一話 神撃の①
《連撃のシュウタ》 神撃の①
◇
──いつだったか聞いたことがある。
自殺をすると天国には行けないと──。
悩みに憑りつかれ、いつしか眠れぬ夜を過ごす頻度が増していた、ある日。
睡眠の導入を促す何かが欲しい。
そう思い、深夜のテレビ番組を視聴しようと無意識にテレビのリモコンに指を伸ばした。
「やばい……」
眼が冴えていても深夜に変わりなく、家族はとっくに寝静まっており、自分の部屋も同様に灯を落としていた。外はあいにくの雨。トタン屋根の上に砂利が転がる様な、耳障りな音が雨戸を打つ。
暗がりの中、リモコンに向かった指先が電源ボタンに触れた。
雨戸を叩いていた騒音をかき消してくれたのは、その画面に映った砂嵐だった。
慌ててリモコンを握り返し、ボリュームを絞り直した。
テレビのリモコンを握ったまま、部屋のドアの外にそっと耳を傾けた。
古い木造の二階建ての一軒家。両親が下の階で穏やかに眠っている。
夜更かしなんかして、二人を起こしてしまったら寝耳に水だ。
「──アニメは避けておこう」
視線を画面に戻して、僕は呟いていた。
眠りたくてつけたテレビだ。
見てたら止まらなくなるアニメは飛ばそうと、番組表を覗く。
何か途轍もなく下らない番組がいい。
自分にとってどうでもいい話。
「ああ、これが良いかも知れない……」
若い女性の尼と霊能力者が「死後の世界」について語る。
僕がすぐに寝落ちしそうなタイトルが、おあつらえ向きに目に飛び込んできた。
『──YOUの人生は、かわいそうなくらい惨めで儚い』
◇
突然、声がきこえた。聞き覚えのない声が頭に響いてきた。
気が付くと頭上から声がした。
いや違う、前方かな?……それも違うような。
直接頭の中に話しかけて来るようにも感じた。
そう感じただけでどれも正解じゃないかも知れない。
若い男の声だ。
おじさんと言う感じはしない。
そんなに歳の差はない感じだ。
僕は中三の十五歳の男子だ。
それより、ここは何処なんだ。
僕は失明した覚えなんてないし、趣味のバードウォッチングでむしろ視力には自信があったくらいだ。
なのに辺りは真っ白な世界──。
世界と言うより見た事もない空間……白く光っている以外何も見えないので実際はなんとも表現のしようもないが。
WEB小説上で、書く事が浮かばない白紙の原稿……いや画面か。
そうだ、巨大なスクリーンが目の前を覆っている……360度、自分の周囲を全て。
その表現が一番近いな。
白色蛍光灯を直視させられてる様な目には痛く、焼け付く感じの光の空間。
──ゲームをしながら寝落ちでもしたのかな? それともテレビを見ていたんだっけかな。
「うう……」
何をしていたのか、よく思い出せない。
たまに意識がぼんやりとしてしまうし、何だか夢の中にいるようなふしぎな気分でもある。
そうとも、まさに夢の中だろう……と思いたい。
悪い方へ考えれば、交通事故に遭って生死の境をさまよっているとかか?
身体に特別な痛みは感じられないし、不安もさほどない。
しかし、自分の姿勢はあぐらをかいて布団の上に座しているのか……。
ふわふわとした感触と暖かみが、足腰にじんわりと伝わっているのを感じとった。
「──これは夢の途中ってやつだろうか」
それならそれで、何かファンタジーっぽい景色ぐらい表示して欲しいな、僕の夢なんだったらね。
Now Loading……。
「うーん」
目を細めて見回してみるが、イメージした文字列がこの視界に移り込む様子もない。
ただひたすらに白いだけだ。
「ああ……もう!」
いい加減、目がチカチカしてきた。──もう眩しくて目が痛いよ!
