三十四話 《リンクの冒険書は傷だらけのデジャヴ》①
──軽い口調でささやいて──
◇◇◇
あの死神の素顔が、まさかの僕自身だった事にショックを受け、夢の中で悲鳴を上げてしまった。
そこで気を失ってしまった様だ。
そしたら、また目が覚めていた。
「あ、リビングの明かりはつけたままだったか」
目を覚ましたら眩い光が、眼球を刺激していた。
またあの白い世界かと、一瞬、嫌気が差したが、違っていてほっとした。
よくソファーから転落しなかったことだ。
ソファー自体、シングルベッド程もスペースがないから、ショックで寝返りの一つも打っているはずなのに。
しかし、考えもしなかった強烈な場面だったな。
夢の中の出来事だが、そこに行くと夢ではなくなる。
生き返しを受けて、生前の自分が死を選択した直後からやり直した、いや、生き直した人生の続きが待っていたのだ。
それが初めて死神と出会った時の出来事だった。
最初は何かと思って混乱するも、自分の死によって「ああ、異世界転生できるやつだ」そう思ったけど。
今思えば、
「別に、心から喜んでいたわけじゃないけど」
死んでしまったのなら。その自覚が出てきたら……。
少しは異世界ファンタジー物、知ってたから。
そんな欲を出せる自分が惨めで無様だから、そう言ってはしゃいで見せたのさ。
馬鹿な期待に胸躍らせて、喜べば喜ぶほど、地獄行きが早まると思ったのさ。
でも死の実感など感じられない。だが、そこから何が起ころうとも素直に喜べる自分など居やしなかった。そんなことより、僕は早く、その場からも消えて居なくなりたかった。
そこがどんなに暗がりだったとしても。
そこがどんなに愛を得られぬ場所だとしても。
家族を捨てた自分の居場所なんかいらない。
そこに自分の意思が発生すること自体、嫌悪しなければ、僕もまた生きた人間であるかのように、再び涙を流すことだろう。生まれて来た思い出にまでいじめられて泣き続けるのだ。
泣くことなど到底許されないんだ僕は。
分かっているんだ。
肉親に永遠に会えなくなったのは僕じゃなく、ふたりの方なのだ。
ふたりを僕が殺したようなものだ。だから会えなくなったんだ。
自殺を何度もためらっていた時、そのように想像をしていたんだ。
ふたりを永遠に枯渇することの無い、悲劇の牢に入れた張本人は僕なのだ。
「天罰だと思っている。元の場所に戻った時もそう思っていたよ。もしもショウタが居なければ、引き籠りになっていただけだろうしな」
だけど死んだ自分がいる。
なのにまだ、ダラダラと誰かとそれまでの経緯について問答しなければならないとか。
「死後の世界、手続きめんどくさいな……」
というより、能書きはいいから、もう殺してくれと内心で叫んでいたよ。
それなのに生き返れだとか言う、アホ死神のせいでその選択肢しかなかった。
折角死ねたのに。
人はいつか誰でもその時を迎え、その運命を受け入れざるを得ない。
だけど自然の摂理で逝けない人間は……いや自害で死んでも死ぬこと自体は自然の摂理だろ。
その死後に死に方について、死神から難癖つけられて、生前世界に強制送還させられたんだ。
「魔法使いのあいつ。なんて言ったかな」
ああ。ショウタだった。
友だちができた。
心の友、そんなことで大喜びしたりして。
自分の中に居るのだから、決して裏切らない。
だから頼りにして、楽しい時間も知った。
だけど束の間だった。
卒業シーズンが過ぎ、三年の新学期から夏休みの途中までだったな。
「ショウタ。お前はまだ生きているのか? 死んだときは何処へ行くんだ」
あいつには、うんと長生きして欲しい。
僕は、君に何かを教わった気がしている。
憎しみと怒りの果てに暴走が待っていた。
魔法の暴走ではなく、感情の暴走が。
死神の弟子の君が「慎重」になれと言ったあの日。
あの最後の日。
知らなかったとは言え、君の親友だった彼を僕は、君を奪われたくない一心で。
君と離れたくない一心で。
引き剥がされる悪い予感がどうにも止まらなくて。
ごめん。……ショウタ。
「聞こえない振りしていた──」
君が僕の中で、必死にもがいていた事を。
頭が痛い。
今にも割れそうだ。
君は、僕ではなく死神に助けを求めた。
君にも何か任務があったんだろ?
