四話 神撃の④
それでも彼は死神だった。
僕の渾身の願いなど聞き入れる筈も無かった。
嫌な予感しか無かったんだ、最初から。
妙な気分の目覚めだったから。
『お前の気持ちを分からぬでは無いが、もう一度生きて見てくれ、望む力を授けるでな。オマケもしてやるから。願いを聞かせてくれ』
「一体なぜ、生きるのか? 人を傷付けてまでやり返せないから僕は……」
そうなのだ。
問題はいじめ返せない、そんなこと出来るならここに辿り着かない。
その気持ちを理解してくれては居ないのか?
『ならば、訪ねよう。お前は死の直前までやり収めと言って、ゲームをしていたな。そこでは多くの者を連射パッドで漸滅していたが、あれは何じゃ?』
「いひっ!?」
何この人おぉ──!? あ、死神か。
「お兄さん、バカなの? ゲームは現実世界とは違うでしょ?」
『至って正気じゃ! ゲームみたいな異世界へ転生するしか無いのじゃ、お前は!』
「ええええっ──!! それ、マジっすか? 僕、転生なんてできるの?」
転生と聞かされて、つい手拍子で喜んでしまった。けど、急に話が転生の方へ逸れた様な。良いのか、生き返らなくて良くなったのなら、僕もそれに越したことはないから。
他人を傷つけられないと強く主張したら、ゲームの中の話を持ち出してきた。
もしかすると死神って、ゲーム世界と現実世界の分別がつかないのかもしれない。
でも、
「まさか……そんなことないでしょ?」
『最初から言っている、お前は死んだと。なら異世界転生しかないじゃろ』
え? それ本気で言ってるのか。
「でもゲームじゃないから、あの手の世界は僕なんかじゃ……」
『早い話が、不死身以外なら大抵の願いは聞いてやれると言っても嫌か?』
「……」
ゲームじゃないと言ったのに、なんかスルーしよったが。
『ちんたらと問答のラリーは御免じゃ。概ね説明するから、よく聞きなさい。
まず、多くの能力を与えてやれないが一種なら神域クラスをやれる。異世界も生命力をHPとしようか。一般の成人男性ならHP100、冒険者ギルド所属の戦士5年生で平均HP500ほど……』
な、何と!?
能力? 神域? 異世界? 生命力? HP? ギルド? 戦士?
「はい」
素直に聞く気になってしまった。
死神さんは、なんと恐ろしいスキルをお持ちだ。凄まじいほどの説得力であった。僕は有能なスキル持ちには敬意を示すと心に決めている。ここは一つ、先を急がず彼の力説に耳を貸そうではないか。
この七つのキーワードは! 巷で噂の「真綿で首を締める」と言う奴か。
ほんのわずか聞いて見ただけだが、僕も非常に興味が湧いて来た。
実に冒険心をくすぐる内容だ。
是非とも続きが知りたい。も、もちろん冥土の土産だとも。
聞くだけ聞いたら、さっさと死を受け入れようじゃないか、と。
……にしても、問答が嫌いとか気が短いのかな。
『少し飛躍するが、神と名の付く者はHP1億~2億じゃ。そこまでやれぬが、HP300000でどうじゃ。あと、能力がチート的なものならお前、ゲームが下手だろ? だから連射パッドなのだろ?』
か、神のHP? 億単位? 僕に……HP三十万? チート? ゲーム? 上手? 天才? だから連射でドッパンなのだろ?
すでに話自体が飛躍している気もするが、なんてダイレクトに人の痛いところを……ぐぬぬ。
──おっしゃっている内容には興味津津です。
僕は本日初めて、指でちょいと伊達メガネをかけ直した。
『だから、その身に連射パッドの機能を具えるのはどうじゃな?』
「──と、言いますと?」
そう聞き返しながらも、すでに僕は心の中身を床に向けて、すべてぶちまける思いに駆られていた。早々に空のハートの器が一つ必要になる! その直感が脳内イベントに加勢したのだった。
『素手でパンチを出す。一秒間に百連打ぐらい出来るのじゃ。
ただゲームじゃないから自分も傷付く。だからHPを死ぬほど高く持ってる存在だ。わかるな?』
いま、ご自分でゲームじゃないからと発言しおったぞ?
ゲームの理解があるのだな。責任能力あるのだな?
きちんと区別していますよね。
「ええ。まあ解ります」
『人に向かって何百回もパンチ出したら、お前がいくらヘナチョコでも相手死ぬかもな。だから加減は覚えろ』
「人に向かったらのお話ですよね?」
普通は野獣とか魔物とかに向けませんか。
ちょいちょいと人を試すような発言が目につきますが。
いわゆる、神のテンプレという奴でしょうか。
「異世界に行ってすぐに、人に向けてチート能力を試す者がおりましょうか?」
取り敢えず、注意ぐらい出して置きましょうかね。
『まあ、剣を持てばドラゴン的な魔物と言っても、もはやハメ技じゃよ』
またもや、スルーしおったぞ。
「ドラゴンと言いますと?」
『それでも盾も装備品も不要かもな。お前は超高速連射人間だから──』
超高速連射……人間? この身体が連射パッドそのものだと!?
