十一話 戦記の空①
《連撃のシュウタ》 戦記の空①
──かつてシュウタは、戦記 翔太という少年と青春を共にした。
シュウタは今、生前にショウタと過ごした古き思いでの中に迷い込んでいる。
異世界転生の初日の寝所でおぞましい悲鳴をあげた!
それもまた仕方のなき事だ。
シュウタには、生前の記憶が残ったままだ。
シュートリアの世界の事など、下級生と寄り道をしてゲームの話題で言葉が弾んだ程度の思い出でしかないのだから。
そして初日に眠りについて、見る夢が異世界の事だったにせよ、その後も生前の記憶の夢を見ない可能性は、極めて低い。
シュウタは、いじめの生き地獄が死につながったのだから。
異世界での経験がほぼ無い状況だ。
悪夢を見た場合は、結局こうなるのだ……。
──ふっ、私か?
二人を引き合わせ、その動向を静かに見守る冷徹な死神さ──
シュウタが見続ける悪夢に題名を付けてやろうと思ってな。
「戦記の空」
それが、おあつらえ向きであろう。
◇
そして──
気がつくと、自分の部屋の中で倒れていた。
首吊りのロープが緩んで命が助かった様だ。
僕が自分の部屋で自殺をした事は、結果的に誰の知る所でもなく、自殺は未遂に終わったのだ。
何だか不思議な夢を見ていた様だ。
小学校までは、大人しくて目立たなくて影の薄いパッとしない存在だったものだから、中学になったらイメージチェンジをして、勉強も頑張って明るくして、女子にモテようと必死になった。
しかし、それが悲惨ないじめへの階段を上るきっかけになるとは、夢にも思わなかった。
最初は、ほんの少しのからかいから始まり、時と共にエスカレート。
一年、二年と生き地獄のスクールライフを送った。
せっかく頑張って向上させた学力も、あっと言う間に地に落ちてしまった。
三年生になれば、受験地獄への階段が待っている。
高校受験へのステージは、底無しの沼地でうさぎ跳びをさせられる様な、重いイメージしか頭に浮かばなかった。
三年生になる四月前の春休みの最後の日に自殺を図ったのだ。
でも、何だか失敗に終わり、明日から新たな一学期が始まる。
僕が通う中学校は、各学年にそれぞれクラスが五組ずつある。
新学期が始まれば僕は三年五組の生徒として登校する。
生徒数は他校に比べると随分と多めの中学校だった。
他校は、平均二組の例がほとんどだった。
人口密度の高い都市なのだ。
学業の成績の良い生徒ほど一組に配置される、成績不良の生徒は五組寄りに配置されると言うのが我が校の古くからの伝統的ルール。
前年までは一組に配属されていた経験もあったのだが、いじめによって今学期の僕の成績は過去最悪だった。
五組に入ってくる連中は最凶の者達。
と言うのも成績が下がるのは足を引っ張る者がいるからである。
学力向上の邪魔をし合う様な連中のたまり場が五組と言う訳だ。
成績が悪ければ将来性を見限られ、素行が悪くても教師たちの注意の対象から遠ざかり、前途ある人生設計の落ちぶれ組みの構図に組み込まれていき不良としての名声が上がるだけとなるのだ。
そして女子の数も異常に少ない。
女子5人に対して男子は25人もいるのだ。
男女共学校だが、成績ですべて優遇されるため、クラスでの男女の比率はバランスにこの様な偏りが出来てくるのだ。
でも案外気に入ってたりした。
それは五組の女子が皆、美少女ばかりだったから。
「おはよう! また同じクラスね、よろしく」
こんな僕に声をかけてきてくれたのは、花園 蒼。
僕の一番のお気に入りだ。
「は、花園さん、ヨロシク」
ただ挨拶をする以外なにも会話が弾まないのが残念なことだった。
一年生の頃はもっと仲が良かったのに……。
誰にでも無抵抗で無力な僕に愛想が尽きたのかも知れない。
僕の身長は160。そんなにチビでもない。
男子生徒との鍔迫り合いには下手に出て自ら幕を引く。
頑固さや男の意地を見せて勝ち相撲を取る様に突っぱねて見せたい気もする。
しかし抵抗すれば更なる災難の火の粉がこの身に降りかかる。
一組から五組までの男子の数が総勢で百人。
その半数が僕の天敵になる。
「よう、醜態っ! また同じトコになったな」
「僕はシュウタイじゃない、シュウタだ!」
僕をいつも良いようにパシリ扱いする天敵の一人、通称、イクと呼ばれし者。
「アオイはおめェには高嶺の花だ! おめェにゃあ、コングがお似合いだよ!」
学年一の美少女アオイちゃんと挨拶を交わし、デレる僕を見つけてイクが意地悪そうに言い放ってきた。
通称、コングと呼ばれし者。
僕より背も高めで、体格もレスラー体型でふっくら顔で怪力自慢の女子の事だ。
ふくよかな女子だが肌もキレイで髪もロングでサラサラで清涼感にもあふれ、勇ましさゆえに陰ながら男子からいじられキャラになりがちな子だ。
ただ、僕の好みではないだけで、決してブスではない。
