「ノー」という選択肢は存在しない。
闇の転生術で転生して、入手したチート能力は悪用する傾向にある。
無能だった者が翌日、高位魔法使いに転身すればロクでもない事をしでかす。
すでに犯罪が増加傾向を辿り、世界に混乱を招いている。
命を弄ぶ愚行に加えて、錬金転生は法で禁止、阻止すべき害悪との認識。
この事案に触れる者、発覚次第、絞首刑とする。
契約を踏んだ時点でも、闇の連中から逃れる術など皆無だ。
その後、闇錬金のギルドに戻り、男たちに報告を入れる。
後は男たちの手により、契約者に死の儀式が実施される。
◇
「死の儀式とは恐ろしそうだな。呪術でも始まったのか?」
シュウタが訝しげに訊ねた。
オレは、この身に起きた出来事を振り返り。
遠くの景色を見やった。
「その場で男どもに──タコ殴りに遭い撲殺された様だ。ははは……ふふ」
薄れていく意識の中、儀式などとは名ばかりだと思い知らされたのだ。
殴る蹴るされて漸く、口車に乗せられただけなのだと気付くとは。
惨めなものだな──追い込まれた人間の末路とは。
「り、リンク!?」
思わず零れた、せせら笑い。
己の馬鹿さ加減には、つくづく嫌気が差した。
負けたくない気持ちとは裏腹に、腐った笑みを漏らしてしまう。
どんな表情を彼に晒しているのか見当もつかない。
見当もつけられぬほど情けない顔なのだろう。
「薄汚れた世界を歩かされ続け、卑劣な手口など知り尽くしていたと思っていたオレにもまだ純な部分が残っていた……薄れる意識でオレは自分を嘲笑……した」
シュウタの声をなぜか無視した。
思い返した惨めさに憑りつかれたように。
気持ちはすっかり忌まわしい過去の体験に同調していた。
もう、このままどうでも……いい。
「戻って来いっ──!!」
憤る、シュウタの声があった。
「──!」
同時に片頬に火傷にも似た痛みが走った!
シュウタに平手打ちを喰らったのだ。
体勢を崩され、後ろ手を着く。
「辛いだろうが、くり返し感傷に浸るなっ! 鬱になるぞ!」
「しゅ、シュウタ……」
顔肌に走った衝撃。自然と、患部に運ばれる自分の手指。
瞬間、現実に引き戻された。
頬の痛みには関係なく、孤独に閉ざされていた涙が滂沱と流れた。
過去の日々に記憶が舞い戻るたびに、虚ろになっていく脆い自分がいることには気づいていた。全てを奪われて終わりを告げた過去なのに。
『でも、涙は枯れず。戦慄で開いた記憶の傷口も──まだ。
「一人じゃ……」
──何一つ、拭いきれないんだ』
「一人じゃないと言ったでしょ! 僕がいるよ!──君の隣に僕がいるよ!」
「シュウタ……なぜ!?」
悲しみの連鎖に溺れて行く、オレを励ます太陽の君が。
力強く。そして優しい言葉。その瞳に、
小粒の涙が滲んでいた。
「感傷に浸るな」と、オレの頬を叩いた君が。
何故に泣くのだ。
ありありと感情をむき出しにした愚かなオレの為に、同情も惜しまないのか。
「リンク……顔を上げて。僕の目を見て!」
「なぜシュウタまで泣くの……」
「未来へ進むしかないんだ、僕らは。ふたりで前を向いて歩き出そう!」
オレの問い掛けには応じず。オレをじっと見つめて、力強く。
ただ力強く、奮い立つように。
オレの抱えた孤独を、
「シュウ。……ほっぺが痛いよ」
「痛くない、痛くない。よしよし」
オレの感じた怒りを、
「シュウも、……泣き虫だな」
「泣くなとは言ってないよ。クヨクヨするな、と」
オレの嘆きや悔しさを、
「リンクが涙したい時、次から僕が笑顔を用意するから」
「……な、泣きづらいよ」
すべて、
オレからもぎ取るように。
「目の前にある美少年の笑顔をまずは見てよ。ずっとそばで微笑むから」
「……て、照れくさいよ」
そして、
オレの目の前に希望の明かりを灯すように。
「辛い目に遭った過去より、今、この目の前にある幸せを楽しもうよ」
「未来にも……シュウが居てくれるから?」
二人のこれからを、太陽のように暖かく。
「うん。これからはきっと僕も光になって君を照らすから」
淋しい月明りの夜は、君がくれる笑顔と共に眠れれば。
「あ、ありがとう。オレが掴み損ねた薔薇色の春を君が……くれるのなら」
僕も? 他に誰かいると言うのか。
光とは?
これから会いに行く、女神の事を言っているのか。
でも女神は、友達じゃないし。姿も現さない。
まして神だ。神が心の穴埋めまでしてくれるものか。現に見捨てられたし。
君がくれるのではないのか?
薔薇色の未来を。
「これからは三人だ、リンク。三人になる為に前を向こう。……その為に、いつか妹さんを二人で迎えに行こう!」
「えっ……!」
まさかでしょ!?
