二十六話 戦記の空⑬
《連撃のシュウタ》 戦記の空─オノノキのソラ─⑬
(それより、漏れてるよシュウタさん。声が外に出てるよ。周囲に翔太とのやり取りが駄々洩れじゃないか。きっと、おかしなことになるよ。コレ)
◇
「おい、今なんて言った⁉ オレはオノノキとしか言った覚えはないぞ」
「えっいやその、何が」
「ショウタ、ショウタと繰り返し叫んだだろ! それに」
「それに、なに?」
「今お前、古井戸の妖精ナオトって確かに言ったよな?」
「いやその、それはね……。妖精の名をえっとですね」
「ペラペラと誤魔化すんじゃねェよ! 井戸の妖精の話を頭抱えてする奴があいつの他に居るものか」
「いや……」
頭を抱えていたのは事実だ。
翔太がシュウタの頭の中で、もがき苦しむから、シュウタの身体でもあるので条件反射で動いてしまっただけだ。
それを傍で見て、ナオトがシュウタの漏らした言葉を勝手に拾ったに過ぎない。
ナオトがシュウタに対して、怖い顔をして詰め寄った。
感情的になって詰め寄ってきた。
古井戸の妖精ナオト。
その不思議な言葉こそがナオトの心を熱くしたのは間違いないが。
それは翔太がもがき苦しむ中で、出してきた独り言だ。
おそらく翔太も無意識に発した言葉なのだろうが。
その事については、シュウタにもナオトにも恐らく翔太にも責任は無いだろう。
さっきまで青春を満喫する様な良いムードだったのに。
さっぱりとした気持ちで拳を交えたら、お互い良い友達関係が出来上がっていきそうなぐらいのアットホームな空気だったのに。
シュウタがおかしな独り言を言ったせいで、オノノキとの想い出に浸るナオトが
腕をつかみ、シャツの胸元を鷲掴みにして、シュウタに食いかかってきた。
別に汚い言葉を浴びせて糾弾した訳ではない。
ナオトにはシュウタを傷付けるつもりなどなかった。
その気があるならこんな話を彼にしたりはしないだろう。
オノノキとの過去の話は確かに今、聞かせてやったが、と。
そこに古井戸の話題が出て来て、寺の屋根から真っ逆さまに落ちたのは、幼少時のナオトだと言う事も聞かせはしたが、一言も妖精なんて話も、言葉も出した覚えはないと、ナオトは血相を変えて問いかけてきたのだ。
オノノキが死んだのは一年生の時だから、二年前。
例え元気で生きて居ても、少しぐらい顔立ちが変わる程度。
それでもシュウタは彼の事を容易に思い出させてくれるほど、似て居たのだ。
今日出会って、軽く挨拶を交わしただけのナオトがそこまで打ち明けるのだから、驚くほどそっくりだったのだろう。
ナオトにしてみれば、どれほど不思議で貴重な出会いであったのか。
親友のオノノキとの、それはまるで秘め事であるかの様に語るのだ。
「どういう事なのか詳しく聞かせてくれ、シュウタ!」
「どういう事かと言われても……確かにショウタと言った事は認めるよ」
「おお、認めたな。お前、絶対オノノキ……いや、翔太に会ったコトあんだろ?」
「あるよ、僕だってこの町の人間だから、その名の子には出会ったさ」
『おい、シュウタ。その話はタブーだ! 約束だと言っただろ』
「だがナオト!……その話はタブーだ、言っただろ? 約束だと!」
急に翔太が頭の中に言葉を挟み込むものだから、シュウタはつい口走っていた。
「お前……その言葉。翔太は、お前にも喋っちまったのか? あのことを」
「えっ、あれ? 今のはその何て言うか、物の弾みで」
一つ何かを潔く認めると、新たに一つ誤解が生じる。
「まだ誤魔化そうと言うのか? 物の弾みで出て来るセリフじゃねェだろ、それ」
「へっ? どういう事?」
「頼むよシュウタ! 訳の分からない会話はもう止めてくれ」
訳が分からないのはシュウタも同じ事の様だ。
物の弾みで出た言葉なんだけどな、とシュウタの方が驚いて戸惑っている。
そしてこの訳の分からない会話の連鎖は、ナオトから始まったのに。
止めてくれ、とナオトにせがまれて困惑が止まらないシュウタ。
しかし、
今にも取って食われそうなほどにナオトが恨めしそうに詰め寄るものだから、
「ぼ、僕だってナオトが強張った顔で詰め寄って来るから、慌てただけだよ。意地悪なんかしてるつもりは全然ないよ」
この状況をなんとか打開したくて、シュウタは生じている誤解を一つずつ、ゆっくりと薄紙を剥がして行くように答えた。
