十四話 戦記の空④
《連撃のシュウタ》 戦記の空④
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翌朝も校門付近で検問に遭いたくなかったから、授業開始60分前に教室に入っていた。
窓の外に目を向け、ひとり物思いにふける。
登校中の通学路でショウタが僕にこう問いかけたんだ。
『学校内であれだけの騒動が日常的に起きていて、教育者どもは見て見ぬふりか』と。
「この学校は、生徒間で起きた暴力の問題を教師たちが逐一、とがめだてしたりしないのだ」
『何故、とがめぬのだ?』
「全校の男子生徒の半数が戦闘民族のような血の気の多いやつらで、そこに青臭い新米教師のような正義感で介入すれば、学園は通う生徒たちのものだとの主張が当然おきてくる」
『そりゃ教師も人間、隙はあるだろうが?』
「その隙に多くの生徒が逆に介入すれば、圧倒的に数の少ない教員たちの生活が脅かされるのだ」
『逆に介入するとは?』
「そこなんだけど、つまりこういうことさ。
教師たちが学園内で本来の責務を果たす途上で、多くの問題や課題を抱えすぎると、結局すべての生徒に目が行き届かなくなる」
『うむ、それで……』
「そこを狙ったように生徒側から余計なアプローチが入る」
『アプローチ?』
「そう、小さな親切大きなお世話ってやつ」
『つまり、どういうことなのよ?』
「生徒間のゴタゴタをすべて大人たちが解決しきれない点さ」
『もっと具体的に言ってくれ』
「介入した先生の見せかけの正義感は、教員側の一時の優越にすぎない。
そのことを生徒側から思い知らされることになる」
『いじめられっ子の気持ちと言うやつだな』
「そう。つまり、生徒の立場に立って心のケアを最後まで果たし切ることなどできない時、生徒側はかえって傷付き、人に不信感を抱く様になるからね」
『ほうほう……』
いじめかどうかは誰が決めるのか。
「生徒が否定する以上、成立しないものを教師の目分量で判断していいのか。
こらえて頑張ろうとする生徒の向上心などを、安易に奪う結果になり、教育上これを正解とも言えない。
大人の目に映り込んだ憶測の域を出ない大人たちの都合のための喧嘩仲裁なら、生徒たちを叱るだけの両成敗となることもしばしば」
『その、大人たちの都合ってなんだ?』
「先生は、生徒より立場が上だという先生側の階級の認識さ」
ご自分の主観から生徒の素行の悪さを見かけると、そのお立場から一括して風紀の乱れを正す目的で威厳を振りかざそうとする自己満足が見受けられる。
何より、話し合いで埒が明かない生徒は教員が抱える問題の性質上、教員も感情的に陥りやすく罰を与えるのが早いという結論に至ることもある。
「それでは結局、生徒に問題の早期解決法は体罰や権力による制裁が一番効果的だと説くようなものだ。
そんなものが教育の現場と言えるのだろうかと言う声もある」
『何のために教師がおるのか、分からんな』
「ショウタはどう捉える?」
『教員の抱える問題の性質とは、生徒にナメられたまま引き下がれないという大人のエゴと言うやつか』
「うん、それもあるね」
年頃の子らをすぐ問題視する言葉の背景には、面子が立たないだの丸つぶれだのという大人社会の感情論も浮き彫りになってくる。
『こむずかしい話をどう捉えるかと言われてもな……えっと』
「粘り強い話し合いや筋道を立てた心の説得は好きか?ってことさ」
『……うむむ。人間界ってヤツはややこしいのな。もう、ブチのめしゃあケリがつくんじゃねェの?』
「……ショ、ショウタさん?」
いじめっ子のあいつらと変わらない率直な意見に焦りが少々。
「複雑な社会で適応力が追い付かなくて、ぶちのめされた側で自信を無くして僕、死を選んでますから」
『す、すまん。つい勢いで物を言ってしまった』
子供には子供の世界がある。
大人にも大人の事情と領域がある。
そこへ生徒たちが介入する名分が、
「先生に抱える問題が多いと、ガッコに来ても将来への不安と人間関係への不信感がつのるから、協力して負担を軽くしてあげようと言う彼らの好意ですよ。
そう言っては頼みもしない大人の事情に介入し、引っかき回すのだ」
『オイオイ、そいつは悪意ってもんだろ?』
