十三話 戦記の空③
《連撃のシュウタ》 戦記の空③
◇
ビリになった二日目の朝。
登校するやいなや、校門付近でイクの指図で動く数名の生徒に捕まった。
そして、体育館の裏手に有無を言わさず連れて来られた。
イクは僕の顔を見るなり狂犬のごとくに睨み付け鼻息を荒くした。
「お前ら、ご苦労だったな。もう行っていいぜ」
僕を捕まえていた数名の生徒に向けて、イクがそう言った。
「イクさん、いいんスか? 見張りとか付けなくて」
彼らは皆、一年生でイクの舎弟だ。
気を利かせたつもりでイクに訪ね返した。
しかし、イクはその従順な彼らにさえも、ギロリと鋭い眼光を向けた。
一年生でも、中坊デビューの不良でも数人に囲まれれば三年の僕も抵抗できず、従うしかなかったのにイクは眼力だけで、その彼らを怯ませたのだ。
彼らも黙って従うしかないようで、体育館の裏手から引き揚げて行こうとする。
「悪く思うな、お前らがいるとオレを止めるだろうよ」
引き揚げて行こうとしていた彼らは、イクの底知れぬ怒髪天ぶりに固唾を呑んで、
「し、失礼します!」
一礼すると走り去ってしまった。
並々ならぬ、イクの気迫が僕にも伝わってきた。
非常に気まずい雰囲気の中、イクが声を荒げて鬼の形相で僕に迫ってきた。
「はあ? おめェっ! 意味分かんないんだけどぉ!? オレに敵意を示すとはもう死にたくなったのか?」
うわわ。
か、完全にキレているぅ。
ど、ど、どうしよう。
ど、ど、どうなさるの?
「おう、ビンゴ、ミリゴ! よく見ておけ! オレ様の怒りに触れるとどーなるのかを!」
イクは両手の指をボキボキと鳴らして、舎弟に成り下がった2人にそう言った。
ミリゴ、ビンゴ……えっと、そんな所にいたのか……そりゃそうだろうな。
そ、そんなことよりイクがどんどん近づいてくるよう!
まさか、見つかるなんて思っても見なくて何の準備も出来ていない。
イクは、うちのクラスの2番手だ。
クラ番じゃなくても番格になるんだよう。
うわわわー。
『どうしようじゃなくて、どうしたいのかだ、シュウタ!』
あ、ショウタ!
ショウタがいたんだ。
「ぼ、僕はこの場でイクを倒して、ミリゴとビンゴにもう一度、二度と壊れない友情を誓い直してほしいんだ!」
「何を寝ぼけた事を言ってやがる! ゴブリンごときが全校生徒の前でド派手にストリップ嬢をさせてやる。見事な醜態さらせや、ヘタレのゲームオタクが!」
僕はショウタと話したんだ。ごたくを並べたつもりはない。
そのヘタレのゲームオタクにざまあをさせてくれる、有難いやられ役が君だよ、イク。
そばにいた、ミリゴとビンゴが目を見開いた。
「シュ、シュウタ……(ご、ごめんよ)」
あんなヤツ、か弱い2人にはどうにもならないコトは分かっているさ。
震えて小声だったけど聞こえたから、ミリゴ。
『さあ、お仕置きタイムと洒落込もうぜシュウタ!』
イクを片手でぶっ飛ばしたい。
掌からスタンガン並みの威力の衝撃波を出したいんだ、ショウタお願い!
『で、その技の名はなんだ?』
「もちろん、うめうめ波だよ!」
『よし、構えろ。いくぞ!』
技名を聞いてくるあたりが、僕の思考に近くて好きだ。
なんだか楽しいな。ショウタって言う子は。ずっと居るんだよね、僕ら。
──覚悟しろ、イク!