「──だって、君も」
あの死神から、僕を託されていたんだから。
逆なんだと言うことに気付いてしまったんだ、あの日。
僕との旅は、最初から君のための舞台だった。
「そうだろう……ショウタ」
今ここで眠っているリンクも、きっと……。
ふふ。
生き返りを激しく拒んだ折、死神が僕に放った強烈な一言があった。
『連射パッドで多くの者達を漸滅させた、その残忍さは何だ』と。
頭のイカれた奴が目の前にも居る。
最初はそう思っていた。
ゲームの中はフィクションだ。
CGによって描かれた二次元の産物たちだ。
なのに何を躊躇い、レベル上げをしないゲーマーがいるのかと。
敵を倒さなきゃ、話にならない世界だ。
フィクションだが、入り込んだ者達は、全員が同じことを実行するんだよ。
金も物も、経験値や武具の熟練度も、魔法の習得も、その修練の成果も全て奪うんだよ。
味方など居ない。
全て敵なのだ。
主人公は一人。
パーティー制じゃない。
eスポーツはオンラインゲームだから。
僕のは最初から最後まで制限時間内を一人で生き残りを競う、アクションRPGなのだ。
僕の世界では、合法なの。
悪いことなんかじゃないの。
ふっ。
死にぞこないへの説教が、たかだかゲーム世界の魔物の殲滅の話とは。
心配しなくても魔物は無尽蔵に湧いてくるから、魔物の品切れはないの。
店に売ってはいないけど、
「品切れすることは無いのっ!」
僕はあいつのアホ過ぎる言葉に、そのように脳内で憤っていたんだ。
死神の言っていた思惑。
ショウタが苦しみの末に死神を呼び出してからの死神の台詞だ。
その言葉を聞いた時、ようやく悟ったんだ。
あいつは……死神は僕の怒りや憎しみを焚きつけたんだと。
ショウタと共に生き返すその真意。
ショウタは生きる運命の者。
僕は死する運命の者。
「死神は、それすら知っていたのだから──」
そしてショウタの記憶の封印を解いたら、ショウタが生き返る為に必要な魔力の供給を僕に託した。魔力を全力で消費した僕は、そこで息絶えた。
ショウタはそこで生き返り、生前の世界へ。
「それは、つまり……死神、お前は」
お前は、ショウタに死なれては困る特別な理由があったのだ。
いや、正確にはショウタが生きて、僕が死ななければ、お前の思惑が外れるのだ。
お前の思惑は半分だけ達成されたな。
いや、何もかも僕の憶測に過ぎないさ。
自分でもうまくまとめられていないし、まだ謎は残っている。
ただ、転生後もずっとそんな事ばかり考えていた。
すべて死神についてだ。
僕の記憶も曖昧だった。
死神は僕らの記憶の操作ができる。それは確かなことだ。
だが自在には行かないのかも知れない。
一度につき、定量があるのかも知れない。
少し、頭の中のモヤモヤを整理しておきたくなったのだ。
一、死神は敵なのか、味方なのか。
二、死神は記憶の操作ができる。
しかし、ショウタを死なせたくないなら、何故あんたの絶大な魔力を使わないのか。神の魔力は億越えなんだろ?
三、死神は僕を殺した。憶測の域を出ないが、僕の異世界転生には明確な意図があるはずだ。魔力は元々僕自身の物だった訳だし。僕を転生させ、異世界へ送るメリットが何かは謎だ。
四、死神がショウタや僕に説いて聞かせたことは、全てが真実なのか。
人の記憶を消しておいて、どうも疑わしい。リンクのことだって、女神のことだって詳細は何も聞かせてもらってない。
この部分は僕自身が問わなかったこともあるが。
五、女神の祠、場所名くらいも明かせないのか?