だからシュウタは、それほどまでに自信に満ちた応援をくれるのか。
「確かに、シュウタが一緒なら心強いけど……」
奴隷商人の借財は法的に有効だし、借財自体も本物だ。
国を相手に、その事実は変えられない。返済が望ましい。
だが大金がなければ話にならない。
「リンク。妹さんの借金どれくらい?」
「お、オレと同じだけ増えてるなら、金貨百枚。それに手切れ金に銀貨百枚があれば……あれ?」
「えっ。……それって。奇跡的に僕の所持金額と被るんだけど」
「か、被ると言われても……聞くから答えたのにぃ」
「ま、稼ぐしかないかな」
稼ぐって、簡単に言ってくれるよな。一体……何十年かかると思っているのだ。
奴隷だったとは言え、十五年の間、増える一方だったんだぞ。
そう言えば。
「──シュウ。今気づいたんだが」
「うん?」
「死神には、二人で会ったんだよね?」
「そうだけど」
「その死神が、旅の支度金をくれたんだよね?」
「そうだけど……」
「その額が今ある所持金だよね……それってオレの分は何処にあるの?」
「えっ」
「えっ? オレ、口利けなかったんでしょ?」
何か、聞いているかと思ったんだが。
「そ、そう言われると。ど、どこかなぁ」
シュウタの目が遠くに泳いだ。何だか怪しい。
ええい、誤魔化されてなるものか。
「女神は何もくれなかった。スキルもくれなかった。どうせ、オレなんか……」
「ま、待てって。僕も今気づいた。うん、半分はリンクの分だ。分けるから」
くれるんだ! まじか。
死神も太っ腹だが、シュウタも太っ腹だ。
「やった! 夢みたいだ。でも今はシュウが持っていて。持ち切れないから」
「分かった。預かるよ。後の半分はやはり稼ぐしかないな。でも──」
「うん?」
「妹さんを救える機会が訪れたら、とりあえず、僕の分を貸してあげるから気楽に行こ!」
これまでのどんな言葉より、苦しみが抜けた。
「気持ちが楽になったよ。ありがとう、シュウ」
彼の手を取って喜びを告げた。
「ところでリンク。妹の名前はなんて言うの?」
よくぞ聞いてくれた。と気持ちが弾んだ。だが、
シュウタのさりげない問いかけに、オレは何故か微妙に言葉を失っていく。
「名前……? 名前はえっと……な、なんだっけ?」
「もしかして妹の名前、忘れたの? それとも」
「それともって……え?」
「リンク。質問変えるけどいい?」
「ああ、いいけど。なんで」
「あのさ。生前の名前……リンクで合ってる? 他の名前だったとか」
「お、オレの名前って。そんなの覚えているに決まってるだろ……うう……あれ?」
何故だ?
何故、あった筈の自分の名が頭に浮かばないのだ。
「お、オレの名前……な、なま……え?」
「落ち着いて、深呼吸だ。『リンク』では、ないんだよね? 目覚めたとき何だか否定してたもん」
確かに、否定していた。
それは……間違いない。
オレはリンクじゃない、それは確かだ。
ならば、オレは誰だ。
妹の名前も自分の名前も、思い出せない……。
「うん。リンクではないけど……うわぁ。どうしてか思い出せない」
「落ち着いて、大丈夫だよ! 転生すると記憶が一部分、封印されるんだ。神が預かっているだけだ。暫くすれば戻してくれるから。僕も経験してる、安心して」
「どうして預かるの?」
「家族の名前を覚えていて、君が不意に公言でもすれば、家族も同罪になるかもしれない。これは神の配慮だと思えばありがたい」
「あ、なるほど。確かに。出逢ったのがシュウで……良かった」
「思い出すまで、名前はリンクでいいね」
「うん。神様が付けたんなら」
「どの道、お金を貯める時間がいくらか必要だし」
「金貨50枚は、想像を絶する労働だよ」
「まあ、それは置いといて。殺されて女神に会った後のことだけど」
「うん?」
「能力のことだよ。その宝箱の選択をしなかったにせよ、死んだ後ここに居るってことは、女神の力で転生してるから、何かもらっている筈だよ」
シュウタの自信に満ちた言葉が、オレの胸を熱くする。
そして、信頼に足りる友を得た事に加え、人生の泣き所だった大金をあっさりと手に入れた事で心にゆとりが出来ていた。
その、ゆとりがオレにある記憶を呼び覚ましたのだ。
「いけない! シュウ、ここに長居してちゃ、ヤバいんだった!」
「ここがヤバいとは?」
「さ、山賊がいるんだよ。しかも大勢いるんだ!」
「山賊か。居たね、大勢。じゃあ、ここは山賊の出没区域なのか?」
「居たねって。まるで会って来たみたいな物言いだな」
のん気に「居たね」などと、まるで危機感というものがない。
彼はシュートリアに来たばかりだ。オレも何も取り得がない。
この状況下で、あんな獣人付きの山賊の軍勢に囲まれでもすれば、逃げられやしない。いや、足手まといになるのは、オレだが、シュウタは見捨てて置いて行かないだろう。
「さっき、その辺で遭遇したよ」
「そうだろう。遭遇なんかしたら大変だ……よ?え!?」
「だから、山賊ならここへ来る途中で遭遇した。だから、君を必死で起こしていたんじゃないか」
「な、なんだってー!」
シュウタ……またオレを笑わせようとホラを吹いてるんじゃ。
だが、そんな表情でもなさそうだ。
「それ奇跡的に、う、うまく逃げて来れたんだよな?」




