二十九話 神撃の⑦
《連撃のシュウタ》 神撃の⑦
いつだったか聞いたことがある。
自殺をすると天国には行けないと……。
◇
今僕は、この世ともあの世とも言えない三途の川の手前にいる。
ショウタの具合が悪くなり、魔法の効果が得られなくなった。
そのせいで、不良少年ナオトに窮地に追いやられていたのだ。
今は、ナオトが何者かを問う余裕もなく、そんな状況でもなくなっていた。
ショウタは頻りに僕とナオトの会話を止める様に声を上げていた。
でも二人の白熱する感情の荒波が、ショウタの声を遠ざけてしまっていた。
「ごめん。ショウタの事も考えず、僕が前に出過ぎた」
ショウタと僕の関係と魔法の事は他言無用だったのに、ナオトに向けて呪文の話をしてしまった。その上、呪文の言葉まで聞かせてしまった。
それでもショウタは、自分の何かが原因だと言い、僕を責めなかった。
冷静さを欠いた僕の落ち度なのに。
「だって、まさかナオトも魔法使いだったとは思いもしなくて」
自分がナオトを魔法で石化させてやろうと企んでいたものだから、相手への攻撃呪文が無効化されたら、その焦りは半端ないものに変わってしまっていたんだ。
そして、ショウタは不調の原因を訊ねる為、再度、死神への謁見を申し出てくれた。
辺りが静かに闇に包まれていった。
暗転した空間へといざなわれたかと思うと、赤い闇が僕らを包み出していた。
◇
『ついに解かれ始めよったか……』
聞こえて来たのは最初に出会ったあの若い死神の声だった。
死神が淡いブルーの光に包まれて姿を現した。
暗がりの洞穴の中で、耳に心地よい程度の水の流れる音が染みて来た。
死神は、僕の顔を涼しい目をして見つめていた。
再びここへやって来る事を知って居たかの様な口振りで。
何がどうなっているのかと訊ねたいのだが、言葉を上手くまとめられないで立ち尽くしていると、
『──私は、ショウタの生死に関わる重要な心の記憶を封印していた』
死神の方から話を切り出してくれた。
死神の弟子だと言って、ここで彼を紹介された時、僕にそっくりだった彼を見て不思議に思っていたのだが、やはり彼には何か秘密がある様だ。
ショウタは死神によって記憶に封印を受けていたと言うのか。
それが、僕とナオトのやり取りの中で自然と解かれ始めたと言っていると受け取って良い様だ。
「なぜ……」
僕は、震えながら唇から一言だけそう漏らした。
死神と言うと、不吉な事を告げに人間の前に突然現れる暗黒の番人。
残された寿命を告げて、やり残した事はないかと巨大な鎌を手にしてフード姿で闇夜に浮かぶ月と共に不気味に現れる。ビル街の上空に吹き荒ぶ黒い風が似合う孤高のハイエナ。
暗黒の威厳に満ちたつむじ風が彼の全身を讃える様にまとわりつくと、風圧にフードがバッとめくれて晒されるその素顔は、決まってドクロ。
そんなイメージをずっと持っていたのだけど、実際、会って話すと意外なほど人間に近しい容姿だった。変身していない保証はないけど。
それでも今は、身体に震えが走るんだ。
以前の様に僕の口数は多くはない。僕なんてちっぽけな存在だ。
『──そいつが邪魔立てをしてショウタを成仏の導きから遠ざけておった』
「ショウタって死んだ人だったの?」
『ナオトが打ち明けた事を覚えて居るか? それがショウタの事なのだ』
「……」
やっぱり、オノノキショウタと言っていたもんな。
ほぼ同一人物だと思ってはいたけど、ただ認めたくなかっただけだ。
何かを抱えてそうだったから、僕から離れてナオトの方へ行ってしまうんじゃないかと考えると悔しくて、ナオトなんかその場で消し去ってやりたいと意地になってしまっていたんだ。
でもナオトを倒そうとすると、ショウタが激しく苦しみ出した。
ショウタが抱える何かを取り戻す前にナオトを思い出ごと葬れば、ショウタを僕だけのものにできると、焦りが生じた。
僕が自分の行く末だけを必死に守ろうとしたために、結局こうなった。
今、死神が僕に明かそうとしているショウタの真実を聴くのが怖くて震えているんだ。
『そう案ずる事はない。不安に怯える必要などないのだシュウタよ。さあ、心を穏やかにして私の声だけをとくと聴くが良い』
死神の彼はそう言ってくれるが、真実を知れば別れが来る。
残酷で冷たいその予感は僕の脳裏から離れてくれない。
◇
僕の記憶はまだ出会ったばかりのショウタの影を忘れられないでいる。
日を追うごとに育まれて行く喜びが、忘れ得ぬ友情へと進化していた。
