十話 神撃の⑥
《連撃のシュウタ》 神撃の06
いつだったか聞いたことがある。
自殺をすると天国には行けないと……。
◇◆
「お前の人生は、可哀そうなくらいみじめで儚い」
「……十五歳で、いじめによる苦しみに耐えかねて、自らの首を吊った」
「知っているか? 自殺をすると天国にはなかなか行けないと言う事を……」
意識がぼんやりとしていて、何だか夢の中にいるような気分だ。
今、僕に分かることと言えば、三メートル程の目の前に二十歳ぐらいの青年がいて、ダークなスーツとマントに身を包み、漆黒のシルクハットを少し斜めに被っていた。
そいつは、僕に向かって、生死を司る死神だと告げると、淡々と言葉を投げかけてきた。
彼の言葉を頭のなかで必死に整理していくと、僕が今置かれている状況を説明してくれているのだろうという思いに至る。
死神は淡いブルーの光をまとっていた。
辺りは赤い闇に包まれていた。
この場には彼と僕の二人だけが居て、他には人影は無いように感じられた。
その他にはサラサラと言う表現で良いのか分からないが、小川のせせらぐ音が聞こえてきた。
僕の身体に痛みは無かったが、自分の意思で自由に動くことは出来なかった。
恐らくは、彼の用件が済むまで、彼の何らかのパワーで縛られているのだろう。
首と目が少しだけ左右に動かせる様だが、それだけであった。
一体どうして、この様な状況に陥ったのか。胸に動揺が走ったが彼の話に耳を傾け続けなければ、何も状況は変えられないと言う事だけは、理解できた。
もしかしたら、本当に夢を見ているだけなのかも知れないけど。
僕は、自分が眠っている間に見る夢を、夢として見破れた事が一度も無いんだ。
かつて、知人に聞いた話だと、その夢の中で夢だと気付けるのだとか。
もしも気付いた時の為に目を覚ます秘訣でもあるのかまでは尋ねなかったから、今は、深く考えない事にした。
これが夢でも現実でも、怖がりの僕にとって苦手な状況に変わりはないから。
どうやら僕は十五歳で自殺をして、死んでしまったらしい。
これまで一度も死んでみた経験がないので……、そんなこと無いはずなのだけど。
気付くと目の前に死神を名乗る人が居て、しかも、意識がまだはっきりとしないせいもあって、さほどの恐怖心もなく、彼の言うことに静かに耳を傾けている自分がいた。
怖がりのはずなんだけど。
目の前の彼は、見た感じ普通の人間で、柔らかい声と涼しそうな眼差しが、僕の警戒心を甘い水飴のように溶かしてくれているのを感じた。
「……自殺をすると天国には、なかなか行けないことを。そうかと言って、即地獄行きと言う訳でもないんだ」
え!?
どういう事だろう?
とにかく僕は、もう死んでいるって言うのに、今更、天国へ送るか地獄へ送るかで、死神さんを悩ませているのかな?