そう思って目を下方に伏せると、まぶたが自然に閉じてしまった。
「え!? まっ暗闇になった!」
そりゃそうだろ、いやそうじゃない。その、え?じゃない……。
え?……何で早くそうしなかったんだ、と気付く自分が居たのだ。
目をパチパチさせて見た。
思いっ切り目をつぶって見た。
「真っ暗だ……」
眩しけりゃ目を閉じればいいだけの事を忘れていて、その所作に移った途端にそれを思い出したんだ。
人間なれば出来て当たり前のことを忘れていた。
つまり、誰かの声が聞こえて、そこから今の今まで瞬きすらしていなかったと言うことにも驚いたけど、それだけにこの不思議な場面に遭遇している現実味を、より一層感じている自分が居た。
やっぱり事故に遭って、身体の故障に気付いてないだけなのかも。
それを思うと急に思考が焦りを見せ、両手をバタバタと振って見たり、失った部位は無いかとあわてて身体を気づかった。
両手で顔に触れて見る。たぶん自分の顔だ。
そのまま頭部へ手をやり、髪をかき分けて見る。
ショートカットで前髪だけ長めに目の下まで伸ばしている。
胸部、腹部、膝、身体のあらゆる部位を手でくまなく触れていく。
その感触は、どれも自分がよく知っている「自分のものに間違いはない」そう思った。
いや、そう思いたい必死の自分の心は幼子のように家族の名を呼ぼうとしていた。
家族の事を思い浮かべると、すこし気持ちが落ち着くのだ。
気持ちが少し和らいできた。
落ち着くと同時に自分の置かれている状況を確認せずにはいられない。
「(上着を身に付けていないな)」
普段、身に付けている衣類は休日でも、ブレザーの学生服だ。
確か、上着は脱ぐとすぐベッドの枕元に置く癖があった。
そっと背中の方に手を回すと、上着と思われる感触がある。
何だかホッとする。
と同時に、この場所が自分の部屋のベッドの上だとの確信に変わる。
すると更に、気持ちがグンと和らいだ。
「(あ、い、う、え、お……コホン。僕は、桃ノ木シュウタだ)」
言葉は何とか覚えている様だ。
ここまでの状況を頭の中で言葉で整理できているからだ。
今のところ、不具合も感じない。
何かの拍子に一部の記憶が飛んでしまったのか。
だがそれを今、問うている場合ではない。
懸命に気にしない様にしているだけ……だ。
『十五歳でイジメによる苦しみに耐えかねて、自らの首を──』
「(ぎゃー! その声、その声だよっ。何かを一方的に聞かせるのやめて~!)」
不意に耳に入る清涼な声があった。
先程も一言聞かされている。声が語りかけていると知っていた。
怖かった。だから、
「(気にしない様にしていたのにィ!)」
だけど絶対、空耳的な現象じゃないことは何となく分かっていた。
耳をふさいでばかりいられない状況がここにあると。
それも理解はしていた。
得体の知れない不安がわが身に近づいているのだ。
得も言われぬ恐怖がこの胸を押しつぶさんとしていることも。
自分のベッドの上に居る。
と、いうことは僕の部屋のはずなのだが、家族の声とも思えないし。
僕は一人っ子で、両親と三人暮らしだ。
近しい年頃の男性の声がするのは不自然で怖い。
怖い、怖い。
きっと寝ている間に強盗が押し入って、そんでもって……。
『……これ、待て!』
「えっ。……誰かいるのですか」
僕の恐怖心の先にあった脳内の景色を読み取ったように、謎の声の主がそれを制止するかの様に発言をした。
この時、初めて声らしい声が出た。
そうなのだ、ずっと頭の中で考えを巡らせていたのは、肉声を発する事ができなかった為でもあった。
誰かさんの第二の声にビックリした拍子に声を取り戻せたようなものだ。
だからと言ってお礼なんか言わないぞ。
むしろ、こう言いたいんだ。
「押し込み強盗のくせにナマイキだ!」
『──誰が強盗だ、無礼であるぞ!』
ひぃー! また喋った。
どこだ? 今は姿が見えない。
「強盗じゃない!? じゃあ誰なんだ?」
なぜ僕の部屋にいて──
「本当に。ど、どちら様ですか?」
『私は生死を司る死神だ。YOUは首を吊って死んだのだ』
──なぜ部屋の照明をこうも強力にしているのか。
電気、電気、電気!
「電気の無駄遣いやめて~! 親にくどくど叱られるから~!
死神さん、とりま部屋の照明ゆるめて~!」
えっ?
し、し、し、死神だって!?
また何を言い出すかと思えば……。
『──ったく世話の焼けるYOUだな。ほれっ! 明かりは緩めてやったぞ』