三十七話 《リンクの冒険書は傷だらけのデジャヴ》④
気づいたら、目の前に見知らぬ少年がいた。
少年は、馴れ馴れしい言葉遣いでオレを『リンク』と呼ぶ。
それについては、白い部屋で痛い目に遭った経験から、無理に否定するつもりはないが。聞かせてもらえるなら聞いて置きたい部分ではある。
だれか別の者に間違われているのかも知れないし。かと言ってすでに返答をしてしまったのに、今さら大否定すれば、またどんな仕打ちを受けることになるか分からないし。慎重に対応しなければならない。
「お、オレを知っている人ですか……?」
自分でも正直、なにを言っているのかと思うが。
あの声の主で間違いないのだ。なら、魔法使いかも知れない。
オレを白い部屋に誘い込んだ張本人である可能性を否定できない。オレが受けたこの状況からすれば、そう考えずにはいられない。ただ、こんなつぶらな瞳の少年が奴隷商人さながらの恐怖を、笑顔を伴い植え付けて来るのには、それなりの理由があると思いたいのだ。
なんにせよ、周囲に群がる連中の殺気立った様子が気になって仕方ない。
彼らは、この少年の仲間なのだろうか。物々しい連中のようだ。
中年以降の肉体派の男達で、腰に備えていたサーベルを鞘から抜き出して、肩に担ぐように乗せ、舌を見せ、おどける者、刃先に手を添え前方に構える者、頭上に振りかざし奇声を発し威嚇する者、様々だ。
ざっと見るかぎり、五十人はいるぞ。
物々しさはその荒くれたちだけではない。彼らは走行用に飼いならした魔物に跨っていた。あれはクヌークと呼ばれるワニの獣人系にあたる種だ。湿原地帯や河原に好んで生息するらしいが。渇いた土地の上でも充分、脅威的な戦力を誇る。ここは山林の道中のようだが、なぜこんなことになったのだ。
あるいは、奴らに脅されて仕方なく隷属させられているのかも知れない。
何はともあれ、いまは自分の置かれている状況を把握しなければ。
◇
「えっと、君は誰ですか? オレは君の知り合いなのですか?」
「やっと目を覚ましたかと思えば、いつまで寝ぼけてるの? まあでも声が戻ったのならそれに越したことはないけど。それに何だかイメージとは違い、大人びた口調だし」
どうも目が覚めたという部分から、やはりオレは眠っていたと考えられる。
あの白い空間は、この少年の仕業では無かったのか。自分でこの状況を作っておいて、脱出したオレに浴びせる台詞にしては、冷たすぎる気がする。
それにイメージがどうとか言っている。何かしらの交流があったのだろうか。それなら味方とも取れるし好機なのかもしれない。もしかすると友達だったとか。身に覚えのないことだが。人違いであるにせよ、うまく話を進めれば状況を打破することが叶うかもしれない。しかし、
「声が戻った……とは」
オレは、この少年と何かしらの交流があり、声を失くしていた。しかもこんな路上で叩いたり、つねったりされなきゃ起きないほど、深く眠っていたということになる。
彼のいう言葉を辿り、整理するとそうなるのだが。やはりオレには全く身に覚えがない。
「誰ですかって、僕のこと覚えてないの?」
「よく思い出せない。し、知らないお顔ですし。友達だったとかですか」
うわ、つい本音で語ってしまった。怒り出さなきゃ良いけど。彼が軽い口調で聞き返して来たものだから。
「なんで?」
「ご、ごめんなさい。友達だなんて厚かましいこと言っちゃって」
頭抱えてペコペコお辞儀をするオレがいる。
彼の方が少し、長身だから何気ない一言に威圧されがちになる。
「一体どうしたの、リンク?」
「ご、ごめんなさい。お願い、もう叩かないで!」
