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死神王子~ギルバートsaid

─────ティアが嫁いで来る少し前のこと。


「はあっっ!?」

 皇帝の書斎から、城中に聞こえるのではないかという大きな声が響き渡る。怒りの満ちた、恐ろしい声が。


「ギルバート、落ち着け」

 ギルバートの父親であるローディ帝国の皇帝は、面倒くさそうにギルバートに促す。


「落ち着いていられるわけないでしょう!なぜ勝手に婚姻を決めたのですか!?」

 ギルバートは怒っていた。


 ギルバートが任務で城を離れている間に婚姻は結ばれ、帰ってきたときには、すでに王宮では着々と隣国の姫を迎える準備が進められていた。


「なぜかって?それはお前に、恋人どころか友すらまともに居ないからだが?」


「うっ…」

 痛いところを突いてくる。皇帝はそれ以上口にしなかったが、恋人や友人と呼べる存在はいない。ましてや、目が合っただけで倒れた者が今月も何人いたか…。


「このままでは、一生結婚できないだろうとお前を心配しているのさ。だからそうカリカリするな。この国にはよもや、お前に嫁いできてくれそうな娘はいない。ネービスの王に冗談で言ったら、意外なことに了承を得たんだ。この機を逃せば、ギルバート、お前は一生結婚できないかもしれん」


 皇帝はいつになく真面目な顔で言ってくる。しかし、ギルバートには納得出来なかった。


(こんなバケモノのような男の嫁など…)


 自然と表情が暗くなる。こういうところが怖がられるのだろうが、感情を隠せない。


「そう、暗くなるな。相手はあの『氷雪の魔女』だ。お前のことを、怖がることもないだろうよ」


「…誰です?」


 ()()と言われても、全く知らない。有名人なんだろうか?


 皇帝は一瞬、目を見開き驚いた様子だったが、次の瞬間には笑みをこぼす。


「なんだ、知らんのか。お前は本当に、外界に興味が無いな。『氷雪の魔女』はネービス王国の双子の姫の片割れで、心が凍っているとまでいわれる、冷徹な姫という話だ。お前とは存外、相性がいいかもな」


 皇帝は一人で笑っていた。何が面白いのか…。


 皇帝が何を言おうとギルバートの憂いが、無くなることはなかった。皇帝はそれを察したのだろう。


「案ずるな。ネービスの王の様子からしても、結婚を了承したのは本人だ。もし本人が拒否したなら、あの王は自らの命を差し出してでも娘をお前には嫁がせんよ」


 言いたいことは色々あったが、ギルバートは全て呑み込んだ。


「もう決まったことなのでしょう?……分かりましたよ」


 父親が何を言おうと、ギルバートには届かない。それを哀しく思いながら、皇帝は息子が部屋を出ていくのを見ていた。






───── ギルバートは剣の才能に恵まれていた。その半分は才能かもしれないが、もう半分は確実に努力の賜物だろう。


 その強さは周辺国への抑止力となると同時に、ローディ帝国の民にとっても恐怖の対象となった。


 家族や臣下たちの中にも、表には出さないがギルバートを恐れる者が殆どだということを、ギルバートは自覚していた。子供の頃からのことを、今更どうこうしようとは思わない。ただ、時々、哀しく感じた。


 ギルバートは王の書斎を後にし、自室に戻ろうとしていたが、ふとメイドたちの声に足を止めた。


「ねぇ聞いた?ギルバート様のご結婚相手」

「聞いたわ。あの双子の魔女でしょ?『氷雪の魔女』と『太陽の魔女』…どっちが嫁いできたとしても恐ろしいわ」


(女というのは本当に噂話が好きだ。一体、どこまでが本当の話なんだか…。だが、そんな噂話に聞き耳を立てている俺も大概だな)


 自分で自分に呆れながらも、実際、自分の妻となる者について気にならないはずもない。


 彼女たちの話を要約すると、ネービス王国には双子の姫がいて、『氷雪の魔女』と『太陽の魔女』と呼ばれているらしい。その二人は異形の力を使え、いつも手袋をして力を抑えているという。


 『氷雪の魔女』は身も心もとても冷たく、表情すら変わることない。手袋を外し実際に触ろうものなら、触れたものを全て凍らせてしまうらしい。


 『太陽の魔女』は太陽のように明るく優しいが、怒ると手が付けられほど恐ろしいという。その者も、手袋をしていて、実際に触ると、大火傷なんかじゃ済まないらしい。




「ま、ある意味あの方にはお似合いね」

「でも、その方をお世話するのよ?お付が何人か残るから殆ど任すとはいえ、恐ろしいわ」


───チクッ

 何年経っても、自分をバケモノとでも言うような、その言葉に胸が痛くなる。ギルバートは深呼吸をして心を落ち着けると、遠回りをして部屋に戻った。


「…『氷雪の魔女』か…どんな(ひと)だろう」






─────とうとう隣国の姫が嫁いでくる日がやってきた。期待と不安を胸に、ギルバートは姫を迎えに行った。


 馬車からは華奢な少女が騎士の手を借り、降りてきた。この国では初めて見る、銀のように輝く水色髪の美しい姫だった。対して、血のような自分の長い前髪に、いっそう嫌気がさす。


 ふと、メイドの噂話を思い出す。


(…本当に手袋をしているんだな)


 ギルバートは姫の元へ向かった。せめて、怖がらせないように言葉を選んで。


「ようこそ、ローディ帝国へ。お初お目にかかります。ローディ帝国の第二王太子、ギルバート・エル・ディアルズと申します」


「わざわざお迎え下さって大変恐縮ですわ。こちらこそ、初めて、ネービス王国第一王女、ティア・ジュリア・ネービスにございます。どうぞ、お気軽にティアとお呼びください」


 姫は丁寧に挨拶をしてくれた。静かに微笑む少女は、とても綺麗だった。自分を恐れていないようなその笑顔に、ほっと安堵する。




 ギルバートには夢があった。いつか、自分を恐れない人と結婚して、幸せな家庭を築くという夢が。正直姫と仲良くしたくはあったが、今まで父親以外とまともに話したことのないギルバートには、まともな会話なんてできそうにもなかった。

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