生じている誤解と言うのは、無論、翔太とシュウタが魔法使いである事を誰にも明かせないという一点が問題点である。
その過程で偶然漏れてしまった翔太との会話の一部分で、ナオトとの間にも誤解が生じたことである。
ナオトとの間に要らぬ誤解が生じるのは、戦記 翔太が大きな原因だ。
それと桃ノ木シュウタと戦記 翔太が瓜二つの容姿をしていることである。
元々瓜二つだったのだが、今は翔太の身体にシュウタの魂だけが入っていて、二人は同じ一つの身体を共有していることにある。
街中の不良を束ねる様なカリスマ番長ナオトが、それまで無名だったシュウタに格別な思い入れで急接近する理由もそこにあった。
だがナオトは、最早死んだ親友の面影だけでシュウタを見ては居ない。
死神の翔太がシュウタの頭の中で突如、苦しみを訴え出した。
シュウタにすれば翔太は頼みの綱だ。
今まで一度も無かった経験ゆえだ。
驚いて咄嗟に翔太の名を叫んでしまった。
だが、声に出して呼びかけた名は、ショウタ。
それだけだった。
どこにでもある、よくある名前だ。
どこにでもある名前だが、ナオトの中では特別な名だ。
ナオトの中で格別の存在となっていたシュウタが、その名を口にした。
同時にナオトだけが知るはずの、誰も知る筈の無いだろう不思議な言葉をシュウタの口から聞いたのだから。
翔太の面影。
翔太の名前。
翔太との内緒の言葉。
その三拍子が揃った以上、ナオトはシュウタをただでは帰してくれそうにない。
名前や妖精の話題ぐらい想像力でどうにでもできたものを。
翔太ならそう思うかも知れないが。
そこでシュウタが機転をきかせて上手く立ち回れれば良かったのだが、魔法の行方が心配で慌てていた為、ナオトに強く問いただされた折、思わず認めてしまった事も余計な隙を作る事となった。
人の弱さが如実に表れた結果と言えよう。
「──だったら、翔太がお前に話した妖精の約束を聞かせてくれないか…」
「いやちょっと待ってよ、そこ。誰にも言わない約束だからタブーな訳でしょ?」
「……」
「君さ、井戸の妖精に喰い付いてきたけど、翔太と話したんだよね、それ」
「……」
「君のその話は、詳しく僕にも聞かせてもらえるのかな?」
ナオトがシュウタに訊ねてくる話題は、この良く分からない問答の直接的なきっかけとなった翔太とのタブーの話だ。
どうやらシュウタは落ち着きを取り戻してきた様だ。
ナオトが返答に困る様な質問の盲点に気付いたのだ。
井戸の妖精の話。
それを翔太と話してすでに知って居るのなら、こちらに尋ねる理由は何か。
「翔太との思い出話で出さなかったのはどうしてなの?」
「いや……、それは」
「ナオトの知る妖精の話を聞かせてくれるのなら、僕も打ち明けても良いよ」
シュウタは交換条件を提示した。
見るからにナオトは返事を渋っている。
こちらの話が如何なるものか知りたいくせに、自分の知る同じ話題の内容を避けたがる。
これは何かある。
重大な秘密があるのだ。
『や、やめろ。下手な提案を持ち掛けるな。根性の座った奴を甘く見るのはよせ』
「えっ、翔太。あいつと何か関わりがあるの? 翔太のことなの? ナオトが言う翔太って。君もオノノキ翔太だっけ。ねえ、さっき言ってた井戸の妖精ってどんなエピソードなの」
『し、知らねェ。ふと頭の中に湧いて来ただけだ。自分でも何言ってるのかと…』
「それじゃあ、あいつと上手く取引して吐かせるってのはどうかな?」
『火遊びは火傷の元だぜ、シュウタ』
「なに言ってんの? ショウタらしくないな。それでも死神か!」
『オレたちの関係は誰にも口外してはならん。魔法が使えなくなっても良いのか』
「僕たちは、奴等を懲らしめる為にここに来たんだろ!と言いたい所だけどやめとくよ。魔法が一番大事だから。聞き出すだけ聞いたら、ブタに変えてやりゃあ良いんだよ!金貨欲しいし。マジで交渉に応じる訳ないじゃん」
『へへっ、悪くはない。妖精の話なんか興味もねェ。シュウタも益々人間をいたぶるのがお好きになって来ましたな』
☆
(オイオイ、僕ってどんどん柄が悪くなってる気がする。傍に死神がいるとこうなって行くんだな。それにしてもナオト君の出方が気になるよな。僕は妖精エピソードが知りたいから乱暴はしない方向で行きたい。早くマッチングさせてよ~)




