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「クロエさん。どうぞ、おかけになって」


 ジゼルは媚びるように笑って、隣のスペースを開ける。


 クロエは長い黒髪を持つ綺麗な顔立ちの女子生徒で、寮長をしているボス的な存在だ。頭がよく、実家もお金持ちだという噂だ。悪い話は聞かないけれど、でも、リンネはクロエが苦手だ。カーストの上位に君臨していて、しかもそれを自覚してうまく活用している。


「あら、そこから球技場が見えるのね。もしかしてイノイさんの活躍ぶりを見ていたの?」


 クロエはねっとりとした笑みを浮かべてリンネを見た。


「えっと」

「イノイさん、素敵よね。リンネさんもイノイさんのこと、そう思ってるんでしょう?」


 話し言葉は穏やかだが、表情にドスが効いている。リンネは思わず引きつった笑みを浮かべた。見ていたのはその通りだけれど、決して下心からではない。


「イノイさんって格好いいから、誰だって見惚れてしまうけど。もちろんリンネはイノイさんと自分が釣り合うなんて考えてもいないと思うよ」


(助け舟…なのかな?)


 もごもごと言葉を濁すリンネを待たずに、ジゼルがフォローしてくれたが、同時にけなされた気もする。感謝すべきか嘆くべきか。対応を決めかねたリンネがまたもごもごしていると、今度はクロエがリンネが抱えているお菓子の包みに目を向けた。


「あら、お遣いは済んでいたのね。ありがとう。ところで、イノイさんのお好きなものって、なんだったのかしら?」


 リンネにイノイへと話しかけるきっかけはないかと相談を持ちかけたのはクロエだった。クラスの女子代表のような感じで、みんなイノイさんに興味があるのよ、なんて言っていたけれど、クロエが一番イノイに関心を示しているのだ。


「あ、ええと、リスが、好きかも!?」

「リス……?」


 クロエもジゼルも怪訝な表情をする。


「肩のところにリスを乗せていたから…。うーんと、動物が、好きかも…?」

「動物ねえ。話しかけるネタにはなるかもしれないけれど。もっと詳しい情報が欲しいわ」

「ええ、そうですよね、クロエさん。まったくリンネったら」

「もっと詳しい情報?ええと、それは、どのような?」


 もっと詳しい情報と言われても。


「例えば、そうね…イノイさんって、どうして転校してきたのかとか、性格とか、前の学校の評判を知りたいわ」


 性格は、悪そうな気がするんだけどなあ。


 リンネのこういう勘はほぼ外れたことがない。けれど、それをそのままクロエに伝えるわけにもいかない。


 物思いにふけっていると、


 「ねえ、リンネ聞いてる?多分転校のするときの資料に書いているんじゃないかって話してるんだけど」


 ジゼルの言葉にリンネは目を丸くした。


「転校の時の資料って…だってそれって、先生たちが管理しているんじゃ…。え、まさか、職員室に忍び込めってこと!?」


 そんなの、バレたら大事だ。停学になったっておかしくはない。


 大声を出したリンネの口をクロエとジゼルは慌てて塞いだ。






■■■

 何人もの生徒たちがボールを投げつけてくる。


 その生徒たちのことをリンネは知らない。けれど、夢の中のリンネはもう顔を見るのも嫌だと思っている。毎日毎日、似たようなことをされ続けているのだから。


 やめて、という声は声にならない。


 いつも人が良さそうにしているあの子が、ひときわ強くボールを投げつけてくる。


 肩が痛い。お腹が痛い。心が痛い。


「ねえ、動く的って、なかなかいい練習になるんじゃない?」


 誰かの言葉に、その場にいるクラスメイトたちが賛同する。





「―――――はっ」


 早朝、リンネはベッドの中で汗だくで目を覚ました。


「夢……」


 最近、夢見が悪い。


「ストレス…溜まっているのかな……」


 隣のベッドではジゼルが穏やかな寝息を立てて眠り込んでいた。





■■■

「リンネはまた宿題を忘れてきたわけ!?」


 金曜日の五時限目は倫理の授業だ。倫理は教師ではなくシスターの受け持ちで、そのなかでも特にヒステリックなのが、シスター・リンダだ。リンダなんてセクシーな名前だと思うのに、彼女は痩せた神経質な女性で、いつもキリキリ怒っている。


 そのリンダの、裏返った怒鳴り声が教室中に響き渡る。リンネは小さな身体をますます縮こませた。


「廊下にでも立っていなさい」

「申し訳ありません」


 宿題は簡単な倫理の問題で、すっかり油断して忘れてしまったのだ。そもそもイノイの監視にお菓子の注文の取りまとめ。リンネの毎日は慌ただしくて、勉強する暇なんてない。


 小さな声で謝罪して教室を出る。居心地の悪さを後押しするようにくすくすと笑い声がまき起こる。


 涙混じりでドアを締める瞬間、イノイと目があった。クロエも、ジゼルでさえ笑っているのに、イノイは笑っていなかった。冬の空に似た瞳はひどく冷たくて、リンネを観察しているようだ。まるで自分が実験動物にでもなったような気分になって、リンネは慌てて彼の視線から逃げるようにドアを閉めた。

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