喧嘩も弱い。戦闘も苦手。揉め事はうんざり。
そう思ったら、思わず両膝を着き、腕を上げ、神を崇める様な姿勢を取ってしまっていた。
「リンク? 顔をあげて。怖がらなくていい。ほら、リンク」
彼はそう言うと、オレの身体をそっと起こし、静かに抱き寄せて背中にポンポンと軽く手を当ててきた。あやしてくれているのか。優しい声で、涼しい眼差しで、温かい胸で抱きしめられている。
こんな事……生まれて初めてかもしれない。そういう感覚を覚えた。
「僕がリンクを叩いたりする理由が見つからない。怖い夢でも見たんだね。落ち着いて話してごらん」
「お、オレは夢の中にいた時、君の声を聞いて」
「うん。それで」
「その声に応えようとしたが、身体に痛みが走ったんだ。頬をぶたれたり、耳を引っ張られたり、その」
「それで目を覚ましたら、僕がいたからか……」
彼の腕に抱かれながら、そっと彼の事を見上げた。
とても悲しい目を見せていた。なぜだか昔のオレに重なる様な切なさに駆られた。何も悪さをしていないが、誰にも信用されず、いつも濡れ絹ばかり着せられて酷い仕打ちにもだえ、震えて泣いていたあの頃の幼いオレに……。
「ごめん。君じゃないかも知れないのに。でも記憶の中に君の名前や顔が全く見当たらないのですが」
やっぱり、こんな純情そうな子が悪人のはずがないか。オレは人生の破綻者だ。人間としての失格者だ。自分が生涯で受けて来た酷い仕打ちに耐えることが出来ずに、知らず知らずに人間不信となった様だな、オレは。
「顔も、名前も一切憶えていないのか……。僕、シュウタだよ。森のコテージでリンゴ拾いした事とかも何も覚えてないってこと?」
「お名前はシュウタさん……ですか?」
「さんなんか付けなくていいよ。連撃のシュウタだよ。森のコテージで君が僕のために書いてくれた地図だってある。君には色々と教えてもらったんだから」
「レンゲ……キとは何ですか?」
「えっ。そこもなの?! 今さら連撃の説明が要るのか。アプリが翻訳してくれていないのか」
「は? 翻訳って、誰か居るのですか? アプリさんと言う方が」
「いや、そうじゃない。ちょっと待って。とりあえず、コレを見て!」
そう言って、シュウタはオレの前に「ほら、コレ」と、ザックリと書かれた地図を広げて見せた。彼が口にしたレンゲキもアプリも人の名ではない様だが、今はよく分からない。
オレは差し出された地図を手に取って、しばらく眺めて見た。
「ここら辺の地図みたいですね。あ、これは! ウソでしょ、オレの字だ。じゃあコレ、オレが書いたものなんすか」
彼の口元が緩んで、
「お、そこは見覚えがあるのか! 良かったよ、救われた。他にもあるんだよ、君のくれたメモがね」
そう言うと彼は紙切れを数枚、差し出して来た。
目を通すと不思議なことに、すべてオレの書いた文字で間違いなかった。だが、書いて手渡した覚えが全く無いのだ。
「一体、いつ書いたんだろう。不思議な気持ちっす」
「これで僕とリンクが初対面じゃなく、友好であることが証明されたね。リンクはとっくに友達だよ」
「と、友達っすか……? う、うぐ……っすん」
「ど、どうしたんだよ。リンク、急に泣いたりなんかして」
友達だと彼が言ってくれた。
その瞬間、胸に熱いものが込み上げて来て、その感情のままに涙が溢れ出していた。自分でも分かっていた。まさか、こんなタイミングで友達などができるだなんて。一度終わった人生の先に。
「あ、安心しただけっす。何だかほっとして。ホントにオレなんかと友達っすか」
「なに言ってるのさ、あったりめぇだろ! リンクが居てくれなきゃ困るんだよ、僕は」