「コングならおめェのコト、一生全力で守ってくれるんじゃねーか? ガーディアンのごとくラブビームを発射して──」
「痛ェ!」
後ろから来たコングに「パシッ!」と思いっ切り頭を張り手でしばかれたイクが叫んだ。
「バカ言わないで! だれがこんな非力で弱虫の醜態なんか。あたしには白馬に乗った王子様がいつか現れるのよ!」
いつものことながらグッサリ胸に刺さります。
僕のマドンナ、アオイちゃんが僕の方を見て微笑んでいる。
僕を笑っているのだろうか。
……それとも。
ささやかな期待に胸がふくらんだ。
今日は、始業式だけで授業はない。
午前中には終わる。
そしたらまた、クラスの番格。略してクラ番を決める、ガチンコの腕自慢の決闘大会が始まる。
昼食を取るため皆、一度帰宅する。
そして学校の裏山で決闘が始まっていく。
逃げる事もボイコットすることも許されていない。
男子は必ず全員参加であった。
不参加を決め込むとその先、学校への登校が不能となる。
この学校は生徒たちの権力で出来ているからだった。
だが、決闘のルールは単純なものだ。
くじ引きで一番を引いた者が好きな相手を選び、一対一で殴り合う。
勝った者が再び好きな相手に挑戦し、生き残りを選出していくのだ。
用意されたクジは人数分あり、番号が記されている。
番号の若い者が、ボコりたい相手を決められるルールだが、喧嘩が強ければ関係ない。
そうだ、強い者が生き残り、弱き者は敗北し、その順位をとことん明確にするためのクラスに於ける強者順位戦なのだ。
一度敗けた者を相手に選んでも良い。
自分より弱い者が一人でも多い者がクラ番となる。
だからクラ番は、クラスの全員に勝ってなければならないという事だ。
この事は、全学年、全クラスで密かに行われるのだ。
僕は一応、祈った。
どうかビリにだけは成らない様にと。
そして僕の選ぶ相手は同じパシリ格の幹彦。通称ミリゴか、備後。通称ビンゴと呼ばれし者の2人と決めていた。
ミリゴとビンゴの2人なら、僕にも勝機があるからだ。
ミリゴとビンゴと僕は、これまである約束で友情を結んでいた。
一年のときはミリゴが、二年のときはビンゴがビリに成らないように手加減の取引をしていた。
三年になった今年は僕がビリに成らないようにする約束だった。
八百長試合だが、二人も僕と同じくケンカで人に手を上げる様な乱暴は性に合わない性格だった。
一年のときも、二年のときも僕がビリを請け負ったんだ。
三人は幼馴染だ。
もっともこんな約束だけが僕らの友情ではないけれど……。
信じているよ……ミリゴ、ビンゴ。
この結束は崩れることはないだろう。
ビリっけつに成ったら最悪のパシリ地獄が約束される。
ビリから二番だろうと、上から二番だろうとクラ番が命じれば、誰も庇いだてなど許されない。
「ここはオレの顔に免じて……」などと下手な正義感をクラ番に主張すれば、降格が代償となってその者がビリにされるからだ。
それはこの学校の階級制度であり、ビリという烙印は奴婢も同然なのだ。
奴婢はゴブリンも同然で、時には服も着せてもらえなかったりする。
運命の時はやって来た。
しかし、2人は約束の手加減どころか徹底して僕を攻めた。
本気でなぶり殺しにでもするかの様に。
いったい何が起きたのだろう。
そこにかつての3人の友情は、もはや微塵もなかった。
結局、僕はクラスの男子全員にボコられて満身創痍となった。
意識はもうろうとしていく。
僕を痛めつけた2人は、どこかへ足早に去っていった。
僕は2人に分けも訊けぬままに落胆しながら家路についた。
心の中にしまっておいた大切なものまで痛めつけられ、一晩中、涙の川の中で泳ぎ疲れてロクに眠れやしなかった。
ビリけつパシリになると、他のクラスの連中からも命令され、従わねばならなかった。
この身に受けた傷よりも、胸の内に受けた衝撃の方が大きかった事を痛感したのは生まれて初めてのことだった。
ミリゴとビンゴ、2人のことは幼い頃から何かとかばってきた。
いじめっ子が現れると僕はいつも2人の盾となって我慢してきた。
その優しさで友情を勝ち取ってきたんだ。
……馬鹿みたくみじめな朝をむかえた。
人への優しさが何だというのだ、思いやりの友情がどうだというのだ。
僕が長年、自負してきた心は腐りかけていた。
◇
翌朝の通学路、噂で聞いた。
ミリゴとビンゴは僕を本気で負かせたら、今年はパシリ扱いされないように上手く取り計らってやると、イクにそそのかされたのだと。
それでも僕は、ミリゴとビンゴも心のどこかで僕を裏切った事を悔やんでいるのだと、僕は自分の胸にとめどなく、とめどなく言い聞かせていた。
つい先日、あんなひどい目にあわされたばかりだと言うのに……。
自分の胸が張り裂けないように、必死に耳に届く真実を想像力でねじ伏せるように。




