氷のお姫様 ~ティアsaid
─────昼は暖かな春の日差しが煌めいて、夜はまだ冬の肌寒さが残る頃のこと。
ここ、ネービス王国は周りを森林と雪に囲まれており、他国とは隔たれ独自の発展をしていた。また、妖精と呼ばれる者たちの加護を強く受けていた国でもあった。
そんな国に、双子の姫が産まれた。
双子の姉、ティアは氷雪の妖精に愛されていた。
双子の妹、フレアは太陽の妖精に愛されていた。
妖精とは、自然そのものから生まれた特異な存在である。二人に加護を与えた妖精は、妖精王と呼ばれる、妖精の中でも一際強い12の存在のうちの2人。
それに加えて、双子は魔力が他人より多い。
そのため、彼女らの感情は天災となって現れた。人々はそんな彼女たちの誕生を喜び、畏れた。
─────それから18年の歳月が流れた。
フレアは明るく活発な少女に成長し、城を抜け出しては街に繰り出すようになっていた。太陽のようなオレンジ色の髪をなびかせて、護衛もつけずに城下を駆け回っている。
フレアは身分の垣根を越え、いつしか国中の者たちと友達のようになっている。
ティアは、冷静沈着で博識な淑女に成長し、王宮の図書室に入り浸っていた。凍ったように常に同じ無表情で、長い水色の髪が常に顔に影を落とす。怖がらせるくらいならと、他者との関わりを断って過ごしていた。
そのため、フレアと違って、王宮の者ですら話したことがないというのが殆どで、中には見たことがないという者までいた。
それでもティアを恐れる者がいないのは、フレアがティアという自慢の姉のことを城中に、そして国中に広めたからだ。
ティアは、その日も図書室で本を読んでいた。
「ティア様、陛下がお呼びです」
ティアの専属の侍女であるリンが、窓辺に腰かけて、静かに本を読んでいたティアを呼ぶ。
その声を聞いたティアは、もう何度読んだか分からないその本を棚に戻し、父王の執務室に向かった。
執務室の扉を開けると、父王とフレアの姿が目に入る。
(お父様が、私たち両方を呼ぶなんて…)
普段温厚な父王は楽観主義でいつもニコニコしているのに、今日は珍しく難しい顔をしていた。ティアは、何か不安を感じながら、フレアの横に、父の前に座った。
「…フレア、ティア、お前たちに大事な話がある。……我が国では、あちこちで戦争の火種が燻っているのは知っているか」
「国境付近では今も、小さな規模ではありますが抗争が続いているとか」
ティアは図書室にこもってばかりだが、妖精などを通じて多くのことを知っていた。
ネービス王国は小国だが妖精の加護もあってか、富んだ国だ。隣国〝ローディ帝国〟という大国と、諍いとなるのも無理はない。
ネービス王国はローディ帝国に、国としての軍事力は劣るが、すぐに滅ぼされるような小国ではない。だからと言って戦争など始めれば、どれだけの被害を及ぼすかを、ネービス王国の者たちはよく理解していた。
「知っていたか。まぁ、なんだ、それについてあちらの王と話をしてきた。それで、戦争をするのはお互い得策ではないとして、妥協案を提示されたのだが…」
父は、そこで黙ってしまう。
「…どうしたの?」
フレアは事も無げに、軽い調子で続きを促した。
ティアは顔には出さなかったが、父が何を言い出すかと内心不安だった。
「……娘をよこせというのだ」
苦しげに、父はそう言った。その言葉に、フレアは意味がわからないらしく、首を傾げる。
「つまり、戦争をしない証として、両国で縁を結ぼうというのですね。それで、戦争が免れるなら、いいことではありませんか」
ティアは至って冷静に応えた。
姫として生まれた以上、それくらいのことは覚悟していた。この国には王子がいないから、どちらかが女王になって、どちらかが国のために嫁ぐのだろうと。
「しかしだな…相手はあのローディ帝国の第二王子なのだ」
「「えっっ!?」」
父の一言で、父が何故こんなにも不安げなのか、やっと理解した。結婚相手にというその男は『ローディの死神』と呼ばれている男だった。
一度剣を振るえば、死体の山を築くと謳われる男。人々は畏怖を込めて〝ローディの死神〟や〝ローディの剣聖〟と呼んでいるらしい。
(随分な者をあてがわれたわね…。なるほど…かの死神に嫁げと……)
表情を変えることこそなかったが、ティアは恐れていた。噂が真実とは限らない。だが、聞こえてくる噂は、あまりにも恐ろしいものばかりだった。多少の尾ひれが着いているだろが、聞こえてくるその功績は事実だろう。
「っ、死神に嫁ぐとか嫌よ!すぐに癪に障ったからって殺されちゃうわ!」
フレアの顔は真っ青で、震えていた。
かの有名なローディの死神に嫁ぐのが嫌だと言うのも事実だろうが、ティアは気付いていた。フレアの本心がそこにはないことに。
フレアには想い人がいた。
ティアは別段、家族と仲が悪いなんてことは無い。むしろ、仲が良かった。ただ、フレアとは、言い表しようのない気まずさを抱えており、勘違いしている従者は多いだろう。
この時、ティアも「嫌だ」と言いたかったが、その提案を呑めなければ戦争が始まる。
(ここで私が嫌だと言おうものなら、お父様は戦争になったとしても私たちの結婚を断ってくださるわ。でも…私は誰にも死んで欲しくないから…)
「分かりました。私が、ローディ帝国に嫁ぎます」
ティアは力強く言い放った。