「う──めェええ……」
イクが恐怖心を煽るように指を鳴らしてのっしのっしと近づいてきた。
180センチと僕より長身で腕のリーチもあるイクが50センチ手前まで来た。
右手で僕の頭髪をつかんで、左手を股間に添えて持ち上げて、ひっくり返して顔を踏みつけてパンツを上に脱がすつもりだな。
脱がすと同時に逃げられない姿勢を取らされる。
下半身はむき出しにされ、逆さづりのまま、顔や胸をガンガン蹴り飛ばされ、気絶させられる。
その後は、逆さのまま引きずられて校庭に移動させられていくだろう。
気絶した僕に水をぶっかけてくるのが舎弟の仕事。
そこで生き恥をとことん晒されるのだ。
もう人間ではなく、玩具なのだ。
死ぬ前は、顔面もだが、睾丸も潰されてポコも裂傷していた。
「ぼくのポコがっ! ぼくの大事な……ポコがああああああっ!!」
ゴブリンには、生殖器など必要ないだろと。
今に思い返してもはらわたが煮えくりかえる。
日に日に虐待の度が増して行き、遂にそこまでに至ったのだ。
こいつらは鬼畜だ。
すり潰してやりたい。
いや、そんなもんじゃ足りない。
ある日、その憎悪は瞬時に自分自身へと向いた。
あいつらを殺して何が残る。
人類を皆殺しに出来たとして、何が満たされるのか。
悔しいが、何も元には戻らない。弱い自分が悪いのだ。
絶望しか無かった。
絶望と孤独だけだった。
そこには惨めな自分しか居なかった。
保健室の鏡を前に全裸で立ち尽くして居た。
自分でも、ああ、なんて醜い生き物が居たものかと。
鏡に写る自分の姿が哀れで仕方なかった。
哀れな自分を笑う自分がいた。
気がつけば僕はそこに、その姿で放置されていた。
汚い布に包まれて、保健室にぶち込まれた連中は他にもいたが。
そこまでおぞましい姿に変えられた者は居なかった。
全身は大根おろし器ですり下ろされた様に、皮膚はズタズタに剥がされ、人体模型の標本の様になっていた。
赤々と血に染まった汚らわしい身体が、今でもこの目に焼き付いている。
気がつけば……僕は。
舎弟を思うままに服従させる為に、僕をその目に遭わせたのがイクだ。一人ぐらい死に追い込めなくて番格などと言う立場を維持することは難しい。
そういう学校だ、ここは。
それが、いつの間にかイクの常とう手段になった様だな。
「う──めェえー波ぁあああっ!!!」
衝撃は強力なスタンガン並みの威力による腹部への電撃。
片手のパワーは常人の十倍ぐらいで、イクの方から力を過信して向かってきてくれたから、僕はそっと彼の懐に掌を押し当てただけだったが、イクは猛突進してきた野生のイノシシにぶつかった様に弾き飛ばされて、5メートル背後にあった石壁に絵に描いたように身体ごとめり込んでいた。
『見事に埋まっているな。ナイスネーミングだ、シュウタ!』
気は失っていない様だが、もはや戦意など起こりはしないだろう。
壁からうまく抜け出せなくてか、全身の細胞を駆けめぐる破壊的なダメージによってか、イクは涙ぐんでいた。
それとも舎弟の一年坊たちを帰した事が仇になったと後悔しているのだろうか。
イク……たとえ君が今、どんな思いに駆られていようと関係ない。
『そうだシュウタ、同情は禁物だ。この際だからもっと追い打ちをかけるんだ。仕返しをしようなどという気をみじんも抱かせてはならない』
ショウタの言うとおりだと僕も思っているよ。
「イク……もう一度聞くよ、ミリゴとビンゴは自由にしてくれるね?」
ボロボロになったイクが辛うじて首を縦に振った。
僕の要求どおりにするという意思を一応示してはいるが、
「!」
イクの目の焦点が受けた衝撃の大きさを物語るように、左右に泳いで壊れたようにブレていた。
