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リンネとジゼルの部屋はそれぞれのベッドと机が置ける程度の小さな部屋だ。リンネはシャワーを浴びたあと、いつも机の上に小さな鏡を置いて、櫛が通らないほど絡み合った赤い髪を一生懸命とかす。この赤い髪がクロエのような艶やかな黒髪だったらよかったのに、と何度考えたことだろう。アップルグリーンの瞳とそばかすだらけの肌も相まって、まるで赤毛のアンのようね、なんて言われるけれど、ちっとも嬉しくはない。


「リンネ、もう寝る準備?」


 部屋の扉が開いて、ジゼルが入ってきた。


「ううん。これから職員室に行ってみようと思ってる」

「早速イノイさんの情報を探りに行くの?随分行動が早いのね。でもそうね。クロエさん、早めに知りたそうだったものね」

「明日は土曜日だもん。週末に持ち越したくないの。それにしてもクロエさんったら、イノイさんのこと、随分とお気に入りよね」


 リンネがぼやくと、


「でも、二人が並んだら、きっと絵になると思わない?」


 ジゼルは少し夢見がちにそう答えた。


「えー。職員室にまで忍び込まないといけないわたしの身にもなってよ」

「がんばって!クロエさんの頼みなんだから」


 クロエとジゼルの実家は近い。この学校に入学する前からの友人関係のようだから、ジゼルに不満を呟いたところで、同意は得られない。


 リンネはため息をついて、机の引き出しにしまってあるブローチをとりだした。グリーンメノウの下地に貴婦人の横顔が描かれているカメリオのブローチ。おばあちゃんの形見で、リンネにとってはお守りみたいなものだ。


「お前は少し頭が弱いから、あまり目立つんじゃないよ」


 おばあちゃんの言葉を思い出す。


 ああ、おばあちゃん。リンネはバカすぎてかえって目立っている気がします。今日も宿題忘れて怒られちゃったし、そのうえ友達からの要求を上手く断れなくて、今から悪いことをしに行きます。


「じゃあ、行ってくる」


 憂鬱な気分でリンネは校舎へ向かった。



 空には満月がポッカリと浮かんでいる。悪いことをするには月明かりが明るすぎる。リンネは不安な心地でこそこそと職員室へ向かった。


 聖ヨハネス学園は外部に向けての警備が厳しい。通園している生徒はIDと顔認証チェックが必須だし、寮生は外部へ出入りするには許可が必要になる。その分学園内においては疎かで、校舎にしても寮にしても、施錠していない箇所のほうが多い。校舎の正門は流石に鍵がかかっていたが、裏口からなら簡単に侵入することができた。


 懐中電灯のライトは頼りなく、暗い校内は気味が悪い。お化けでも出そうだ。


「はあ」


 リンネはため息をつきながら、ポケットに入れたブローチをなで続ける。このブローチに触れてい

ると、おばあちゃんが近くにいてくれるような気がした。




「もうお前に会えるのも最後のような気がするよ」


 おばあちゃんはリンネがこの学校の寮に入る前、とっても弱気になっていた。それでだろう、「あまり目立つな」とか、そのほかのいくつかの言伝と一緒に、このブローチをくれたのだ。


「これはね、わたしの婆様からもらったブローチなんだよ」


 ブローチの周囲にはキラキラのダイヤモンドが施されている。ひと目で高価なのが分かり、リンネは怖々とブローチを手にした。


「大切なものなんじゃないの?」

「うちにはお前みたいな赤い髪の女の子が、隔世遺伝で生まれるんだよ。そういう女の子に、このブローチは代々譲られてきたんだ。大事にするんだよ」

「おばあちゃんが持っていなよ」


 リンネは悲しくなって、おばあちゃんを覗き込む。


 お父さんは死んでしまった。お母さんもずっと昔に亡くなって、いまでは子連れで後妻に入った『お母さん』がこの家を仕切っている。この家の主役はその『お母さん』とその『お母さん』から生まれた子どもだ。リンネとおばあちゃんはいないものとして扱われていて、とうとうリンネは寄宿学校に入れられることになってしまった。


 おばあちゃんのしわしわの手がひどく頼りなく感じる。


「リンネ、お前が持っていなさい。もうお前に会えるのも最後のような気がするんだ」


 おばあちゃんの勘はあたる。だからこの言葉を聞いたとき、不安になって泣いてしまった。


 そして実際に、リンネがこの学校に入学して最初の夏に、おばあちゃんは死んでしまったのだった。




「きみ、近いつちに死ぬよ」


 不意にイノイの言葉を思い出して、リンネは眉をしかめた。


「死相が出てる」


 なんて失礼なやつだとは思ったけれど、ひょっとして彼は本当のことを言っただけなのかもしれない。


 だってお父さんも、お母さんも、おばあちゃんも死んでしまった。リンネに残っているのは、血の繋がらない母親と弟だけだ。


(わたし、もうすぐ死んじゃうのかな。どうして死んじゃうんだろう。痛かったり、怖かったりするのは嫌だな)


 そんなことをぼんやりと考えていれば、すぐに職員室に着いた。


 ドアには鍵がかかっていなかった。職員室のなかは暗くひっそりと静まり返っていて、いつにも増して近寄りがたい。


 リンネはドキドキしながら部屋の中を見回した。


(たぶんあれだ…)


 西側の壁に大きな棚が造りつけられている。そこ以外に膨大な資料が置けそうな場所がないから、間違いないだろう。だが、さすがに棚には鍵がかかっていた。


 さて、どうしようかと困っていると、


「おい、こんなところでなにしてるんだ」

「ひいいいいいいっ」


 突然、背後から声をかけられ、リンネは驚いて飛び退った。

ごめんなさい。次からようやく話が進みます…たぶん。

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