頭の中に君がいて、君との間に差し込む光にいつでも心をくすぐられていた。
うつむいていた日々から立ち直らせてくれる癒しの種を心に植えてもらった。
悪戯や仕返しの悪だくみであっても、僕の心血はその種を刺激し続け、いつしかお祭りの囃子の音を聴く様に明るく楽しき思い出へと変調していった。
君と歩いたつづら折りの坂道、君と開いて指差した宝の地図、心に芽吹いた双葉の未来を語り明かし、同じ枕で同じ夢を見続けた時間は途切れる事なく永遠と信じて生きた。
僕らは十代半ば、僕らは秘密の力で、僕らはこれからも強い絆で結びつき、離れる事があるなど夢にも思わず、無敵のコンビで進んで行くのだと。
僕らの元気の良い足音は、悲しくうつむいた学友の心を一つひとつ撃ち抜いた。
2人で指先に灯す小さな魔法は、友の濁った表情に虹をかけて、学園の隅々に恋の花を咲かせてきた。
雪景色の様に真っ白な一片の青春の1ページに何を描き出して行けるのか、夢見る皆の目は僕らに最初に使う絵の具の色を決めてくれよと願いを届けた。
彼らの信頼に足りる者として。
照れながら僕らは答えた。
それじゃ桃の色をその胸に留めておいてよ。
意味を問う彼らに僕らは真剣に答えた。
昔からモモは魔を寄せ付けないと信じられていた事から、花言葉に「天下無敵」
その言葉が充てられていたと。
夢見る花の十代の皆の目が一層輝きに満ちた。
その言葉を胸に留めて、人生がその言葉通りならどんなに心強いだろうかと。
その言葉を胸に迫りくる悩みの種に果敢に向き合って敗れたとしても。
その言葉を贈った僕の事を思い出し、遠い未来にも頼って来てくれるのか。
言った僕らも改めて喜び勇んだ、「天下無敵!」
桃ノ木シュウタ、ここにありと。
僕らとは言うまでもなく、ショウタと僕、ふたりでひとりの僕ら。
無敵とは言うまでもなく、崩れざるふたりの関係性。
もしもショウタが僕の中から消え去る時が来るのなら、僕らは消滅する他ない。
いつかその日その時は来るかも知れないが、ふたりはまだ出会ったばかり。
もっと君と居たいんだ。もっと君と話をしたいんだ。
もっと君と夢を語り合いたいんだ。もっと君と派手な魔法を生み出したいんだ。
もっと君からダメ出しを受けたかった。君のジョークが聴きたかった。
君が投げかけてくる疑問符に答えている時間は、僕が先輩の様な気分になれた。
それでも君は不思議な存在。ロボットやAIなんかじゃない。
人間の知らない世界を知り、泣き言とは縁遠い強くて頼もしい友達。
もっと君にこの街を見せてあげたいんだ。
もっと君にゲームの楽しさを知って欲しいんだ。
もっと君から悪魔のささやきを聴いて……さすがは死神の弟子だと、
もっとずっと腹の底から笑っていたかった。
もっと……ショウタと。
ずっと……君と。
まだ君と別れたくない、僕は時を止めた様に震えながら涙をこぼしていた。
◇
『シュウタよ。ナオトはショウタにとっては大切な宝だと言ってよい。しかし、そいつは深い後悔の念に包まれていた為に成仏の妨げとなった。生死の境をさまよい、やがて地縛霊となり、人々の災いと成っていった哀れな少年ショウタ──』
「……」
ショウタも自殺だったんだよな。親友のナオトを置いて。
確か……死神は以前、僕にも似たような事を言っていたな。
自殺すると天国には行けないと。
かと言って、即地獄行きと言うわけでもないと。
ショウタもそうだったって事か。
『もはや解き放つ以外には無いようだ。封印を解く、戦記ショウタの宝とは、北条ナオトとの「失われし友情」。
さあ、時は来た! 今こそ受け取るが良い!』
死神の張りのある声が洞穴内に響き渡った。
記憶の封印を死神の力によって、解き放たれたショウタの声がかすかに聞こえた。
霊界ともいうべき死後の世界。
「!」
死神の前で、いや……僕の目の前で!
ショウタ? が両手で頭を抱えながら立っていた。
僕も目を疑って、慌てて自分の身体を確認する様に手でまさぐっていた。
僕は僕で死んだときの制服姿のままで、そこに立っていた。
ショウタは、一糸も纏わず裸の状態でキョトンとしていた。
どうやら僕らは、ふたつの身体に分離させられている様だ。
まるで幽体離脱でもしているのを見ているかの様に。
間もなく、ショウタの全身を淡いブルーの光が覆った。
次の瞬間だった。
「……うっ……そうか! オレは……オレの名は、戦記 翔太。何もかも思い出したぞっ!」