錬金術師が知っているのに、何故神様のお前は知らんのだ。
別に知らないと言ったわけではないが。
最後に、リンクのことについて。
彼は死にかけていたと聞いている。危うくあの世へ送る所だった、と。
リンクを死なせることも、死神にとって都合が悪いのか。
もしも、その点も逆説を唱えれば……いや待てよ。
僕は死神に利用されている感が否めないのだ。
脳内に浮かんで来るモヤモヤは、その疑念から来るのだから。
ちっ。イラつく。
魔法使いとして、多くのいじめっ子たちをボコリ倒してから、僕も柄が悪くなったのかな。いじめに抗えなかった僕は、感情を押し殺して生きて来た。
それがどうだ、魔法使いになった途端に……。
いや、止めて置こう。
もう過去世のことだ。だけど、何かを忘れている気がする……。
他にも謎は多い。
神撃とは何を意味するんだっけ。
オノノキ一族、そいつらは確か女神に仕えておったな。
「やっぱり女神か。女神のことはリンクに教わるしかないな」
それにしても眠ればまた死神の独り言を聞かされるのだろうか。
どっと疲れた。
ちっとも寝た気がしないぞ。
脳味噌が休まってないのだ。
なんにしても、
「ホラー仕立ての結末……」
何とも目覚めの悪いラストなんだ。
いや、あれでラストじゃ、意味不明だ。
夢と言えども、生前の記憶の試練なのだから、そこにも何か意味があるはずだ。
そもそも、夢の中の自分に、僕自身の生き返しの実体がシンクロできない現象が最も気になる。
ムービーを見るような。
それも少し違う。
「現場には居るんだが、過去の僕とショウタが居て、その二人を客観視している存在」
そう、そんな感じだった。
それに死神自身も、死後の記憶を持つ僕がすぐ傍に居たのに独り言なんて言い始めるし。
そして、面の皮を剥がして、何か言っていたな。
不敵な笑みをみせながら。
あれは、確か、未来のショウタに向けての発言だったように思う。
思うだけだ。外れかも知れない。
しかし、驚愕してしまった僕は、夢の外に出されてしまったから、様々な確認が取れない。
「本当に僕が、死神なのか。ショウタも僕に瓜二つの少年だし。ショウタが……」
ショウタが未来の死神なのかも知れない。
死神と言っても、神様な訳だし、自害で死んだ小市民の僕に飛び切りの肩入れをしてくれる理由が本当は、不思議でならなかった。
リンクの事情だけの理由では、薄い気がする。
死神より再び託された少年リンクは、僕に似ては居ない。
それについては、ほっとしている。
そりゃほっとするよ、同じ顔ならショウタじゃないか。
そいつが死にかけたら僕はまた全力で魔力をくれてやり、死ぬのかってことになる。
実際、リンクは死後の世界に居たわけだから。
妖精さんが死んだ理由も重要なポイントになるのかもな。
まあ、あれこれ知らない方が気楽に旅はできそうだ。
◇
リンクが、スヤスヤと気持ち良さそうな顔で眠っている。
どうやら、僕が悲鳴を上げた様子はないようで、安心した。
リンクはどんな夢を見て居るのだろう。
「全く、汗だくだ。シャワールームがあったな。よっこらしょ」
眠るとロクでもない場所に戻る気しかしない。
ひと風呂浴びて来よう。
リンクの睡眠を妨げないように、忍び足でシャワールームへ。
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◇リンク視点、夢の中◇
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『さあ、目の前に置かれた赤い宝箱、青い宝箱。お好きな方をそこの、ワイルドなお兄さまに、あ・げ・る!』
その声は、世間に植え込まれたイメージとはかけ離れていて。
ささやく様な、やさしくも甘い声が天から降りてきた。
そこには誰の姿も見当たらず、その声だけがオレの耳に届けられていた。
「いい声出してますね。オレは好きっすよ」
『あら、お上手なのね』
「上手なんてそんな、ほんとにセクシーっすよ」
『まあ、おませなのね』
「ませてなんかいないっす。オレもう二十歳っすよ」
