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「イ…イノイ・リュクス…!」

「うるさいなあ。大声で他人の名前を叫ぶなよ」


 振り向くとジーンズ姿のイノイが顔をしかめていた。制服を着ている昼間とは違って、ラフな格好だからか少し幼く見えて、気さくな雰囲気がある。


「な、な、なんでここに!?」


 夜に、しかも職員室に用事がある生徒なんて、いるわけがない。リンネのような後ろめたい理由がなければ。


「あんたこそ、なんでここに?」

「そ、そ、そ、それは――」


 まさか本人に向かって、あなたの資料を盗み見ようとしているんです、などと言えるわけがない。口ごもっていると、不意にイノイはにやりと笑って、


「ま、お互い言えない理由があるってわけだな」


 勝手に納得してくれたようで、リンネは胸をなでおろした。


「それにしてもこの学校、中の防犯はゆるゆるだな。職員室に鍵がかかっていないなんて、ありえるのかよ」


「聖ヨハネス学園は神のお膝元なの。その神に仕える学園の生徒たちが悪いことをするわけがない。だから必要以上の防犯は不要だというのがシスターたちの言い分なんでしょうね」


「悪いことって、職員室に忍び込むような?」


 イノイはにやにやと笑いながらリンネを見下ろしている。それに関してはお互い様のはずなのだが、決まりが悪い。


「……その代わり、外部からの侵入者に対しての警備は厳しいの」

「くくっ。神のお膝元ねえ。頭のなかにお花畑が咲いているんだな」


 イノイは心からバカにしたように笑っている。やはり彼は性格が悪いに違いない。ドラマだったらきっと悪役。ゲームだったらラスボスが似合いだ。リンネは確信した。


「それにしても、あんたちょうどいいな」


 その悪役はリンネを眺め、悪巧みをするように、にやりと笑った。他人にこき使われそうな雰囲気を感じて、リンネはぎくりとする。


 イノイが悪役なら、リンネはその三下にぴったりだ。そんなに悪い奴でもないけれど、いやいや協力せざるを得ない役回り。バカで弱くて一番初めに見捨てられる役。


「よし、ここで会ったのも何かの縁だ。お互い協力しようぜ」


(やっぱり……!)


 リンネは戦慄する。いいえ、結構です。と首を大きく振るが、イノイはそれを丸きり無視して、


「まずあんたを手伝うよ。その後俺に協力してもらう。ほら、何しに来たんだ?早く用事を済まそうぜ。巡回に出くわすかもしれない。」

「わ、わたしは、生徒の資料を探しに…」

「ふうん。おとなしい顔してなかなか悪いことをしようとしてるじゃないか」


 イノイはますます悪者っぽくにやりと笑った。その嫌味な笑い方もかっこいい。黒目がいたずらっぽく輝いて、引き締まった口元がかすかに釣り上がる。


 危機感を忘れて見とれているうちに、イノイは棚に手を伸ばした。


「さすがに棚には鍵がかかってるか…。でも教室ごとにラベルが貼ってある。ここに生徒の資料が置かれているのなんて、一目瞭然だよなあ?やっぱり無用心だなあ」

「随分手馴れてるのね」

「あんたは馴れてなさそうだな。で、この棚の鍵は?持っているんだろ?」

「持っているわけないよ。だって、先生たちが管理しているんでしょう」

「棚ごと壊すつもりだったのか?」

「壊すなんて、そんなことしたら大事になっちゃう」

「…じゃあどうするつもりだったんだよ。ひょっとして何も考えてないのか?お前、バカだろ」


 ぐぐっとリンネは言葉を飲み込む。やはり教室にいる時の優等生然とした爽やかさは演技なのだろう。今のイノイは教室にいる時よりよっぽど生き生きしているが、言葉には容赦がない。


