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ギルバートの選んだ道~ギルバート said

 その日の朝は、城内の騒音で目が覚めた。


「…一体何の騒ぎだ」

 寝起きだったからだろうか、不機嫌な顔のギルバートを見て、そこにいた者たちはビクッと肩を跳ねさせた。


「ギルバート様…その…ティア様が見当たらないのです」


 目の前にいたメイドの一人が怯えた様子でそう言った。その言葉に、一瞬思考が停止する。そして、自身が一番恐れていたことを想像してしまう。


 ギルバートは、そうかとだけ言い残し、その場をあとにした。


(俺が恐ろしくなって…逃げたか…)


 彼女は、普通に接してくれているように見えた。恐れるでもなく、憐れむでもなく、普通に…。故に、ギルバートもまた、ティアに歩み寄ろうとした。


 その結果がこれか…。逃げたいなら、逃げればいい。どこまでも、行ってしまえ。


 部屋に戻り、一人になると、なぜが涙が溢れてくる。

「…はは…なんだ…これ……何が悲しい?…こんなの…慣れている……だろうに……ぅ…ぅ…」


 あぁ、認めよう…。俺は彼女を好いている。彼女に、ティアに恋をしてしまった。あの日、互いに力を見せたとき、彼女もまた俺に恐れられまいとしていた。それでもなお、俺に歩み寄ろうとしてくれた。その優しさ、その強さに、俺は惹かれてしまった。


 彼女なら、俺を受け入れてくれると思ってしまった。


 心を開きすぎた。ギルバートの中でティアは、かけ替えのないものになってしまっていたようだ。もう…死んでしまいたい…。恋とは本当に、厄介だ。


 まぁ、そんな事が出来るはずもなく、ギルバートは涙を拭い仕事に出た。城内は変わらず大騒ぎだったが、ギルバートの耳には入ってこなかった。




「っ…姫様の事などどうでもいいと!?」

 ティアに仕えていた侍女の一人がギルバートの執務室に押し入り、こちらに向かって罵声を浴びせた。周りの者らは、ギルバートの怒りに触れないかとビクビクしている。


 いつもならそんな気は起きないが、何故だろう…無性に腹が立つ。


「どうでもいいさ。かの姫は逃げた。お前たちも、もう自国へ帰るがいい…」


「は?…逃げた?」

 怒っていた侍女は、面食らったような顔をする。そして、殺気が盛れ出んばかりに鋭い目をギルバートに向けた。


「あの方がなんで逃げるんです?…ティア様になにかしたんですか?」

「…さあな」

 ギルバートは不敵に笑うと、いくつかの書類を持ってその部屋を出た。


 侍女は何か言いたげだったが、それを聞いてやる気にはなれなかった。






「あの娘が随分と気に入ったようだ。結婚を嫌がっていたとは思えん豹変っぷりだな」

 書類整理をしていると、気付けば目の前に皇帝の姿があった。


「…何してるんですか」

「拗ねてる我が子を見ようと思ってね」


 昔から、父には敵わない。父は、俺を見てくれている。嫌という程に…。


「…ティアは逃げたんです。それ以上でも、それ以下でもない。手放すことが、彼女の幸せなら、俺は何もしませんよ」


「お前は隠し事が上手いからなぁ。でも、私は今、皇帝としてでは無く、お前の父としてここいるのだ。そう、隠すな」


 父の優しい手が、子供を宥めるように、頭を撫出てくる。ギルバートは、こちとらもういい歳なんだから、やめろと内心文句も言いつつも、その手を止めることはしなかった。ただ、何故か瞳から、再び雫が溢れてきた。


「…泣き止んだか?」


 はいと小さな声で答える。ギルバートが涙を見せるのなんて、父の前くらいだ。涙を拭っていると、父は静かに話し出した。


「ネービス姫の侍女の話だが、姫は早朝にネービス王国に帰ったようだ」

 ビクッと肩が跳ねたのが、自分でもわかる。


「…ネービス王国で何か起こっているようだ」

「だからなんです?それはネービスの者たちのことでしょう。俺には…もう…」

 関係ないと言おうとして、彼女との縁が切れたことを思い出し、再び視界が滲み出す。もう泣くまいと、それを堪えた。


「では、皇帝として命じよう。ギルバート、ネービス王国に行け」

「はぁ?」


(何がどうしてそうなるんだ!?俺は、彼女に逃げられたんだ。それを惨めったらしく追いかけろと!?)


 そんな思いが脳裏を過るが、あまりに優しい笑顔を向ける父を目の前に、その言葉は声にはならなかった。


「姫の侍女たちが言うには、お前しか行けないそうだ。彼女らも国には帰れんし、うちの兵も迎えん」

 何の話しをしているのか分からない。どういう意味かと問うと、父は静かに笑った。


「…妖精王の戯れだとさ。全く、奴らのイタズラで戦争にまで発展しようとしていたのを、お前たちの結婚で和解したというのに…それすらも壊しに来るとは」


 珍しくイラついた様子で、父が去り際に、心の声を漏らす。どうするかはお前次第だと、こちらを一瞥ながら。


 全くもって、状況がつかめなかった。ただ、もしティアに何かあったのではと思うと、追いかけたいと思ってしまう。助けたいと思ってしまう。


 そんな感情が沸き立つ中、不安や恐怖がギルバートの足を止める。


(彼女は俺が行ったらどう思うだろうか、喜ぶだろうか、恐怖に顔を歪めるだろうか…)


「……くそっ」

 ギルバートは少し考えた後、自分の二本の剣を取り部屋を飛び出した。王命なんだ。だから、仕方なくだ。そう、自分に言い聞かせて。


 目の前に、父と今朝会ったティアの侍女が見えた。


「行ってくれるか」

 父はイタズラな笑みを浮かべていた。ギルバートが首を縦に振ると、父はギルバートの頭を掻き回して「行ってこい!」と言って笑った。


「… ギルバート様、今朝は失礼致しました。ネービス王国に向かうというなら、そのことについてお話があります」


 ティアの侍女は恐れなどない、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる。初めの頃は恐れているふしがあったが、いつからか恐れは消えたようだ。


「…ああ、聞こう」

 ギルバートは、彼女を見て、そう答えた。


 もう、その胸に不安はなかった。

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