「ところで、オレたち出会ってどのくらいの時間を過ごしたんすか」
「コテージの朝が始まりで、リンゴ集めして夕方に君は寝て、色々あって次の朝まで待てなくて、リンクを一生懸命に起こしたんだけど、爆睡中で仕方なしに背負って夜に出かけて来て、今日で半月が経ちました。リンクはその間、ずっと眠っていたんだ、よ♪」
「担いで外に出たんすか。それはそれは、世話をお掛け致しまして」
ときめきで弾み出す彼の笑顔が、オレの全身を疾風の様に抜けて行った。
何とも言えない爽快感に見舞われた。
シュウタは、地図とメモを回収すると、どこかに収めた様だが、衣服のポケットではない様だ。彼は鞄を持っていない様だし、何処へ消えた。というより、何処から出して来たんだ。
「シュウタ、メモがどこかに消えたみたいだけど」
「じゃあーん。これだよ!」
彼が見せて来た物、それは。
「それって、冒険書じゃないか! そうか。メモの内容をようやく理解することが出来たよ」
「うわ、良かったぁ。冒険書については君の方が詳しいから、出して見て見覚えが無いって言われなくて本当に良かったよ。言われたら詰んでいたかも知んない」
「お、オレの方が詳しいとはどういう意味っすか」
「うん?」
「いや、だからオレは冒険書を所有したことないから。持っているのは冒険者のシュウタであって、オレじゃないのにって」
「ふふーん。冒険書の使い方ここまで全部、リンクが教えてくれたんだよ」
ふふーんって、満面の笑みを浮かべて少し、ドヤ顔も含んで彼がそう言った。
それは一体、どういうことだろう。オレも冒険者だったのか。いやまさかだろ、それ。戦いはできないからな、オレは。
「勿体ぶらずに説明して欲しいっす」
「その説明よりも僕の質問に一つ一つ答えてくれれば、少しは見えてくるはずさ」
彼の質問に答えれば、この状況が把握できると言う解釈でいいのかな。
とりあえず、聞くしかない様だ。オレは首を縦に振った。
「リンクってさ、女神の従者なんだったよね?」
「……!」
「やっぱり覚えているんだね、そこは。女神の祠へは行ったことあるの?」
「あ、あるにはあるっすけど。そ、そ、そんな話までしたんすか?」
「いや実はね、君からは直接は聞いてないんだ。君は声を失くしていたから」
「そうっすよね。なら、メモに書いたとか」
「うーむ。出会いの記憶からが飛んでいるな、こりゃ」
「記憶が飛ぶんすか、空をブーンと、こんな感じで」
オレは上空に手先をスーッと上げて真面目な面持ちで言った。
「あはははー。リンクって面白いね!」
笑われてしまった。面白いか。もちろん分かっているさ、彼が言う意味は。
だが、ここまでの質疑応答で、こちらの心境は心臓が張り裂けそうなくらい、バクバク鳴っているんだよ。シュウタは一体どこまでの事を知り得ているんだろう。オレは全てを彼に打ち明けてしまったのだろうか。半月、つまり二週間ほどの付き合いだとか言うが、初日の夕刻までしか交流をしていないらしい。しかも、オレは声が出ないから、書いてやり取りをしたのだな。
それなら彼の手元にあのように証文として残る事は百も承知だし、絶対オレがあのことを打ち明けるはずは無い。
彼はまさか、全ては知らないはずだ。今だって知っているなら聞く必要ないわけだし。
「聞いてばかりだけど、もう一つ、聞かせてね。リンク。落ち着いて聞いて、落ち着いて答えてね」
うん?
何だ、彼の声のトーンも真面目なものに変わったぞ。
次は何をぶつけてくるのだろう。少し、怖いな。
「ねえ、リンク。僕たちは神様の前で出会ったんだよ」
「──!」
な、何を!