 イノイは呆れ顔になって、パーカーのポケットをパフパフと叩いた。それから小声で囁く。


「シーリー、行けるか?」


 するとポケットから黒いリスが出てきて、イノイの肩に駆け上った。


「この間のリス…」


 間近で見ると可愛い。黒い大きなしっぽがゆらゆらと揺れている。お腹はふかふか真っ白で、頬ずりしたら気持ちよさそうだ。あの大きな頬袋もつついてみたい。


「どこの教室の資料が必要なんだ?」

「うちのクラスの人のなんだけど…」


 ぼそぼそとリンネは答えた。棚に鍵がかかっていた時点で、リンネとしては諦めムードだった。とりあえずクロエにそのことを伝えて、資料を入手できなかったと言えばいいだけなのだ。二人からは罵られそうだが、できないものは仕方がないのだから。


 そう思っていたけれど、イノイはまだやる気満々で、ラベルを懐中電灯で照らしながら自分のクラスを探す。


「あー、あった。一番上の抽斗だな。お前、俺がいなければ届かなかったろ」


 リンネの背はクラスでも低いほうだ。たぶん椅子に乗っても届かない。


「抽斗を見つけたってその鍵がないんだから、開けられないでしょう」


 リンネは不思議で堪らない。小首を傾げながら、イノイを見守った。


「まあ、見ておけって」


 イノイがリスを軽くなでると、リスは素早くその引き出しへ向かった。鍵穴の辺りにその可愛らしい鼻先をくっつけると、がちゃん、という音がした。


「開いた?」


 どういう仕組みなのだろう。あのリスが何かをしたのだろうか。リンネは驚きで口をぽかんと開けた。イノイは振り返って得意げに笑う。


「で?資料がほしい奴の、出席番号は?」

「あ…えと…23番」


 ここまでしてもらって、答えないわけにもいかない。反射的に答えてしまったが、まずいことになったとリンネは冷や汗が出てくる。


「23番、ね。クリスか。ほら」

「あ、あれ?」


 イノイは転校生だから出席番号は一番最後だ。クラスメイトは23人なのだから、当然23番がイノイだと思っていたが、イノイから渡された資料は違う生徒のものだった。


「あ、えーと、違うの。あれ?イノイさんの出席番号は?」

「24」


(24…あれ?うちのクラスって24人だったっけ?)


 リンネは首を傾げつつも、まあいいやと開き直る。


「あ、じゃあ、24番の資料が必要なの」

「…………」


 イノイは微妙な表情で資料を渡してくれた。


「あ、ありがとう」

「…あんた、俺に興味があるわけじゃないよな」

「ないです」

「じゃあ、誰かに頼まれてるってことか」


 あっさりそう結論づけたイノイに、リンネは驚く。


「頭がいいんだね」

「普通だと思うけど。で、俺の何を知りたいわけ?」

「うーんと、転校してきた理由かな。ほら、転校してくるにはちょっと変わった時期じゃない」

「なるほど。そんなこと、俺自身に聞いてくれればいいのに。俺は両親の急な海外転勤で、やむを得ずこの寄宿学校に預けられることになったという設定だよ」

「設定?」

「そう。転校の理由に無難な設定。本当のことを書いているわけじゃない」

「じゃ、じゃあ、本当は…?」

「本当は、ハロウィンだからさ」

「へ?ハロウィンとうちの学校になにか関係が?」


 リンネは訳がわからない。対するイノイは混乱するリンネを面白がっているようだ。


「聖なるものを祀るところには、大抵悪魔の巣がある。年に一度の乱痴気騒ぎに向けて、悪魔どもが巣を作ろうとしているからさ」

「―――――――はい?」


 リンネは後ずさった。


(ひょっとしてイノイって、頭のおかしい人なのかもしれない)


 急に彼と二人っきりで夜の教室にいるという状況に恐怖心を覚える。イノイは怯えるリンネを眺め、ますます可笑しそうに口を歪めた。


「あんたはどうせもうすぐ死ぬし、魔女の血筋でもある。だから教えてやろう。目を閉じてみろ」

「目を……?」


 イノイは恐ろしいが、言うとおりにしないのも恐ろしかった。リンネは恐る恐る言われたとおりに目を閉じた。

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