僕の声にとりあえず反応を示しているが。
状況が自分に有利に傾けばこんな口約束は簡単にくつがえす可能性を今、徹底的に排除しておきたく。
「今日からきちんと、シュウタと呼ぶんだ! いいね?」
僕はイクの首に手を掛けた。
壁にめり込んでいた彼の身体を外にズルリと引っ張り出して、中天に向けて持ち上げた。
「許すつもりはないが、選ばせてあげるよ。二度と僕らの前に立ちはだからないか、全校ストリップショーにエントリーしてゴブリン的名誉を授かるかをね」
僕の容赦ない言葉にイクはすでに畏怖していた。
何度も何度も震えながら、精一杯うなずいていた。
もっともっと過激な逆襲を披露してやりたかったが。
目の前には、人の血の通った親友がいる。
アイツらと同じやり方では、二人が僕に怯えて暮らすだけの別件が生じるだけだから。
目一杯感情を抑えたんだ。
それにもう、僕の身体なんて存在しない。
ショウタの身体を借りて、僕はここに存在しているだけだし。
『シュウタも意外とエグいことを言うね。だが、その踏み込みはこれからも要求される大事な勝利の要諦となる』
そして見ていた。
しっかりと見ていた。
ミリゴとビンゴはあのイクがこの僕に泣きを入れ、ワビを入れた瞬間を!
裏切ったのではなく、恐怖に抗う術がなかっただけなのだと涙を拭い、僕の名を再び呼んで2人は僕のもとへと帰ってきた。
「ありがとうシュウタ! でも急に強くなったね? シュウタ……」
「今のはなんなの? てのひらが光を放ったみたいだったよ」
二人にはどう説明するのかをショウタに相談すると、
『何も打ち明けては駄目だぞ!』
魔法のこと、死神のことは他人には絶対秘密という事だ。
だから僕は2人にこう言った。
「密かに武芸をね。先日の決闘で僕が1位になっても2人を舎弟なんかにしたくなかった。下剋上なら解放できるルールがあるじゃないか」
下剋上によるタイマン勝負に勝てば、相手の舎弟を奪えるルールがあった。
『あ、これにて一件落着!』
しょ、ショウタさん。時代劇の奉行みたいに言うんだね。
三人に笑顔と友情が戻った。
◇
『3人に笑顔が戻ったところでシュウタに聞いておきたいことがある』
「なんですかねぇ、改まって」
『さっき言っていた、怒髪天ぶりと言う言葉は正しい日本語かね?』
「うっ、そこツッツキますかねぇ。表しようのないとんでもない怒りを表現しようとしたら、口をついてでてきました」
『ほうほう。でゅわでゅわ、これがいわゆる自分言葉というやつですか」
「なにが、でゅわでゅわだよ! おかしな言葉でからかわないでクレヨン」
『基ではでは、「怒髪天を衝く」から転じた造語で収めておきます』
「気を遣っていただき恐縮です」
心の中でぺっこりとお辞儀をした。
◇
しかし、帰っていったはずのイクの舎弟の一年坊たちが、隠れて見物していた。
この事態は見物坊主の密告により、その日のうちに、三年の者達の間にたちまちに伝えられて、あっという間に広がっていった。
五組のクラ番、神 隼人。通称ハヤトは、イクの重症さから考えてクラ番狩りも有り得ると、次の日までに二年、三年のクラ番に召集を掛けた。
ハヤトは、全学年をまとめる総番でもあった。
しかし喧嘩に華をさかせて生きて来たハヤトは、僕シュウタの強さがどれほどか見たい気もあった為、ハヤトの許可なく誰も、シュウタに手出しさせぬようにと手配をしていた。
下剋上のルールは総番に申請して受理されてから有効となるものだ。
これについての追及や処罰はあるだろうと一応の覚悟はしていたが、次の日から教室へ入ると、ただならぬ空気が僕を待っていた。




