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 木曜日は特別な日だ。街で人気のお菓子屋さんが学園にやってくるのだ。なかなか学園の外に出られない寮生、特に女子にとしては決して見過ごすわけにはいかない日だ。店舗の前には毎週長蛇の列ができる。


「えーと、シュークリーム2つとビスコッティ5つとパウンドケーキ3つとクッキー7つと‥・」

「ええ?」

「ですからシュークリームと‥・」


 真後ろに立つ生徒からの威圧に怯えながら、リンネはお菓子の注文を書いた紙切れを呪文のように読み上げる。クラスの女子の要望をまとめて買ってくるのも、なぜかリンネの仕事だ。始めはなぜパシリまでしなければならないのかと不満だったが、毎週のことだからもう慣れた。


(よく考えれば効率もいいよね)


 リンネのいいところは楽天的で深く悩まないところだと常々おばあちゃんも言っていた。こういう理不尽な役回りこそ、持ち前の長所で明るく乗り切るべきだと思う。


「こんなにいっぱい大変だね、リンネちゃん」


 お菓子屋のご主人とはもう顔見知りだ。人のよさそうな丸い顔を困ったように歪めてリンネを思いやってくれる。


「えへへ。ありがとうございます」

「いっぱい買ってくれたからこれはおまけだよ」


 そう言ってお菓子屋のご主人は、透明の袋に素早く封をして、そっとリンネに差し出した。中身はかぼちゃやお化けを象ったクッキーだ。


「わあ。かわいい!ハロウィンまで後一ヶ月ですもんね」


 ハロウィンは小等部、高等部合同のお祭り騒ぎになる。聖ヨハネス学園にとっては学園祭やクリスマスに並ぶ一大イベントだ。普段学園には立ち入らないパン屋や花屋も出店するし、洋菓子屋も複数の店舗が出店する。


「試作品だから、見つからないように食べな」


 こっそりと耳打ちをしてくるお菓子屋のご主人に、リンネは思わず頬を緩めた。



「うーん。おいしい!」


 ベンチに座って、もらったお菓子を頬張る。周囲の樹木は色づいてきているけれど、まだまだ日の光は暖かい。爽やかな風が頬を撫でていき、気持ちよさにトロンとした眠気が押し寄せる。窮屈な寮生活では、こういう独りの時間は大切だ。きちんと息抜きしておかないと、気が滅入ってしまう。


(……ん?)


 木々の合間からはちょうどバスケットボールのコートが見える。そのコートから、通常ではありえないような甲高い歓声があがった。


 リンネは瞼をこすりながら、その歓声をあげた集団を見つめる。


(あれは…大半がうちのクラスの女子!)


 リンネをパシリにしておきながら、彼女たちは試合を見物しているらしい。いいご身分である。戦っているのは、リンネのクラスの男子と他のクラスの男子だ。


 白熱したコートの中心に、イノイがいる。


 わああ、とか、きゃああとか、悲鳴なのか歓喜なのか判断がつかない歓声が彼の一挙一答足で巻き起こる。


 リンネの位置からであってもイノイの活躍はよく見えた。平均身長より頭一つ分背の高い彼はただでさえ目立つ。そのうえ、跳躍力があった。高く跳躍し、宙でパスされたボールを受け取る。そしてそこから流れるようにシュートを打つ。ボールは綺麗な弧を描いてゴールをくぐり、同時に女生徒たちの歓声が上がる。


(向かうところ敵なし状態ね)


 イノイは昨日のテストでは高得点を取って、先生から褒められていた。どうやら勉強もスポーツもできるようだ。


 女生徒の視線を集め、男子生徒からは嫉妬と羨望のまなざしを受け取り、入学して早々に我がクラスのヒエラルキーの最上位に到達しようとしている。


(うーん)


 リンネは食事の手を止めて眉を寄せる。

 あれからリンネはイノイに近寄らないようにしている。死相が出てるなんて、縁起でもないことを言われたのだから当然だ。


 クラス内ではイノイは好青年然としていて、いつもにこやかに振舞っている。けれど、それは見せかけに違いない。だって好青年はほぼ初対面の相手に「死相が出てる」なんて言わないのだ。絶対に性格が悪いに決まっている。


(その男にあんまり近寄っちゃだめだよー。たぶんとんでもない奴だよー)


 イノイに群がる女生徒たちに忠告をしてあげたいくらいだ。


「リンネ、ここにいたの。みんなお菓子がくるの待っているのに」

「ジゼル」


 ジゼルはリンネと同室の寮生だ。以前ここがリンネのお気に入りの休憩場所だと教えてしまったから、探しに来たのだろう。茶色い髪に茶色い目。高くも低くもない背丈。リンネと同じように地味めの女子だと思うが、さすがにリンネほどバカじゃないからか、スクールカーストの最下位は免れている。


 ジゼルはリンネの隣に座ると、眉を下げてリンネを覗き込んだ。


「ねえ、昨夜、うなされてたでしょ」

「ごめん、うるさかった?なんか夢見が悪くて」


 ここのところ毎晩、自分が死ぬ夢を見るのだ。


(死相が出てる)


 イノイの言葉を思いだし、リンネは眉をひそめた。


 彼にそう言われる前から、リンネは事切れた自分が男に抱きかかえられている夢を見ている。映画やドラマの場面が頭に残っていて、夢を見ているのかもしれない。そう思っていたけれど、最近、自分を抱えて困ったように覗き込んでいる男がイノイに似ていることに気がついた。顔をはっきりとは思い出せないのだが、リンネが死んでも困った程度の感情しか持ち合わせないあたりが、なんとなくイノイっぽい。そしてそうなるとなんだか気持ち悪い。死相が出てるなんて言われてしまったこともあるし、予知夢だったらどうしようと思う。


「ストレスが溜まっているんじゃないの?リンネは一度も実家に帰っていないじゃない」


 ジゼルは心配してくれているようだが、彼女だってリンネをパシリ扱いしている。思わず苦笑いするが、反抗的な指摘はもちろんしない。同室の彼女と仲違いするのは面倒くさいのだ。


「えー、一回くらいは帰ったよう」


 代わりに、のろのろと言葉を返した。


「それに、実家に帰ったら余計ストレス溜まるよう。ジゼルだってそうでしょ」


 リンネもジゼルも、実家からこの学園に通えない距離じゃない。それでもわざわざ寮生活をしているのは、お互いにそれなりの理由があるはずだと思っている。詳しく話し合ったことはないけれど。


「ジゼル、それにリンネさん。こんなところで何をお話なさってるの?」


 背後から声をかけてきたのはクロエだった。その取り済ました声に、リンネは思わず表情を固くした。

話が進んでませんね 汗

次の次から進みます…。

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