いじめと言うキーワードで、大体の事には身に覚えがある事を思い出してきた所だった。
どうせ、生きていた時も、生き地獄だったのだから。
もうはっきり言って、そんなことどうでもいいけど……。
あ! でも、早く楽になりたくて死を選んだのだから、死んだのなら、もう苦しまなくて済む方向へ送ってもらいたいと言う、切なる願いが届いたのかも知れない。
もし、そうであるなら、この方のご意見は、今の僕にとって重大発表になるわけです。
ゴクリ……。
死んでも生唾を飲む事が出来るなんて、知らなかったわ。
恐らくは、僕の生前の精神面と言う存在、つまり魂だけが、ここに滞在させられているのではないかと思う次第だ。
そう思うのは、生前、悩みながら死に関する、霊界だの法界だのと言う書籍をいくつか手にした事が思い返されてきたからだ。
さあ! 死神様よ、お話の続きをお聞かせください。
私めは、一体何をすれば天国へ行けるのでしょうか。
「……そこで、異例だが、お前を今しばらく元の世界へ戻して見ようと私は考えておるのだ」
はあぁ!? い、今なんて言ったんだ……。
「僕が、どんな思いで死を選択したと思っているんだ!」
死にたくなるような、いや、死ぬしかないと思わざるを得ない環境が、生前の僕の身や心をどれだけの薄汚れた魂の持ち主たちが侮辱し、軽蔑し、弄んだことか……。
僕は一人っ子であるために、もしも僕が見るも無惨な姿で発見されたら両親はどんなに悲しみに明け暮れる事だろうと。
「何度も何度も踏みとどまったんだ」
せっかく父母から授かったその生命をあいつらと同じく軽んじて、自らが傷つけて、生んでくれて愛情持って、共働きで育ててくれたその恩に報いる事もなく、負けて挫けて卑屈になって、悲嘆のどん底に沈んだ自分以上の悔しさを、虚しさを僕は、僕は……。
「大好きだった父さんと母さんに訳も言わずに無言で……」
それまでの愛情のお返しに、まるで自分を生んでくれた二人を恨んで当てつける様に自分の亡骸で、いつも、いつも疲れて帰宅するだろう二人の目の中に拷問で受ける刻印の様なものを、深い、深い怒りと悲しみと共に焼き付けなければならないのかと、
「それは、それは……自分自身を責め続ける毎日だったんだぞ!」
それでも二人には、打ち明けることは出来なかった。
話して打開できるとは、とても思えなかったんだ。
自身が、いかに幼くて弱いのだとしても、限界まで堪えてしまっていた。
僕自身も闘っていたんだ、必死に。
「この中学の3年間さえ、持ちこたえればと。
あと半年でこんな学校ともおさらばだと」
ところが、事態は一気に悪い方へと急変して、僕は絶望に至るまでの日数すら、もう覚えてはいないよ。
「──結局、負けたんだ。
親友の裏切りだったが、ただの負け犬さ。
もう、それで勘弁して下さいよう!」
…………。
敗北と絶望と恨みしか残ってないあの場所へ、おっさんよー!!
再び戻れって言うのか? 死神のおっさんよー!!
死神のくせに、人の死を悼む思いやりとか無いのですか──!!!
「うっ……」
か、身体の自由がきかない。
込み上げて来る感情をうまく表に出し切れない。
だけど…
死して尚も感情が爆発する。
この胸の痛みの怒りの矛先は、目の前の死神のおっさんなのだが?
届いているのか?
いないのか?
「あいつめ……」
出会ったときから、全くの無表情だ。
その顔は、人と何も変わらないと言うのに。
一体、僕をどうしたいのだ?
人の皮を被った獣め……。
いや、悪魔め!
悪魔なら、悪魔と潔く名乗れば良いものを!
「……」
しかし、おっさんの声は僕よりも何年か先輩の普通の人の声だった。
死神と言うものでも、悪魔が囁くようでもない、透き通った様な軽やかな声だった。
『……異例なのだが、お前を今しばらく元の世界へ戻してみる。そして、もう天国へ行けなくても悔いが残らぬ様に、人生を存分に楽しんで来られる様にしたい。しかし……』
まだ喋んのか──い!
だから、それを言われてもよう。
「ううっ……」
『しかし、今生き返った所でまた同じ事の繰り返しになるのは目に見えておる』
「そーだよ!」
よーく、知っているよ。
苦しいんだぞ!
とっても辛いんだぞ!
いーっぱい泣いたんだぞ!
だぞってばっ!
「くっそー」
あいつに向かって飛んで行くのは鼻水ぐらいだ。
「そこで、お前には心強い味方を与えよう! 紹介する。彼の名は、ショウタ。
戦記 翔太だ」
どおっ!?
「どなたですかー!?」
死神の紹介で、僕の目の前に現れたのは、僕にそっくりのって言うかこれ僕じゃん!