何を言い出すんだ、このシュウタって子は。
もう後戻りできないのか。やはり運命は何も変わってはいなかったのか。
こ、これ以上の会話は避けるべきか、流れに身を任せるべきか。
避けたところで出口は見えないだろうな。おまけにここでもし、彼に嫌われてサヨナラされたら、周辺の、恐らくは山賊だろうが、奴等の存在をさばけないこっちが詰むことになる。
オレの味方はこの子しかいない、この「レンゲキのシュウタ」という少年しか居ないのだ。ここは一つ腹をくくる以外にはないか。
勿体つけずに話せと言っておきながら、オレが返事を出し渋れないじゃないか。
「か、神様って……。しゅ、シュウタも女神にあったのか……ルシルさまは、何と仰せになっていたの?」
唇の先は震えながら、喉が異常に渇きを感じた。
彼が味方だと信じるしかない。
「やっぱり女神ルシルの方か……」
「る、ルシルさまの方かとは、どういう意味っすか。他にも神様が?」
「そろそろ状況を話そうと思うけど、先に詫びておくよ。ごめんねリンク。試すような事を言って不安にさせた事。話せないことまでは無理に答えなくて良いんだよ。誰にも秘密はある。話したくない過去を人間は一つや二つ背負っているものだから。僕も同じだから」
ハッとさせられる言葉を添えてきた。
「いいんだ。オレを想ってのことでしょ。気にしてない、ありがとう」
それにしても女神じゃない神様に、二人とも出会ったと言うのか。
「状況説明をすると、こうなる。静かに聞いていて欲しい。
まず、僕らは死神を名乗る者に会った。僕は別の世界で十五歳の夏に死んだ。その後、死神の前で異世界シュートリアに転生させて貰えることとなった。転生に際しては格別なる能力を賜った。
この折に僕はチート転生の条件として、死神からリンクという名の君を託された。君が女神の従者であることはこの時、死神より聞かされたんだ。死神はさらに僕に言った。
『リンクは、シュウタ以外の人間には姿が見えない。リンクは声を失い会話ができない。リンクは妖精で性別は無い。リンクを無事に女神ルシルの元へ送り届けて欲しいのだ。女神ルシルは、女神の祠に居る。祠の所在地はシュートリアに居る、錬金術師か高等魔法使いが知っている。その者らを訪ねよ』
リンクを無事に送れば、僕の任務は終わる。自由になった僕は転生後の世界でずっと気楽に生きる。僕には桁外れの魔力が体内に内包されている。
そして死神より、冒険書を受け取った。僕は死神に小遣いをねだった。死神は気前よく一億と百万くらいのお金をポンとくれた。
その後の細かいことは、後でおいおい話すとする。記憶がないならさぞ驚いた事だろうが、僕で分かる事なら答えるので質問してね。あと、君の世界でリンク自身も死んだか、死にかけたと死神が言っていたが、詳細は伏せられている。神様の口は堅くて聞けなかったよ」
「…………」
えっ!?
な、何ていったの? あそことあそこの部分、ごっつう気になるわぁ。
いやはや、衝撃過ぎでしょ! 言葉を失いました。こんな経験をしていたのか。この子。
だけどこれで少し、話が見えて来た。だって心当たりがあるんだもの。こちらの現在の記憶と符合する。死ぬと、死神の所へ行かされるのか。びっくりだな。死神ってどんなだ。さぞやおぞましい姿なんだろうな。
しかし、なぜ一部分の記憶がないのだろうな。
「死んだからか……でもシュウタは」
思わず小声で呟いてしまった。
彼は記憶を保っている。人それぞれなのだろうが。
オレにとっても、シュウタは必要不可欠な存在だ。オレは女神の所へ戻れるんだな。
最後は単刀直入に打ち明けてくれた。ここまで聞かされたのなら──。
彼にはもう少し説明を加えて貰わねば、彼もオレが答えられる範囲の知識を必要としている様だ。
それは、なんともありがたい。
ありがとう