『攻撃に関して言えば永続的にダメージを与えられると言う事じゃ。相手の攻撃力が高くて体勢を崩されたら大ダメージを受けるが──』
ちんたら長話は御免では無かったのか。
「それで、ドラゴンと言いますのは?」
いちいち正当ツッコミ入れて、構っていられるかという思いに至る。
もはや単刀直入に聞こうと思う。こちらの神様は天然なのだろうか。
会話がかみ合ってない気がするのは、気のせいだろうか。
『私の知る火を噴くベビードラゴンの火炎一発で、冒険者ギルド5年生の戦士は80相当のHPを削られる。ドラゴン系は空を飛ぶので一人で立ち回るのは厄介だ。』
そこまで説明してもらえれば、ドラゴンは大したことない。僕は三十万だろ? 算数が出来てないと思えるのは、気のせいだろうか。見た目は二十歳、頭脳は子供?
それより、あるんだ冒険者ギルド! うっとり世界だけど。
「空を飛ばないドラゴンは、トカゲでしょうかね?」
うっかり突っ込んでしまった。
『だが、逃げ切ることもできる。お前なら常人の百倍で足も同様に動くから、1秒あれば50メートルは余裕で移動できるというスキルだ。物陰に隠れながら相手が追跡をあきらめるのを待てばよいだろう』
先ほどから人の話聞いていますか?
常人の百倍? 毎秒五十メートル移動? 攻略付与?
『食事も高速で消化して、高速で回復するのじゃ。加えて30万の古代種の竜王並みのHPがあれば、小竜の火吹き芸など蚊に刺された程度じゃ。この条件でどうじゃ?』
食事も短縮、おお! 回復も短縮、おお! 色々と時短勤務に努められそうだ。
僕に……。
竜王並みの力を授けると知りながら、人とか小竜とかゲームがド下手だとか、
「少々、見下し過ぎじゃありませんか?」
『不服だと申すのか?」
「わわわわわ──い! そんなことない、ない、ないで~す!
僕の欲しかったチート転生時の能力はまさにそれなんです!」
何をやっても要領よく立ち回れず、楽ができる手があるなら飛びつく性分。
いや、僕だって一応努力はするよ。
あるなら手に取りたいのが人情なのです。
ゲームはシステム化されている世界だ。
ステータスの因果関係が分かっているなら、どれを何回修練すれば、どこが強化できるかが手に取るように分かるわけだから。
現実も、強くなれるに越したことはないが、自分自身の強化が難しい。
数値化された、確定的な概念で進めるゲーム世界。
要するに、自分強化に於いて強化済みだとしても、日頃の鍛錬を怠れば、退化する。
と、言うのが現実世界だ。
一方、ゲームは何かを一度習得すれば、永久維持で退化や劣化がない。
それなら頑張った分は強くなり、休息も自在だ。だから現実ほど疲れない。
だから、強くなることに執着でき、強化に喜びが生まれるのだ。
人間、喜びに勝るカンフル剤はないのである。
そんな世界に行けたらとは思うよ。けど傷ついて深手を負えば、リアルと同じく泣くしかない世界なら、神がかりなスキルでもあれば願ったり叶ったりと言うわけだ。
『お、説得した甲斐があったな。良い面構えだ! だがいいか、相手が非道ならやらなきゃお前がやられる。それだけの世界だぞ!』
スキルありきでも、進まざるは退転。戦う心がなければ、地獄も同然。
「あ、あの。何故そこまでして下さるのですか? 神様のミステイク、そんなにヤバいんすか?」
思わず、聞いた。僕にはどうでもいい部分だし。足元を見ようと言うのでもないが。神様が僕のような負け犬に肩入れする理由は、知りたい気もする。
もう無敵じゃないか、これ!
ほとんど権力じゃん。
政権伝説になっちゃうよ!?
「僕が悪意や憎しみの心に芽生えたら、世界を手中に収められるのでは?」
さらに言った。
人助けなんかせずに、自分の欲を満たし放題だ。
ゲームみたいな世界だと言うなら。
『その異世界は、そこまで甘くはない。
蹴りをくれてやろうが、斬りつけてやろうがお前なら目の前の大抵の問題は1秒でカタがつくだろうがな。お前の連射能力は死ぬまで壊れないから安心だな。ただ、さっきも言うたが神々がおるでな、無敵でもなければ不死身でもない。その一点は注意せよ!』
それはそうでしょうね。肝に銘じておきます。
『質問に答える──。
実はな、今から紹介する者をその世界の有力な一人の神の元へ無事に送り届けてやって欲しいのだ。名はリンクと言い、女神ルシルの従者にあたる。
ルシルを知らぬ魔法使いはおらぬから、魔法使いか錬金術師にでも会ってルシルの祠の在処を尋ねて歩けばいい。リンクは妖精で性別はない。今はショックで声を失くしておる。お前以外の人間には見えないように特別な印を施してある』
死神がそう言い終えると、身長90センチぐらいの可愛らしい妖精が姿を見せた。
「……」
リンクは死神を見やって、物言いたげだったが、礼でもしたかったのだろう。
元の世界に戻れそうな状況に喜んでいるようで、僕の腕にしがみついてきた。