『あら、青春まっさかりじゃないですか?』
「そうありたかったんすけど、なんかうまくいかなくて」
オレの目の前には小さな祭壇があった。宝箱らしきものが、そこに見えていた。
降り注ぐように天から降りて来た甘い声の主が、女性である事だけ知っていた。
いや勿論、誰かも知っているつもりだ。
『残念ですね。わたし好みの野性的なお兄さまなのに』
「あは、出逢う場所をまちがえましたか。やり直せるならいいんすけど」
『やり直しをご希望されますか?』
「えっ⁉ できるみたいに応えてくれていますが」
『どのあたりをやり直したいと仰ったのか、聴かせてもらえれば』
「う、うれし涙がでそうっすよ」
『でも、あんまり期待しすぎないで……ください』
「いえ、今のは気にしなくて良いんすよ」
『はい。聞き流してございます』
「叶うなのら、この宝箱を選ばなくて良い選択肢を教えて欲しいっす」
会話を交わす部屋の奥壁のど真ん中にしみったれた女神の石像が置いてあった。
やさしくも甘い声は徐々に響きを増し、そして祭壇の上に置かれた横並びの2種の箱に光が差した。
オレの耳から胸に染み込んで来たその声は、可憐な乙女の様でもあり、長きにわたり世界を見守る威厳も少し感じられる。
時を遡ること数分。
天井までは、およそ6m。周囲を見渡せば、今は開かない出入り口がひとつ。
そこから女神像の背後まで、ほぼ石室のようだった。
女神像の背後に別室に繋がる出口がうかがえるのだが……。
なんだか分厚い木の板を張り合わせただけの、隙間だらけの即席の扉がはめてあった。
「か、硬くてオレなんかの力じゃ、ビクともしねェな」
像の傍に回り込んで念入りに調べたが、あっさりと開きはしなかった。
板張りの隙間から陽の光が、こちらに差し込んできてまばゆく心地良い。
隙間の向こうに景色が映る。中の景色が気になって、そっと覗いた。
奥に垣間見える空間からは、壁や床に草や木の根がしっとりと絡まり、奥の空間を閉ざされた秘境に変えている様子だった。長い年月を感じるが、人類の介入の気配は無いようにも感じられた。
「神秘的な風景だ。まるで、神殿でも隠されてそうな雰囲気だな」
なにが見えると言えば、全体が見渡せないのではっきりとしないが、清潔感のある純白の背の高い石柱があるのではと思えた。
そこに天井はなく、吹き抜けになってる感じで中庭だと思われる。
ここに来て、わずか数分の無音状態の時間がオレの好奇心をくすぐった。
何だか後ろめたい気もしたが、こぼれてきた光の出どころが知りたくて。
辺りを隈なく眺めて、隠されていた部屋を見つけ、覗き込んでいた所に、
『そろそろよろしいでしょうか?』
不意に声が聞こえて、口から心臓が飛び出すかと思ったくらい驚いた。
「うわ、ごめんなさい! 勝手に覗いたりして」
『それについては、お気になさらないでください』
後ろめたさを咄嗟に拭えない自分がもどかしくて、
「おとがめが無いんっすね、ありがたいっす」
『ここを訪ねて来る皆さん、同じことをなさいますから』
覗きをする姿を見られていた、それを思うと天罰が下らないかと恐怖を覚えて。
気付けば、アホ面下げて懸命に詫びをしていた。
この様な場所を訪れる客がそんなに居るとは考えても見なかった。
『お兄さまには、そちらの宝箱をおひとつ選んで頂くだけですよ』
女性の声が、宝箱を選ぶ様に訪問者を誘導してくれる。
教わってきた通りの展開に至って安堵した。
あまりにも意外で、お気軽な応対だったもので、オレはついつい、
「いい声だしてますね」と、
軽い口調でささやき返してしまった。
──お兄さまなどと、軽い口調でささやいて居るが、
その声の主こそ知る人ぞ知る、『転生の女神ルシル』の声だった。
ここは、女神ルシルの祠だ。
聞こえたのは、いわゆる神の啓示というものだった。
ここに来れば、その体験があるのは先刻承知ではあったが、この様に気楽なものとは考えていなかったので、予想とは違う展開に行き着くみたいだ。
まさか、話に聞いていた醜悪な女神がこうも人間に好意的で、運命に逆らう様なこちらの要望に応えてくれようとは……。