と目を疑うほど背格好もそっくりの『ショウタ』と言う名の少年だった。
僕の名前は、桃ノ木 鷲太だ。
目の前に現れたそっくりさんの名は、戦記 翔太だ。
更に、死神は僕の目を見つめてきた。
彼の目は、限りなく澄んでいた。曇りもない、淀みも無い。
眼差しは温かい、言葉は意味深い、不思議な存在。
辺りは漆黒の闇の中、土の上に立っているのか床の上なのか、感触は殆どなかった。
屋外なのか、室内なのか、流れる川も清涼感が漂っていた。
空気はとても新鮮で美味しい。
街の中の公害の様な淀みが一切、感じられないのだ。
汚れの無い川の水を手に取って、一気に喉元へ流し込んだら、死人がこう言うのだろうか。
ああ、生き返った、と。
「……」
僕が心の中で気持ちの整理でもしている事を想定しているのか、沈黙をしながら、こちらを見つめている。
どうやら死神は、まだ言葉を続けるようだ。
話の途中だもんな。
「シュウタ、お前が目にしているのは、もう一人の自分だ。彼の中に意識だけが入り込み、お前は、ショウタを自在に操り、元の世界で自分だけの天国を見つけるのだ。ショウタは、これでも死神の見習いで、なんと! 魔法が使えるのだ」
え?
「その魔法を駆使して、人生を華やかに飾れ! 地獄へ送るかどうかと言う話は、その後で良いだろう」
魔法とは、どういう事なんだ。
まさか、流行りの転生もののそこへ突入しているって事でいいのかな?
「天国だとか、地獄だとか、己の死後に極楽などと言う世界を欲するなら、まず、生前での因を見るものだ。人が生き抜く厳しい世界に於いても、その未来に心を満たす豊かな人間環境を要求するのなら、その手前に立ちはだかる壁がいかに高くても、勇気を振り絞り、知恵を出し合い、突き進む他はない。あきらめれば望む未来はなし」
死神は、ポーカーフェイスで淡々と話を進めていく。
まさか、死んだ後まで進路に悩まされるとは考えもしなかった。
その進路への入界にすら、勇気の実証とかが必要で、生前に苦痛で泣き濡れただけの僕は、元の世界へと戻されるという流れのようだ。
「前進ならその決意の瞬間より、望む未来もそこに全て納まっている。よって、あきらめは一凶(元より地獄)と覚え、前進なるは最極(元より天国)と心得よ」
元よりって、因の事でしょうか?
因が地獄のままだったら未来の結果も地獄で変わらない。
あきらめは、これに通ずる。
あきらめは不幸の原因……。
「一度、死んだせいか聡くなったの」
首吊り直前まで努めていた、やけくそ読書のおかげです。
……って、あんた!
僕の心の中の声、聞こえていたのか!?
「さあ、シュウタ! お前はもう一人ぼっちじゃない。生き返しの洗礼を授けるのは、生前に積まなければならなかった筈の因の響きが不十分なせいで、どこに送れば良いかの判断基準値がそなたからは、検出しきれなかったのだ。
私も、神の名を冠する者だ。いい加減な措置は出来ぬ。どこの手違いか申せぬが、チートな能力と肉体を授けるゆえに、経験を蓄積し直して来てくださいと、まあ、そんなところです」
何だか一気に畳み込むように打ち明けましたね?
僕の心の問いをスルーして。
はあ……。
因の響きとかは何のことか分からないけど、要するに経験値が足りていないって事ですね。
死後の世界の何かしらの手違いが少し引っ掛かりますが、そのおかげで僕は、生き返る事を許されたのですね。
生き返ったら、またすぐに同じ結末を迎えない為に、特殊能力を授けてくれたって訳ですね。
だけど、二の足を踏まぬには、勇気と知恵が要るのか……。
僕は、もう本当に一人ぼっちじゃないのかな?
全部、ただの夢だったってオチだけは勘弁してくださいよ。
いや、よせよせよせ! 弱音は、あきらめの元だぞ。
この事が何であれ、死にたくて死んだ訳じゃないんだ。
生きたかったんだ。
もっと、もっと生きて幸せに成りたかった。
お父さん世代の大人たちが良く言っていた青春時代ってどんなものなんだろう。
もっと強ければ、その時代の体現者に僕も成れたのにと、あの時、流した悔し涙に込めた気持ちは、今もこの胸にある。
首吊りの時のその気持ちは、本物だったはずだ。
もう一度、生きてやるさ。
いつだったか聞いた事がある。
この世には、自分に似た人間が三人は居ると。
僕は今、この世ともあの世とも言えない三途の川の手前で、その人間に出会った。




