不穏な影~ティアsaid
ティアは驚愕していた。
遠くの木が真っ二つになっている。だが、ギルバートの本気はこんなものではないだろう。
「…ふふふっ。凄いわね、お互い手加減してこれだもの。ギルバート様とは絶対にやり合いたくないわ」
「俺もだ」
ギルバートは、ふっと笑った。
「…あ、初めて笑った」
つい、思ったことが口から出てしまった。
「っ、申し訳…」
謝ろうとした瞬間、ギルバートに止められてしまう。
「構わん」
そう言って、ギルバートは今度は優しく微笑むように笑った。
少しは、仲良くなれたのだろうか。少なくとも、彼に恐れられなくてよかったと、心の中で安堵した。それは、お互いにだったのだろう。
「この際だ、色々言わせて貰おう。敬語はやめてくれ、様付けも気になる。あと、その微笑みをやめろ!何考えてるか分からなくて、怖い」
(…こわ…い?)
幼少期から読書などに集中していて笑っていないときや、溜息をつくだけで、ビクビクされているから、笑顔でいようと心がけてきたのだが…。
それが怖いと言われるとは思わなかった。
「…善処します」
ポツリと、そう言うことしか出来なかった。
「だから、敬語はやめろ。んで、お前は何かないのか?」
「……えっ!?」
「お前は俺に何か言いたいことは無いのか」
二人の間にまた、沈黙が続いていた。
何か、何かないのかと、頭をフル回転させる。せっかく仲良くしようとしてくれる彼に、応えたい。
「…………その… ギルバート様…じゃなくてギルバート、もう少し会話を続けてれるとうれしい…です」
思い切って言ってみる。
今日の様子を見て、やっぱり彼は恐ろしい人ではなかった。正直言って、好感の持てる人だ。いい関係を築きたい。ティアはそう思った。
そのためには、やっぱり話をしないことには始まらない。
「…そうか、俺は少々せっかちなところがあるからな。端的に会話を終わらすことが多いんだ。癖になっているだろうから直ぐにとはいかんが、俺も善処するよ」
他にはないかと問われて、ティアは思いつかないと答えた。ギルバートは「出来たら言ってくれ、俺もそうする」と言って笑った。
意外なことに、ギルバートはティアと自然に話してくれるようになった。笑ってくれるようになった。傍から見たら、仲のいい恋人同士に見えるかもしれない。そう思うと少し照れくさいが、嬉しかった。
ギルバートの目線がティアの後ろに向かう。そう気づくと、ティアは後ろを振り向いた。そこには、皇帝がいた。
「許可なしに、力を使わないって約束を破ったからな、お怒りのようだ。あの人くらいだったんだ、俺と対等に話をしてくれる人は。…俺は君とも、対等に成れればと思う。これからどうぞよろしく、ティア」
ギルバートはティアを見て、満面の笑みを浮かべた。
(顔が少し熱くなった気がするのだけれど、何かしら…)
ギルバートは皇帝の元へ向かおうとする。
ティアも席を立とうとすると、「大丈夫」そう言ってギルバートは笑って皇帝の元へ走って行った。
遠くから見ているので、何を話しているか分からないが、ギルバートは笑っているようだった。皇帝は、背を向けているので表情は分からないが、周りの様子から見ても怒ってはいなさそうだった。
侍女に促され、ティアは部屋に戻った。
(もう少し話していたかったけど、時間なら余るほどあるわよね。…これから、よろしくお願いします、旦那様)
─────ティアは部屋に戻るや否や、ベッドに倒れ込んだ。
「……流石ですね、姫様」
「どういう意味?」
不安げな声を漏らすリンに、ティアはベッドに座って問いかけた。
リンは周りの侍女たちと目を合わせ、言おうか否か迷っているようだった。少しして、言うことを決めたのか、弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「だってそうでしょう?あの力…。姫様には、妖精王様の加護があるからだと納得できます。ですが… ギルバート様のあの力は……人の枠を外れています…」
周りを見ると、他の侍女たちも同意見らしい。
ネービス王国の出身だからか、妖精の加護については理解があるのだろう。しかし、それ以外だと、理解が出来ず、恐怖が勝ったようだ。
「……馬鹿ね。あれは━━━━━━━━」
「「えっ…」」
「ふふっ…もうギルバート様のことは恐くないわね。って、ギルバートって呼ばなくてはいけないんだったわ」
ギルバート様の前で敬語が出ないよう、ギルバートとちゃんと呼べるように練習をしなくては。
─────その日の夕食の時間には、ギルバートはよく話しをしてくれた。時折、話すのは苦手だからと、ティアの話に耳を傾けて。
お互いに家族のことや、好きなこと苦手なことを話した。
ギルバートは、よく笑顔を見せてくれた。そして、前に断られた、剣の練習風景も見せて貰えた。剣の御相手をしたいと言ったのは、さすがに断られたが…。侍女たちにも、全力で阻止された…。
その日を境に、ティアは幸せな時を過ごしていた。ネービス王国にいた時よりも、ずっと……。
そうして、一ヶ月ほどが経つ頃には、お互い、気兼ねなく話せる仲になっていた。だからだろう、油断したのだ。忘れていたのだ。ごめんなさい…ごめんなさい…どうか、どうか………。
─────その日、ティアは二通の手紙を机に置くと、城の者を起こさぬように、城の者に気づかれぬように、城を去った。
手紙は、侍女とそしてギルバート宛だった。
ティアの去った部屋に、二つの影が現れる。一つの影が手紙に、近くにあった蝋燭の火をつけ、灰すら残さず燃やした。
二つの影は不敵な笑みを浮かべる。
『…ハッ、愚かだな』
『みんなで決めたことだろ?』
『多数決だろ?私は納得した覚えはないのだが?』
『ハイハイ。…ボクはお前に賭けてるんだ…頑張ってくれよ』