「そうだよ。だけど…それはいじめを受けた側の気持ちさ」
先生たちにとやかく言わせなくするための彼らの巧みな悪知恵さ。
先生たちの領域も極力侵さないであげるから、大抵のことは目をつぶれって言う交渉となる【生徒VS教育者大戦】がかつて勃発した。
多勢の生徒側に軍配があがったようだ。
それからがうちの学校の伝統は学生の本分である勉学。
成績を上げれば優良生徒で優遇され守られていく。
「成績が良かった時もあったけど、罠にハメられてね、狩られたんだよ」
『お前……それじゃ、やっぱり片っ端からブチのめしていくしかねェだろ』
「ブチのめすのはアリなんだけど」
学校の備品を派手に破壊しすぎたり、重篤な負傷者を出して放置して救急搬送されるに至れば、
「学校側にも事件として扱う覚悟を匂わす警告を発した前例もあるから」
生徒たちも見張りを立てるなど連携をとって、退学の名分を未然にふせぐ工作など悪知恵なしではこんな牢獄学園が成立するはずもない。
『警告にとどまるのはどうしてだ? 見せしめにそいつらをホンモノの牢獄にぶち込んだら丁度いい抑止に繋がるんじゃねェのか?』
かつての大戦では、先生たちも不良生徒にいじめで泣かされて来た。
学校の先生が生徒にいじめられて、不登校になるケースが全国的にある。
「先生の不登校とひきこもり問題、ね」
人は誰しも隙があるものだ。
その弱点をいかに効果的につつき倒すかで、本来、強い立場にあった人でも形勢が不利になる。
『上司が下っ端連中にいじめられて引きこもる……プッ、それ笑えるな』
「な、なにが?」
『あ、いやオレの上司は死神で絶対的でさぁ、見習いにいじめられて引きこもるなど想像したら、つい』
!!!
「あの、一方的トークの死神さんが、いじけて引きこもる。笑える……かも」
『おい、シュウタ! 冗談だよ……聞こえたら消されるぞ!』
人は世間の冷たい風当たりにも頭を悩ます、学校側も同じ。
数の多さは痛みの真実を虚偽の捏造と証言でねじ伏せることができる。
そんな悪意に戦後の国を支えてきた教育界も簡単に引き下がりはしない。
「ただ……保護者たちからの強い抗議さえなければね」
しかし彼らは悪意の罠の後押しとて、保護者たちの人権に対する熱い気持ちすら利用する。
『自宅の守護者だな』
「ヤツらが、魔少年と呼ばれる所以なんだよ」
『魔少年か、何とも美しい響きだなぁ。死神の弟子にひとり欲しいもんだね』
ヨダレ、ヨダレ。
ヨダレを拭きなさい。
「おい、ショウタ! 魔法でいますぐ死神よぶぞっ!
死神の教育がなっとらん! お仕置きタイムと洒落込むか」
『ひ、ひぃ……見逃してくれよ』
「あっはっは! じょうだんだよ、ショウタ!」
……。
『……シュウタ、どうやら団らんの時間は終わりのようだ。オレたちは不穏な空気に囲まれてるみたいだ』
──ショウタの真面目な言葉に、窓の外から教室の中へ視線を移すと、教壇の前にはイクと同等の生徒が5人。
教室のドアの前には、すでに机が積み上げられていて、出入り口を完全に塞がれていた。
イクを狩った僕をフクロ叩きにして名を上げようとでも言うのだろうか。
それとも、他のクラ番に指示されたのだろうか。
授業が始まるまでには、まだ30分はある。
決して独り言で時間をつぶしていたわけじゃない。
ショウタと話をしていただけだが、全く人の気配には気付けなかったよ。
早朝、まだ誰もいない教室で窓の外をながめて30分の時を過ごし、振り向いたらその状況にあったと気づいたのだ。
背後にいた彼らからすれば、なんてマヌケな野郎なんだ?
こんなマヌケにイクが素手でヤられたなんてあるはずがない。
きっと武器を持っていたに違いないとでも考えて、教室をデスマッチ仕様に変えたのだろうか。
この5人もまた、イクの時と同様に、うめうめ波で対処するか。
『そうも行かないようだな、教室には備品が沢山あるぞ。壁に穴をあけたら修復するのに半日かかるから、授業開始までに間に合わないぜ』
5人の怒髪天ぶりが物凄い。
話なら表へ出ろと言っても耳を貸さなさそう。
まさか呼び出しも喰らわずに、無言で囲まれた場所が自分の教室とはな。
因縁もなにもないヤツらとまで、戦闘ることになるとはな。




